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エアリアル



今まで自分が住んでいたところとは違う、異質な冷たい空気。
ひんやりとする。

「どうぞ、こちらでしばしお待ちくださいませ。他の方はもうお揃いになっております。」

そう一礼して、女は去っていった。
この国にいる女はほとんど全員といっていいほど、髪が長い。
長い髪の女は幸福になると信じられているのだろうか。
安っぽい迷信だ。

目の前にあるのは大きな扉。
溜め息をつき、そんな自分を、まだ今までの自分、生活に未練のある自分を振り切った。

王が決定なさったことだ。
平和のためならば、仕方の無いことなのだ。
こうすることで、皆が平和に、幸せに暮らせるのならば、こんなに良いことはない。

この扉は、自分が新しい道へ入るための、起点だ。

ギィ・・・イと重苦しい音をたてて、開く。

「・・・?」

変な、違和感を覚えた。
どうしてだろう、ここだけ、この場所だけ。
他とは違う、なんだか、懐かしい空気を感じ取れた。

「はじめまして。」
「あなたが最後よ、道に迷ってしまったのかしら?」

先客が二名。
長い黒髪に褐色の肌を持つ、見た目一番大人な女性と
肩までの長さである青緑色の髪に、白い肌の、少女。自分と同じくらいの年頃の。

「他にも・・・いたんだ・・・。」
「そのようですね。」

どうぞ、と席を勧められる。
少女の隣に、遠慮がちに座った。

「わたしも、ここに来て知らされるまで知らなかったわ。」

緊張をほぐそうとしているのか、にこにこ微笑みながら、彼女は言う。

「ねぇ、名前はなんていうの?」
「・・・ウラヌス。」
「ばかね、それは戴冠後の将名でしょう?あなたのお名前を、教えて頂戴?」
「・・・。」

任につけば、失われるものだ。
もう、誰も呼ばなくなる。知ったところで。
だったら、無駄なことだ。

「・・・二人とも、案内の方が戻ってこられたようよ。」

それっきり、その会話はなくなった。








「ようこそ来てくれたわね、三人とも。これからはこの月を、あなたたちの故郷と思って過ごして頂戴。」

女王にそれぞれ新しい名をもらった。
ウラヌス。
ネプチューン。
プルート。

いきさつはこうだ。
長年の月と地球による戦争は、月の勝利という形で終結。
負けた地球は、月の領地となり支配をうけると思いきや、女王の要求は違った。
支配は、これまでどおり地球の王国が行ってよい。


ただし


地球から、それぞれの刻に生を受けた三名のセーラークリスタルを持つ戦士を差し出せ、と。

風の刻、海の刻、冥の刻。

月が統括する太陽系の中で、新しく三つの星が生まれたから。
その星に、戦士は誕生しなかった。
かわりに、同刻に、地球にて三人の戦士が誕生したことが確認された。


それが、僕たちだった。





「・・・故郷と思えったって・・・どうぜ僕らは、捕虜かなんかなんだろ、この国では。地球がまた平和を乱せば殺される身ってね。」
「めったなことは言わないものですよ、ウラヌス。」
「・・・どちらかというと、そうなったら・・・わたしたちは・・・きっと、地球と戦うんだわ。」

ネプチューン!と静かにプルートは咎める。
だってそうでしょう、と

「だって、わたしたちはもう・・・地球の戦士じゃない、月の戦士なんだもの!女王に忠誠を誓った・・・月の衛兵なんだわ!戦争がおきて、そして・・・そうなったら・・・わたしたちは、お父様やお母様、お姉様方をこの手で殺すことになるかもしれない。だったら・・・。」
「ネプチューン・・・!」

ぎゅうっと包み込んで、それ以上の発言をとめた。
海の少女は、泣いていた。
声を殺して、泣いていた。

「ごめん・・・ごめんよ、ネプチューン・・・。」
「・・・どう・・して、あなたが・・・謝るの・・・?」

窓から見える星。
つい、この間までは月だったのに。
今、見える星は地球だ。


遠い。
遠いな。










「おはよう。よく、眠れた?」


まるで昨夜のやりとりを忘れたかのような、すがすがしい笑顔だった。

「まぁね。そっちは?」
「まぁね。」
「真似するなよ。」

クスクスと、笑う。

「今日は?星へ、あいさつ回りだっけ?」
「それは来週からよ。お話忘れたの?今週いっぱいは、ゆっくり身体を休めて月になれろって、女王がおっしゃってたじゃない。」
「そうだっけね。」

ヒュンッと一陣の風。
馨りは少々違えど、感覚はどこも同じだなと。

「ねぇ。馬を借りて海にいかない?」
「馬?」
「馬車だと、落ち着かないわ。二人で行きましょ。馬だったら、風も景色も肌で感じれるわ。」

何よりも、彼女が馬に乗れるということに一番驚いたということは、
胸の内に秘めておこう。





「小さいわね・・・。」

地球の海とは比べ物にならないほどに。
寂しそうに、呟いた。
風は変わらないのだけれども。

「ここでのわたしも、きっととても小さいわ。」

時間が経つのが早い。
朝には発ったはずなのに、日はもう海に飲み込まれつつある。
濃いオレンジ色が、空を覆う。
彼女の青緑色の髪は、今はオレンジと混ざり合っている。
足は水に浸かって、潮騒は小さい。
風は凪いでいる。
揺ら揺らと日を飲み込む水面は揺れている。

「一緒に、生きよう?」

口から出た言葉に、自分で驚いた。

どうして突然。

彼女が、飲み込まれてしまいそうだったから?



振り向いて、じぃっと見つめ返してきて


「ええ。」


悲しそうに、笑った。


「わたしはね・・・。」











あなたを、殺したいわ。










瞳が、ゆらゆらと燃えている。

「・・・何?」

細まって

「ううん。 ・・・帰りましょうか。」











違う。殺したいわけじゃない。

わたしは、あなたと死にたい。











水の中から抜け出して、跡をつけながら歩いてく。
後ろから、ついてくる。
きっと、海を眺めながら。











生きて生きて、これでもかってくらい生きて、

あなたと、死にたい。











そう願うことは、いけないことかしら・・・?











「ネプチューン!」
「・・・え、あ・・・何・・・?」


「はい。」


右手をさしだす。

なぜって

だって、繋いでいたら

一緒に生きている、心地を肌で感じることが、できるから。


「・・・ええ。」


ゆっくりと、やわらかく

握り合った。











一緒に生きたいだなんて願わないから

最期だけは、わたしに頂戴?











「さっき、何を言いかけたの?」
「・・・内緒。」
「まぁ、いいけどね。それより耳を貸してよ。」
「なぁに・・・?」
「いいから、ほら。」







「あのね・・・。」








君にだけ、教えてあげる


僕の、名前は・・・

meg (2011年6月 2日 01:27)

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