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「そんなへっぴり腰でどうする!今日これから敵が攻めてくるかもしれないんだぞ!?」


 今日も朝から彼女の怒号が響き渡る。その声に反応して、周りの木々はゆれ鳥は飛び立つ。剣と剣がぶつかりあう音が一層増す合図だ。
 そしてそれから約十分後、休憩となる合図であることもわたしは知っている。
「ネプチューン!」
 ほうら、休憩になってわたしに気がついて、飛んで来てくれた。


「お疲れ様、ウラヌス。調子はどう?」
「全然だね、本当に選び抜かれてきた近衛兵(ロイヤルガード)なのかと疑っちゃうよ」
 このままじゃ寄せ集めの兵隊と一緒さ、と鼻を鳴らす。仕方のないことだった、そうなってしまうほど近年月では争いなどなかったから。地球との戦争が苛烈を極めた頃は、全ての軍で統率がとれていてどれもロイヤルガードといっても差し障りないほどに実力をもっていたというのに。
 けど、その事実を知っているのは、今やわたし達セーラーとクイーンのみ。地球人(テレスティアン)とは違い月人(セレスティアン)は寿命が長いとはいえ、途方もなく長い長い、永遠とされる寿命をもつわたし達とはまた生きてきた時間が違う。―――もう、自分が幾つなのかも忘れてしまった。
「それはきっと、幸せなことなのよ・・・」
 この平和な時代に生まれてきたこと、それは非難すべき点じゃない。醜い過去は知って悔い改める必要はあるけれど、非難する必要はない。
「それに、その為にわたし達は星に飛ぶんでしょう?」
 迫りくる孤独の日々。それらに耐えられるのは、きっとわたし達だけ。永い永い年数を生き抜いてきた、わたし達、だけ。
 戦争の記憶はいらない。けれど、外からの銀水晶を狙った争いは尽きないもの。だったら、守ればいい。殻を割られる前に、葬ればいい。そうすれば、内側は平和でいられるから。


 これ以上、戦争の記憶はいらない。


「・・・けどさ、争いって外側から来るものだけじゃないって思うんだけどね。」
「だからこそ、クイーンと他のセーラーがここにいるんでしょう?確かにあの子たちはまだまだ束になってもあなたに敵わないけれど、その辺にいる兵士が束になっても敵わないくらいずっと強くなったわ。」


 まだまだ幼いセーラー達。生まれたばかりのプリンセスを守るには、十分。


「血を見るのは、わたし一人で十分よ」


 眉を、ひそめた。だって、そういうことよ。あなたが平和なうちは、わたし生きている。
「クイーンも、ひどい人よね。わたしが死んだとわかったほうが、きっとあなたは普段以上の力を持てるから・・・」
「言うなっ!」
見ると、額に手を当て背中を震わせる彼女がいる。でもそれは事実だから。天王星に敵が到達することイコール、海王星が陥落したということ。


 わたしが、死んだということ。


「頼むから・・・考えさせないで・・・」
 だから、出立してしまえばわたし達は二度ともう出会うことがない。死して転生するか、不届き者がいなくなるか。後者は永遠になくならないだろう、月と銀水晶と、クイーンが存在する限り。
(わたしは、ずるいんだわ)
 だってあなたが死ぬだなんて、耐えられないもの。戦わず、自ら命を差し出してしまいそうよ。きっとそのことも、クイーンはご存じなんでしょう。
「―――ごめん、ね」
 万感をこめて、ただただ震える愛しい彼の背中を両手で包み込んだ。















「マスター、時間です!」
 休憩時間が終わりを告げ、ガードの一人が呼びに来る。いつものことだった。そしてその呼びにくるガードは、呼んでからも自分はなかなか戻ってこないことを知っているから、早めに呼びに来るのもいつものこと。よく出来ている。
「今行くよ―――っと、今度の剣技大会、ネプチューンも出るんだろ?」
 じゃあと言って走り出しかけて、ふと思いとどまり振り向いた。結局、毎回こうして何かを思い出すから遅れてしまうんだ。
「あら、どうして楽師のわたしが?」
「えっ、出ないの!?」
 当然出るといった答えが返ってくるとばかり思っていた。


 月から最も遠く離れ、敵からの攻撃を一番最初に迎撃する地にあたる海王星に彼女が着任するとクイーンが決定を下した際、元老院や重臣達から多くの反対や非難が寄せられたことを知っている。そればかりか、ここ数日彼女は宮に楽師として音楽を奏でに足を踏み入れるだけで、「そなたは弦楽器以上に重いものを持ったことがあるのかね」とあからさまに馬鹿にしたような顔をして声をかけてくる。もちろんそういったことに対して彼女も黙っているだけではなく、憤慨して飛びかかりそうになる僕を押さえつけ
『―――この四弦器(子)は、美しい音楽しか奏でられないわけではございませんから』
 と、絶対零度の冷ややかな眼差しをもって返していたが・・・(正直、この瞳以上に怖いものはない。無論返された当人はそれに怯み、これ以上何も言わず捨て台詞を一つだけ吐いてすごすごと去って行った。)
「本当の腕前を見せるチャンスじゃないか、あんな奴ら見返してやろうよ」
「言いたい人には言わせておけばいいのよ。能ある鷹はナンとやらって、言うでしょ?」


 クスクスと笑って、納得のいかない僕の頬を優しく撫でた。
「―――まだ、出ないと言ったわけではないの。クイーンにも是非出場をと言われているし・・・時間を下さいとだけ、言ってあるのよ」
 たしかに、月のエリア最外殻へ飛ぶ戦士が非力な楽師じゃあ仕方ないものねと眉ひとつひそめないで、むしろ楽しそうに話す。


 皆は知らない。本当は、特別な力を与えられているプルートとサターンを除いたセーラー戦士の中で最も武芸に秀でている戦士は僕ではなく、彼女・・・ネプチューンなのであるということを。だからこそ、クイーンは楽師として彼女をいつも傍に置いている。要は、ボディーガードなのだ。万が一有事があった際の、最終防衛ラインに彼女を立たせているのだ。剣も魔術も優雅に扱うことのできる彼女にとって、四弦器は最大の武器となる。"この四弦器は美しい音楽しか奏でられないわけではない"の、本当の意味・・・あれは、いわば彼女の中に存在する大きな魔力を最大限に引き出す増幅装置。音に魔力を乗せて、人を心地よく癒すことのできる音楽を奏でることが出来れば、突然地獄に叩きつけられたようなひどく苦しい奈落の底へと突き落とすことだってできるのだ。
「そうやって、皆が油断してくれているからいいのよ。それに、あなただって私の方が上だなんて知れ渡った日にはきっと大変よ?」
 確かに自分は現在近衛兵隊長(ロイヤルガードマスター)という月最高の軍事地位にある以上、一介の楽師の方が力が上となれば大問題になりかねない。
「でも、悔しいよ・・・」
 君が、そうやって無知の者にただ罵られるだけという現状が。
 それを見てすこし困ったような顔をして、微笑み、
「―――あなたとクイーンが知っていてくれるなら、わたしはそれで十分よ」
 ありがとう、と頬に口づけをくれた。


「じゃあ、またあとで・・・あ、なんなら訓練まざってくれない?ネプチューンならいい手本に・・・」
「お生憎様、これからクイーンにお茶しましょうって呼ばれているの」
 あなたの思惑通りにはならなくてよ、と舌を出して笑った。


 ずっと、こうして笑っていたい。
 君を、守ってあげたい。もっともっと強くなって、力も心も君を追い越して―――守って、あげたかった。


 けれど結局、最後まで僕は君に守ってもらわなければならない。
 敵が来たならすぐにでも駆けつけて一緒に戦いたい、それすらも出来ないなんて。


「僕は、君に何が出来るだろう・・・」
 思考は心の中に留まらず言葉となって声に出てしまった。君は少し驚いたような顔をして、けれどすぐにやんわりと微笑んで


「あなたが、あなたのままでいてくれること。そして、わたしを忘れないでいてくれること・・・。わたしは、それですごく幸せなのよ」


 そうやって君は変わらず優しく微笑むから、僕はまた泣きたくなる。



Leave
Out
All The Rest



(離れ離れになって)


(どんなに辛いことがあったとして全てを忘れてしまいたくなったとしても、)



(どうか、君の記憶の片隅に、私を置いてください)

meg (2011年6月 2日 11:32)

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