schema
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ぼんやり、とカレンダーを眺めた。

「まだ一日目、か・・・。」

ふぅ、と頬を冷たい机に触れさせてみる。
そこから体中の温度が逃げていくかのような感触。

「六日は・・・長いわね・・・。」



days of days over you





不思議と、寂しいという気分にはならない。
ただ、ぽっかりと心に穴があいたような喪失感。
なんだろう、これは。


時計に目をやれば、4の数字へ短い針は指し示している。
今は初夏。
オレンジ色の光が部屋に入るには、少しばかりまだ早いよう。
とはいえ時間的には立派なタイムオブアフターヌーンティ。


けれども、一人分の紅茶を淹れるのは気が引けた。


絵画の着色、バイオリンの調律、練習に庭に咲く花々への水やり。


un deux trois quatre・・・


夕食の支度、たまった依頼へのメール返信、依頼曲の編曲に作曲。


cinq six sept huit neuf・・・


時差は八時間だったかしら・・・?はるかに電話しなくちゃ。


dix




やらねばならないことは山積みだった。けれども身体がそこから動こうとしない。
縛り付けるのは己の意思か、または後ろに流れるBGMか。


本日の選曲は、おなじみのバイオリンではなく物静かに流れるピアノ。
拍子と鼓動が合わさる。
知らず知らずのうちに、瞼を閉じる。
意識は旋律へ、呼吸は空気へ預けてしまおうか。しばしの時間だけ、もう少しだけこのままでいようか。
そう考えるうちに、夢へと引きずり込まれてゆく。いや、前世という名の現実か?
思えば、ここ数日は見ていなかった。
思い出したくもない思い出でなければいいけれど――・・・


そこまで心に言葉を落として、意識は完全に現世から断ち切られた。












「ネプチューンは、地球にいたとき何をしてたの?」


花畑の中無造作に草笛を吹きながら、少年と見まごうほどの風貌を持つ愛らしい少女が語りかける。


「楽師よ。キングの楽師。お傍で四弦器を弾かせていただいていたわ。」


それを、隣で丁寧に起用に色とりどりの花を編みこんでゆく、海の深い瞳を持つ子供ながらも美しい少女が答える。


「楽しかった?」
「ええ、楽しい・・・というよりも、気持ちがよかったわ。大好きな四弦器をいつ爪弾いてもよかったの。」


少女の口にあてられていた草笛の草が、二つに破れた。
二つに分かれた葉を黙って見つめ、そのまま手のひらを開く。
はらはらと舞いながら、ゆっくりと地におちゆく葉。


手をとめ、少女もそれをしばし見つめていた。


「・・・ウラヌスは、何をしていたの?」
「僕?僕は・・・・・聞いても楽しくともなんともないよ。」
「あら、知って楽しい楽しくないの問題じゃないわ。あなたのことを知りたいの。だから聞いたのよ?それはウラヌス、あなたも同じでしょう?」


再び手を動かし始める。
もう再び笛を吹こうとはしなかった。


「・・・ガードだよ、王宮兵士・・・。なんの地位もない、ただの一般兵士だったけれど・・・。」


空を見上げる。そこには、半月形の地球が見えた。


「地球のみんなを守るためにガードになったのに・・・これじゃあ、あべこべだよな・・・。」


いつか、同僚と、キングと戦うことになるかもしれないこと。


「僕はどうして、こうなんだろー・・・セーラーになった以上、生まれ育った、大切なひとたちが住む大好きな星を、いつか自分の手で葬らなければいけない日がくる可能性があること・・・こんなの、不条理だよな・・・。」


あまりにその場の静けさに、はっと思い出した。
彼女の方へ目をやる。
黙々と、編んでいる彼女の手は止まらない。


「・・・ごめん。ネプチューンだって、そうなんだよな・・・僕らだけじゃない、プルートだって・・・」
「守れるわ。」


視線は花へ、思いは彼女へ


「確かに、私たちは今セレスティアンになってしまったけれど・・・でも、私たちの身体には、テレスティアンの血が流れているじゃない。それは決して変えることのできない真実だもの。」


できた、と花冠を手に立ち上がる。
ゆっくりと歩み寄る。
彼女は、そんな彼女の様子をただ見守ることしかできない。


「守るのよ、月も地球も。わたしたちはセレスティアンであり、テレスティアンでもあるの。それがなによりも、二つの国家共存できるという証ではないかしら?」


そっと、冠を彼女の頭にのせた。
それは自分の主であるというかのように、ぴたりとおさまった。
よかった、と彼女は微笑んだ。


「守るの、月を。そうすればきっと、守れるわ、わたしたちの故郷を。」


そのためにわたしたちは生まれたのよ。


「・・・そう、だね・・・。」


お返し、と
そばにひっそりと咲いていた花を一輪手折り、彼女の結んだ髪にそっと挿した。
嬉しそうに、ありがとう、と頬を染めた。






瞼を、開けた。
定まらない焦点。
ぼんやりと、さきほどの内容を反芻する。


あの頃の自分。
ウラヌスに言い聞かせると同時に、自分に言い聞かせてきた言葉達。
そうして自分自身をも納得させてきた。


月と地球が争ったあの時、自分は遠い地に使命をその身に持って封ぜられたことを、
悔やむと同時に、安堵した。
言葉を変えれば、私たちはあの場にいたことで、
二つの星の争いの中へ、新たなる星の参入を防ぐことができたといえる。
だからこそ被害は最小限に食い止められることができたのではないのか。
滅亡の道を歩んだあと、再生への道へ踏み出すことができたのではないのか。
あの方によって。


・・・。


とんだ、慰めもいいところね・・・。


「・・・一人でいると、考え事が多くなっていやね。」


焦点がようやくさだまった。
さぁ、やるべきことを始めよう。


絵コンテは終わった。今日は下地を塗らなければ。
新しい弦は用意してある。これは五分もあれば付け替えれるだろう。
暗譜は進んでいる。ページ数でいうと、あと3ページほどで完了するはずだ。
雲の進みが速くなってきた。通り雨があるかもしれない。水やりはもう少し様子を見てからにしよう。
今日の夕食は何にしようか。このところ軽く済ませていたから、たまにはしっかりとってみるのもいいかもしれない。
マエストロへの返信が終わったら、ファンの方からいただいたメールをもう一通り読み返してみようかしら。
曲はたしか、十六小節まで書いていたはず。残りは他の楽器の方々と打ち合わせしつつ考えよう。




と、事務的な音がピアノの音に混ざってがらんとした空気の中響き渡る。
ああ、彼女からだ。


「Salut、はるか。そちらの様子はどう?起きたばかり?」
『Salut,mademoiselle.もう朝食はすませたよ。これからレース場へ行くさ。その前に、声が聞きたかったからさ。』
「あら、お上手ね。おだてても何もでないわよ?」
『今は、ね。帰ったらいっぱいくれるんだろう?』


軽い言葉。
まったく、向こうでも相変わらず可愛らしいお嬢さんに同じようなこと言っていなければいいけれど?


「あなたの行動次第かしら?」
『ひどいなぁ、みちるが心配してるようなことはしてないって。』
「どうかしら。それよりはるか、あなた時間は大丈夫なの?」
『おぉっと、そうだった。じゃあね、みちる。また電話するよ。』
「ええ、今度はわたしからかけるわね。じゃあ、また・・・。」


電話を切ろうとした、その直前に






『・・・Je t'aime。』






返事をまたずに切られた電話。
なんて、キザな台詞。でも、嫌いじゃないわ。


「・・・Moi aussi、はるか。」


くすり、と笑って受話器を置いた。
meg (2011年6月 2日 09:54)

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