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蘇る日々その姿、
こぼれる微笑み





「ああ、そうそう。これ、『ありがとうございました』、ですって。」
「なぁに?」
「貴方の本よ。クノンから返しておいてくれないかと頼まれたの。本当は自分で渡したいのだけどって残念がっていたわ。」
「ああ、そういえば・・・。」

 先ほど真っ青な顔をした忍びの彼が、自分よりも早く駆け込んでいった。主語も理由も忘れて、「クノン殿~!早く来てくだされ~!!!」と叫びながら。

 内容を聞くと決全くもって非常事態ではないのだが、彼にしたら超非常事態。半ば呆れ顔の彼女を引っ張っていってしまったという。

「キュウマも相変わらずなのねぇ、ミスミさまも大変だわ。」

 彼には悪いが、思わず吹き出してしまう。

「あんな顔をしてかけこんでくる人、わたしも初めて見たわ。もっとも、キュウマのあんな顔は昔からしょっちゅう見ているけれど。」

 やれやれ、と彼女も呆れ顔。
 クノンのその顔は、彼女のこれから生み出されたのか、と思わず頷く。

「なぁに?」
「いいえ、なぁんにも?」
「どうせなにか失礼なこと思ったんでしょう?あなたのその台詞は、信用できないわね。」
「あら、信用ないわねぇ。」
「信頼ならしているわよ。」

 あら初耳だわ、とおどけてみせる。
 まったく、と彼女は苦笑する。

「あなたも相変わらずよね。ま、いいわ。これを受け取りに来たんでしょう?」

 丸められた大きな紙を渡される。開いてもよいかと聞くと、構わないという返事が返ってきたので早速その場で紐を解いた。

 どんな計算機を用いて作られたなによりも、彼女の組んだ設計図の精度は高い。そして、素晴らしく美しいものである。彼女のその相変わらずな特技に、毎回見入らずにはいられない。

「わたしが組んだものは単なる基盤にすぎないわ。あとは貴方達のアイディアで変えていって頂戴。」
「あら、でもこのままでも十分すぎるくらいだけど?」
「それじゃあきっとつまらないわよ。むしろ貴方達が考える案のほうがいいこともあるでしょうし。」

 よくよく見てみれば、いじることができるだけの余地がその設計図にはある。以前の彼女のものは、全ての余地を余ることなく使ったものを書いていたように思われる。

「ふぅん・・・。」
「だから、何よ。」

 柔軟になったじゃない。
 こたえる代わりに、ふっと笑って

「ねぇ、この本借りてもらってくれない?あ、読んでも全然構わないわよ。」
「え?」
「だって、今日これもらうために手ぶらで来たのに、こんなに背負って帰れないわよ。」

 クノンに貸した恋愛小説。一冊一冊結構なページ数にして、一挙に七巻。貸したのは三日前。そんな少ない日数で読破してしまわなくても。

 まぁ、彼女にしては必死なわけで、だったら少しはその原因の人に働いてもらおうかしら、と思ったわけで。もちろんそんなことしたら彼女に極太注射でも打たれてしまいそうなので、ささやかに。

「あのねぇ・・・貴方そんなヤワな人間じゃあないでしょう?」
「あら、アタシって実はかよわいのよ~~。」
「じゃあ身体検査でもしてみる?かよわいところがあるのなら治してあげるわよ?」

 どこからか、ウィィィィィ・・・ンと機械音が響く。

「・・・遠慮しておくわ。」
「あらそう?」

 残念ね、とにこりと笑った。




 彼女の机には、以前は飾られていなかった写真立て一つ。幸せそうに、困ったように笑うその表情が誰かさんそっくりな、かの人と彼を取り巻く様々な面影。

 絹のように美しいその髪が短く切りそろえられている、目の前にいるその人の過去の姿。

 幸せそうな、微笑み


「・・・恋愛小説は嫌い?」
「あら、その本がそうなの?」
「まぁね。で、どうなの?」

 積み上げられたものの一番上にあった本をとり、ぱらりとめくる。

「嫌いというか・・・興味がなかった、という方が正しいわね。」

 ぱらぱらぱら、とめくられていく。流れ読みなのか。それとも彼女の頭には全てその情報が瞳を通して吸収されていっているのか。最後のページまでいき、ぱたん、と音を立てて閉じられた。

「むしろ、そうと感じる感情がなかったのかもしれないわ。」

 あの日までね、と小さな声で付け加えられた。

「・・・知りたくなかった?」
「そうね・・・でも・・・」

 視線が、ふとそれに寄せられて

「辛いけれど素敵な思い出でもあるから・・・よかったのかもしれないわ。」




 美しい人は、悲しみに暮れるほど美しくなると、どこかで聞いたことがある。確かに彼女ほどの美人は言葉どおり、何よりも毅然なその姿はそうなればなるほど儚げに散り、美しく映るだろう。


「・・・そうやって笑っているのが、あなたは一番なのよ。」


 悲しみに暮れる彼女の美しい姿を、美しいと思う気持ちはあるけれどそれに目を奪われる思いにはかられない。"美しい"と、"目を奪われる"という言葉は同義であり異義である。

「そうよ、誰だって、笑っていられることが一番の幸せですものね。」

 「誰だって」という言葉には、

 "あなたもよ"という意味を含んでいるよう。

「・・・ええ、そうよね。」

 微笑を返した。










 トントン、と控えめな音が響いた。

「あのー・・・ソノラですが・・・。」
「あら・・・。」

 お迎えよ、と目をやる。
 そういえばここに来てから、結構な時間が経っている。

 あの子もいい加減心配性ねぇ、と苦笑した。

「入ってきて大丈夫よ。」

 そう彼女が声をかけると、これまた控えめに、静かに扉を開こうとする。
 まったく、海賊船にいるときとは大違いだ。

「あの・・・スカーレル・・・もう帰った?」
「ああ、彼なら・・・。」


「はぁい、ソノラ。」

 いつものいたずら心が沸く。
 二人とも一挙にからかってみようとしかけてみる。

「スカーレル!遅いってば!一体何やってるのよー!」
「大人の男女二人の逢引の時間を邪魔するなんてホント無粋ねぇ。そんなんじゃまだまだ大人の女性になれないわよォ?」
「もーーー、そんな冗談ばっか言ってないで!アルディラさんに失礼でしょ!」
「あら、冗談なんてそっちこそ失礼しちゃうわ。ねぇ?」

 すっかり蚊帳の外の人と決め込みつつある彼女に、
 呆れられるとはわかってはいるけれど振ってみる。

 が

「・・・そうね、楽しい時間だったわ。」

 艶やかに笑う、彼女がそこにいる。

 恐らく頭の中が真っ白になっている彼女と一生に一度か二度もお目にかかれないであろう、呆けたみっともない顔をした自分。

「あら、めずらしい顔。明日は雨かしら?」、と得意顔で彼女が笑うまで、自分はそれをずっと晒していたが。


「・・・ぷっ。」

 思わずこぼれる。

「・・・ふふふ・・・。」

 それは彼女にも伝染してく。

「くくっ・・・あっははははは!」
「ふふ・・・あはははははは!」
「え、ちょ・・・ちょっと!!」

 二人で笑い出す。
 我に返った彼女はからかわれたことを知り、真っ赤な顔をして怒り出す。

「なんだ、冗談も言えるんじゃない・・・!あ~、おっかし~・・・。」
「そ、そんなじょーだんにも程があるよ、アルディラさんてば!」

 こんな不謹慎な冗談滅多に言うものではないけれど、たまにはいいものよね、と

 思えば、こんなに声をあげて笑ったのも久しぶりかもしれない。
 あのとても幸せだった日々から何年の月日が流れただろう。
 いくつの幸せを、こぼしてしまっただろう。


 その日々と同じ数だけ、取り戻そう。



 微笑みの幸せを、一つ一つ拾い上げよう。






「もー!スカーレル、あたし先に帰るからね!」

 ぷりぷりと何も持たずに歩き出す。

「ちょ、ソノラってばー!何冊か本もってよ~。」

 聞こえない、というように背を向けて、どんどん歩き出す。
 見る人が言えば、自業自得ではあろうが

「いいわ、持ってあげる。」

 彼の抱えている本七冊のうち四冊を引き上げる。

「アラ・・・借りてくれないんじゃなかったの?」
「借りないわよ。」
「・・・ここから船まで少しかかるわよ?」
「いいのよ。」





 これは、御礼だから。






 何の、かは察しのいい彼のことだから、きっとその一言で十分。



「今度一緒に飲まない?アナタ強そうだから飲み比べのしがいがあるわ。」
「・・・いいわ、貴方のこと嫌いじゃないし。」
「あら、アタシは、アナタのこと好きよ?」





 "アルディラのこと、好きだよ。"





 ・・・たった二文字の言葉だけれど、言われてこんなにも嬉しい言葉だなんてね。





「・・・わたしも、貴方のこと好きよ。」



 微笑みを交わす。
 ふと、前を見れば「どういう意味?」とひきつった顔をした少女が一人。



 説明することはたやすいが、このままでも十分おもしろいかもしれない。

 彼が今この場で説明することはない、ということはわかりきっているので、たまにはその"いじわる"に今日くらいは参加しておくことにした。
meg (2011年6月 3日 23:45)

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