あなたとパスタ
「ああ、びっくりした!」
いつも豪快で自信に充ち溢れた彼が、よもやあんな風に頭を下げてくるだなんて・・・
「やだ、まだドキドキいってる・・・」
あれからもう数十分と経つのに、今だに心臓の鼓動は早いまま、体中も熱い。
(なんで、こんな・・・突然あんなふうに頭を下げられたから・・・?)
先ほどの出来事、やり取りを思い返す。もう、あんな彼の顔を見るのも、させるのも嫌だなと素直に思う。そう感じるのは、きっとそれは身内だからで―――でも、なんだかリュームや他の御使いとは違う、分からない、何かが・・・
(あれ、そういえばさっき・・・)
会話の最後に生じた違和感。
(途中までは、何ともなかっ――)
"フェア"
「―――!!!」
安堵したような、その優しい声色。親愛を持って、初めて呼ばれたこの名前。
(なんで!?急に、どうして―――)
私の中の心臓が、もうこのままオーバーヒートして爆発してしまいそうだ。早く、納まって・・・いっそのこと、止まってしまえばいいのに・・・!
そのまま、ずるずるとその場に座り込んでしまう。そんな滅多にお目にかかれないフェアの醜態に驚いて、先にベッドへ入っていたリュームが慌てて傍に寄ってきた。
「なんだよ、どうしたんだよっ!・・・うっわ、すっげえ顔真っ赤。熱でもあんのかよう」
「いや、その・・・」
「あ、わかった、セイロンだなっ!!」
その名前が出たことで、もう爆発寸前な心臓の音が一気に跳ねた。
「アイツにさっき呼ばれてたもんな、なんか変なことされたんだろ!よーし・・・おいらが文句言って・・・」
「ま、まって・・・!!」
こちらの話を全く聞かず、勢いだけで部屋を出て行こうとする愛息の腕を慌てて掴む。何するんだよ、離せよ!とわめく彼に、「だから話を聞いて!」と訴える。ようやく私の龍が静かになり、一呼吸つく。もう、体中汗だらけ。なんで、私こんなに必死なんだろう。
「お、おねがい・・・このこと、誰にも言わないで―――」
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「・・・はて」
翌朝、ひたすら首を捻る赤き龍人の姿がそこにあった。
「我は、何ぞ失態でも犯しただろうか」
食堂へ行けばフェアが全く目を合わせてくれない。不意に目が合うと、慌てて逸らされる。逆に、御子からは非難の視線を絶えず送られてくる。他の御使いや訪ねてきた仲間たちにはそれを見て、「なにか余計なことをして怒らせたのだろう」と疑われるか呆れられる。しかしどうしたものか、心当たりが見当たらない。
(とりあえず・・・謝りにいくとするか)
なんにせよ、自分が原因で彼女をそうさせているに違いない。どう考えても彼女が理由なくしてそういった行動を取るはずがない。謝罪ついでに、その理由を尋ねてみることにしよう。ずっとこのままとなると、さすがに寂しい。
「これ、そこの童。店主を見かけなかったか?」
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「お洗濯、完了っ」
青い空に、白いシーツ。風に吹かれ、はたはたと揺れ動くその姿は、量があるだけに爽快である。
「今日のお昼ご飯はっと・・・」
もう時間も頃合い。そろそろ準備をせねば間に合わない。急いで食堂へ行かなければならないところだが―――
(セイロン、まだいる・・・よね、きっと)
もう、大分落ち着いた。きっと今なら、目を見て話せる・・・と、思う。
だから、問題はそこではなくて
「怒ってるかなぁ・・・」
気が付かないはずがない、自慢ではないが自分は隠し事が大の苦手だ。リシェルやルシアンにも、先ほどまでしつこいくらいセイロンと何かあったのかと聞いてきた。ポムニットさんが連れて帰ってくれなければ、今もこうしてわめいていたに違いない。
(あんなにハッキリと目、逸らしちゃって・・・)
自己嫌悪の塊だ。どういう顔をして、彼の前に行けば良いのか。
「ん・・・?」
やけに、洗濯物干し竿近くにある木の下がやかましい。これは・・・鳥のヒナの鳴き声だろうか。
恐る恐る近寄ってみる。すると、まだ生まれたばかりと見られるヒナが、地面の上に転がって必死にもがいている。上を見上げれば、さらにたくさんのヒナの鳴き声がする巣。何らかの原因で、巣から落ちてしまったのだろう。
「大変!!」
慌ててヒナを手に救った。第一発見者が自分でよかった。この辺は野良猫が多い。見つかっていたらと思うと寒気がする。
「今すぐ、戻してあげるからねっ!」
そう呟いて、片手を器用に使い登り始める。リシェルなんかは宿屋の女の子はスカートで接客すべきと毎日のように訴えるが、やはりこういうことがある日もあるわけで、パンツでよかったと心から思う。巣は木のてっぺんよりもやや下に位置しているようだ。元々が背の高い木ではないから、すぐに辿りつけるだろう。
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「ふむ・・・確かに、ここだと聞いたのだが・・・」
その頃セイロンは物干し場に到着し、あたりを見回していた。だが、静かにシーツがはためくばかり。そこに人の姿はなかった。
(もう昼時・・・すれ違ってしまったか)
出来れば、昼飯までに会って謝ってしまいたかったが・・・致し方あるまい。そう思い、回れ右しようとしたところで異変に気がついた。何か、風もさほど強くないにも関わらず、あちらの木からやけに枝葉の擦れる音がする。結界からはなんの反応も出ていない。となると、動物か、はぐれかが木の上で暴れているのだろうか。
興味が出、どれ覗いてみるかと木の下まで歩いて行ったところで、危うく扇子を落としそうになった。なんと、登っていたのは人間ではないか。それも、探し人。
(何をして・・・)
と、血の気が引いた。彼女が足場にしている枝は、中でも細いもので、もう根本が折れかかっている。少しでも揺さぶれば、容易に折れてしまうだろう。
「!!」
いや、もうそれはあと数秒で折れる。揺さぶるなというに、何か目的があるのか、むしろ必死に揺さぶっているのだ。
メリメリッと、嫌な音がする。
「いかん!」
「失敗したなぁ・・・」
一番巣のある枝に近いと見えた枝を目指し、そして実際その場についた。だが、以外にもそこから巣へは手がギリギリ届かない。かといえ、上の方にある枝はどれもこれも細いものばかり。実際、今自分が乗る枝さえ、自分の身丈だからこそもっているようなものの、それ以上の体格の者が乗れば容易に折れるだろう。
(ちょっと勢いつければ、ヒナを巣へ入れられるかもしれない)
もう、それにかけるしかない。太い幹に腕を回し、乗っている枝を揺らし勢いをつける。一瞬にかけるしかない。その一瞬を逃せば、ヒナも自分も落下する。いや、むしろ自分はどうとでもなるだろう。ヒナは、下手をすれば命をなくしてしまう。
(もう少し、もうすこ・・・し)
する・・・っと、ヒナが手を離れ、巣の中に・・・
「入っ・・・!」
「フェア!!」
「え・・・」
名を呼ばれた気がして、振り向こうとした。だがその瞬間、バキリ、と足元から大きな、嫌な音がした。それと同時に、足元が崩れる。
悲鳴を上げる暇もなかった。枝葉の間を身体が滑り落ちていく。だが、痛いだとか怖いだとか感じる前に、
(どこかの骨、折れるかな・・・今回ばかりはお願いして奇跡とストラに頼ろう)
だとか、
(歩けるといいけど・・・じゃないと、誰かここに来るの待つことになる)
とか、落ちた後のことばかりを考えていた気がする。
(あ、セイロンにまた謝らなきゃいけなくなるな・・・)
止まった。もう地面に落ちたのだろうか。にしては、体にかかる振動は少なかったような・・・むしろ、少々柔らかくて、温かい・・・
「お転婆が過ぎる。少しは自重したまえ」
十分すぎるくらい聞き覚えのある声がする。少しばかり怒気をはらんでいて、
「目を開けたまえ、店主殿。そなたは助かったのだ」
恐る恐る目を開くと、すぐによく知った顔が浮かんできた。言葉の雰囲気とは裏腹に、安心したような顔を浮かべている。
「セイ・・・ロン?」
「まったく・・・あの女童が言うように、服をすかーととやらに変えてみてはどうだ。さすれば、このようなことにはなるまい」
「それは嫌!!!」
瞬時に目が覚め、思いきり体を起こす。体中にピリッと痛みが走る。だがそれ以前に、思いのほか目と目が近い位置にあることに驚いた。無論、自分と彼の。
「あ、わ、セイロ・・・」
途端に狼狽し出す。だが、今回は目を逸らすようなことをしなかった。いや、出来なかった。
「あ、あのね、ちょ、おろし・・・」
吸い込まれてしまう、その瞳に。ここまで近づいて見ることなどなかったけれど、この人はすごく端正な顔をしているんだなと思った。いつもおどけたような姿勢で、かと思えば突然誰よりも大人らしい立ち振る舞いをして・・・
少し、怖い。全てを見透かされているような気がしてならない。
けれど、
「・・・やっと、目を合わせてくれたな」
ぎゅうっと、胸が締め付けられる思いがした。
「あ・・・!」
謝らなければ。謝らなければ―――けれど、どう言えばいいのだろう。まさか、「突然名前を呼ばれて恥ずかしくなってしまいました」なんて、そう言うこと自体が非常に恥ずかしい。何か、旨いことごまかせるような理由はないだろうか。
「店主殿」
「は、はいっ!」
だめだ、昨日から調子が狂いっぱなし。今の私、変だ。どうしようもなく変だ。そう、思っているのでしょう?
「・・・すまなかったな」
間を、さらりと風が吹き抜けていく。
「え・・・?」
今、何て―――
「今朝方から、そなた我を見ようとせんだろう。否、責めるつもりは微塵もない。ただ・・・」
淡々と進める彼の言葉を遮ることもできず、ただ黙って彼を見続けた。
「すまぬことにその原因が、思い当たらんのだよ。原因がわからぬのに顔を合わせてくれぬのは、ただ寂しくてな」
ああ、なんてことをしてしまったんだろう。
「だから、すまぬが理由を教えてはくれぬか。そうせぬよう努力するゆえ・・・」
「ちがうの!!」
ごめんなさい、ごめんなさい
「店主殿?」
「ちがう・・・の・・・」
ああ、今の私、世界で一等愚か者。ただ私が「恥ずかしいから」というだけで、この人を傷つけてしまった。
もう、いいじゃない。笑われたって。いや、むしろ笑ってほしい。こんな理由で逸らしたのかって、笑い飛ばしてほしい。
「あのね、セイロン!わたし・・・」
言いかけたその時、空から騒騒しく羽ばたく音がした。それと同時に、巣から今まで以上のボリュームでヒナ達が歌い始める。母鳥が帰ってきたのだ。
「あ・・・」
「あれは・・・」
「お母さんだ!」
一匹一匹に、分け隔てなく獲ってきた獲物を与え出す。無論、落ちていたあの子にも。
「よかった・・・これでもう安心だね」
その言葉で、彼女がどうしてあの場に居、あのようなことをしていたのか合点がいった。
「そうか、そういうことか・・・」
「え?」
「そなたのおかげで、また一つ命が救われたということだな」
よきかなよきかな、といつもの調子で笑う。
ああ、好きだ。この空気感、この笑顔。
「どれ・・・一旦降ろし、ストラをかけさせて頂くとしようかの」
「え」
そういえば、今だ自分はセイロンの腕の中にいたのだと、気づいてしまったらまた心臓が走り出した。
「そ、そうよっ、はやく降ろして・・・って、いったぁーーーー!!」
「大人しくせぬか。そなた、気づいていないだけであちこち切り傷だらけなのだからな」
よくよく見てみると、おっしゃる通り腕や足には小さな切り傷がたくさんできていた。落ちた時に枝葉の間を落ちてきた為、その時にひっかいてしまったのだろう。
「ああ、それとも普通の消毒の方がよいかもしれぬな。店主殿にとっては良い薬となるぞ」
「うう・・・ストラでお願いします」
あっはっは、と豪快に笑ってから、ゆっくりと優しく芝生へ降ろす。傷口に手をあて、すぅ、と息を吸い込む。すると、目には見えない穏やかな空気がその手のひらから流れ出す。とても、温かな風だ。
「さぁ・・・て。大きい傷はこれでいいとして、あとの細かな傷は消毒としようかの」
「え、えええええ~~!」
「薬だと申したであろ?ほら、行くぞ」
それとも、横抱きで食堂まで行くか?といたずらっぽく提案される。もちろん即却下した。そんなことをすれば、食堂へつくまでにこちらの心臓がどうしても持ちそうにない。
「さぁ、食堂へ行くとしようかの。我はいい加減腹が減って仕方がないのだよ」
意気揚揚と、一人で歩きだす。
「ま、まって!」
咄嗟に彼の服の裾をつかんで引き留める。あなたに、どうしても言わなければいけないことがある。
「ん、どうした?」
いつものように扇を口元にやって、飄々と振り返る。
「あ、、あのねセイロン・・・さっきの話なんだけど―――」
お昼のメニューは冷静パスタにしよう。この熱を冷ますにも、彼の笑いを納めるにも、きっと効果てきめんに違いないから。
meg (2011年6月 4日 00:39)
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サモンナイト シリーズ