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 今目の前に立ちはだかるものは、それはそれは見慣れた景色だった。
「こちらです、ルフレさん」
 到着を知らせるフレデリクの言葉に、はぁと気の抜けた返事しか返せない。目の前のそれとフレデリクの顔を交互に見ると、何か問題でも、と夫は緩く首を傾げて見せた。
 問題どころか、大問題です。少なくとも、私には意味が分かりません……。
「ルフレさん。僭越ながら、この扉を開けていただけますか」
「扉……って、」
 改めて問題のそれ――扉へ真正面から向き直る。少し立て付けの悪い、楡の木の一枚板で仕立てられた一品だ。取っ手は篭手を装備したたくさんの兵士に触れられたのだろう、あちこちに引っかき傷が入っている。
「ええと、ここって自警団の休憩所ですよね?」
「ええそうです。貴女も何度かいらしたことがあるでしょう」
「何度かというか、ほぼ毎日来ていますよ。……あっ、でも、」
 今日もこなしてきたルフレの業務。備品の整理から兵士たちの健康状態の確認。これらに問題があれば、すぐさまこの部屋へ駆けつけて数の確認と該当の兵士へ直接詰問を行う。それは毎日欠かさず行っており、また悲しいことにほぼ毎日数が合致せず、また逃げ回る兵士がいるのでもうこの場所へくることは日課となっていた。ただ、
「今日は……初めて、ですね……」
 早く終わらせたい一心で先ほどは気にも留めなかったが、むしろフレデリクが大人しく謝罪したことよりもこちらのほうが大問題だったように今更気がついた。商魂たくましいアンナや甘いものに目がないガイア、己の健康状態を省みず修行を続けようとするティアモや逆に修行をサボろうとするヴェイクがいる限り、まず何事もないなどということが有り得ない。
 そしてここへわざわざ連れて来られたということは、その理由をフレデリクが承知している可能性が高い。そう思い、慌てて夫へ体を向き直そうとするがその前に背中をトンと押され、無理やり扉の前へ一歩近づけられた。
 隙間から、温かい光が漏れている。さらに、
「どうか扉を。皆さん、お待ちかねです」
 フレデリクの言うとおり、大勢の人間の気配がする。
 ルフレは覚悟を決めた。ごくりと喉を鳴らし、そっと手を取っ手にかける。ゆっくりと右に回して、ガチャリと開錠を知らせる音と共に扉を引き寄せれば……

「ハッピー、バースデーー!!」

 幾重にも折り重なった声と共に、ぱぁん、とクラッカーの鳴らされる音が響き渡った。
「!」
 思わず閉じていた瞼を恐る恐る開ける。うっすらと視界に入り始めたのは、よく見知った仲間たち。そして更にその後ろには、とてもよい香りを放つルフレの大好きなたくさんの料理。
「え……フレデリクさん、これ……っ」
「父さん、遅かったじゃないですか! てっきり僕、最後の最後で失敗したのかと思いましたよっ」
 まとまっている一団の中から外れて駆け寄ってきたのは、未来から来たという我が息子。外せない用事があるからと、今日一日外出していたはずでは。
「マーク、それってどういう」
「おいルフレ、今回ばかりはフレデリクを許してやってくれ。あいつなりに精一杯だったんだ」
「く、クロムさん……」
「そうそう、フレデリクって不器用じゃない? だからね、あえてルフレさんと顔あわせたり話ししないようにしてたんだって。もうほんっと、ひどいんだから!」
「リズさんまで……」
 皆が皆、口々にフレデリクの減刑をルフレに申し入れてくる。さすがの名軍師にも、これはお手上げだ。とっくの昔に許容範囲を超えている。
 このままでは、ルフレにとっては許しがたい罪を犯した男が多数決により無罪放免とされてしまう。せめて理由を、皆が皆口を揃えてそう訴えてくる理由を知りたい。
「フレデリクさん、わかるように説明してください。これは、どういうことです!」
 口頭弁論、というよりも助けを求めるように、未だ扉の外で中の様子を静観しているフレデリクに声をかけた。その表情はどこか、誰よりも嬉しそうな、穏やかな灯りを宿していた。
「……貴女は以前、自分の誕生日がいつであるかわからないと仰っていました」
 ゆっくりと語り始めたフレデリクの言葉に、ええ、とルフレは注意深く肯定する。
「ですが、私はどうしても感謝の気持ちをお伝えしたかった」
 フレデリクの右手には、いつの間にか簡単な包みが握られていた。彼の指の太さに比べるとその包みは些か小さく、少々てこずりながらルフレの目の前で開帳する。するすると中から引きずり出されてゆくのは細かいシルバーのチェーン。
 その先で。
「ご存知ですか? 占いによると、今日の日に生まれた方は“洞察力に優れ、創造力豊かで好奇心旺盛”な方なんだそうですよ」
 キラリと光を反射したのは、緑の苔が入り混ざる、涙型にカットされた水晶のペンダントトップ。美しい森林を、ガラスの中に閉じ込めているよう。
「まるで、貴女のことを言っているようです」
 呆然としている間にいつの間にか目前へ迫ってきていたフレデリクの腕が、ルフレの頭を包み込むように広げられた。ひやりとした感触が胸元に落ち、首の後ろでカシャンと金属の擦れる音が響く。 
「お誕生日、おめでとうございます」
 そして言葉と共に、その場で跪いた。
 女王に忠誠を誓う戦士のように。愛する者へ求婚を行う騎士のように。
「私は貴女と出会い、今こうしていられることを、大変いとおしく思います」
 だらりと垂れ下がった右手を取り、甲へ恭しく口付けた。音がなった瞬間、引っ込んだはずの涙が再び溢れ出す。
「ふ、れでりくさん……」
「はい」
「わたし……わたしの、誕生日なんて……」
「ええ、貴女の誕生日は依然不明のままです。ですので、私が決めさせていただきました」
「どうして」
「先ほど申し上げたとおりです」
 預かった小さな手を離すことなく折り曲げた膝を伸ばし、今度こそ長い腕と大きな胸でルフレの顔を包み込む。耳元へそっと唇を近づけて、
「貴女がこの世に生まれてきたことを感謝する日を、私はどうしても欲しかったのですよ……」
 恐らく当人たちにしか聞こえぬ音量で、フレデリクは優しく愛を囁いた。


あなたに愛の、判決を



「……いいなぁ母さん。僕も、誕生日が欲しいです」
 両親と少し離れた位置に腰を下ろしたマークは、ここ数日間の空気はどこへやら、ラブラブな空気をかもす二人に少し目を細めながら小さくほつりと呟いた。
「ふぁれ? まーふのはんりょうひって」
 目前に置かれたから揚げを口内へ放り込んだばかりの、右隣に腰を落ち着ける緑の騎士がいち早くマークの言葉に反応し、思わずそのまま口に出す。とたん、食べ終わってから話せ、汚いだろう! と彼の妻に脇を小突かれて、慌てて飲み込もうとしたのかそのまま喉に詰まらせ一時緊急事態となった。
「……えっと、マークの誕生日って5月の5日だって言ってなかった?」
 とんとん、と胸を叩き、目には涙を滲ませながら水を喉へ流し込み何とか復活を遂げた騎士――ソールが改めて問うと、マークはてへへと照れたように微笑みながら後ろ手で頭を掻き、
「それは仮です。誕生日を祝ってもらえる皆さんが羨ましくて、勝手にそういうことにしてしまいました」
 ごめんなさい、と素直に頭を下げる。
「そりゃまた、策士の子は策士だね……」
 まぁ、下手に無いって言われるよりも、勝手に決めておいてくれたほうがこちらとしては祝いやすいからいいけどね、と女性ながら非常に頼もしい赤の騎士が追加のオレンジジュースを勧めてくれた。先ほどのソールの妻、ソワレだ。さらにその隣では二人の娘であるデジェルと、仲良しの友人であるシンシアがこっそり酒を開けて顔を真っ赤に染めている。きっと、後でさぞかし大目玉をくらうことだろう。
「まぁ、これでお前の誕生日もわかったんじゃないか」
 飄々とした声と共に、空席となっていたはずのマークの左隣へ茶色い影が姿を現しどかりと腰を下ろした。どこからともなく漂う甘い香り。これは、旬のオレンジを用いたマーマレードの香りだ。
 となると、該当する人物は一人しか居ない。マークは右側へ向けていた体のうち、顔だけをそちらへ向けて首を傾げた。
「ガイアさん、それは一体何故」
 香りの元となる果物と同じ髪の色を持つ青年は、口から棒付きキャンディーを取り出してニヤリと笑う。
 あ、これはきっと、ろくな事を考えていない。
 しかし思い至った頃には遅かった。
「お前の誕生日は、今日から十月十日後」
 答えが告げられたと同時に、右隣からソールが口から酒を噴いた。ガイアアア! とソワレが隣二人に負けないくらい真っ赤な顔をして怒りを露にする。
 甘党の盗賊、ガイアはまだ来たばかりだというのに笑いながら席を立ち、
「まぁ、そういうこった」
 その場にあった小ぶりのケーキをちょいちょいと摘み、取り押さえられるよりも早く部屋を後にした。

 狼狽する二人を余所に、表情を変えることなくその場に座ったままのマークは何とはなしに口にする。
「……今日は、ウードのところへ泊めてもらいましょう」
 他の誰でもない、未来の自分のためだけに。

 そんなやり取りが会場の隅で行われていたなど露知らず、最後まで二人は幸せそうに笑っていた。








7月21日の誕生石は「モス・アゲート」。夫婦の和合と豊穣をもたらす森の石。作中でフレデリクさんがルフレさんにプレゼントしたペンダントです。志良さんへ、心からのハッピーバースデイを込めて……お誕生日、おめでとうございますー!!



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meg (2001年2月12日 09:19)

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