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「―――――。」

 自分のいるところから少し離れた場所でジェイドが自分の見知らぬ誰かと話している。至極真面目な顔で話しているから、おそらくは仕事関連のものであることには変わりないが。
(・・・あんなやつ、今まで宮中にいたかな)
 それが男性であるならばさして気にも留めなかっただろう。だがその人物は、どう見ても女性。めずらしい、と思った。そしてそれと同時に今までさぞ苦労したことだろうなと労う。
(男だらけの軍司令部中に咲いた一輪の花、か)
 制服に入ったラインと勲章から想像するに、位は少佐というところか。

「では、宜しくお願しますよ少佐」

 おや、話が終わったらしい。

「承りました」

 眉毛一つ動かさず、無感情に気風漂う礼をしてその場を立ち去った。
(民間出の兵じゃないな。ありゃどこの貴族のお嬢さんだ?)
 とはいえ貴族出の女性将校とはめずらしい。むしろ貴族であるならば、その父親が(出世駒として使うべく)離さないだろうに。

「おや陛下。立ち聞きとは関心しませんね」
「内容までは聞いてない。ただ、あいつは誰だ?」
「あいつ?」

 ん、と遠ざかり行く彼女の後姿を指せば、「ああ、」と初めて気がついたとでもいうようにぽんっと両手を叩く。まったくもってこいつはいつでも白々しい。

「彼女は少佐です」

 おおよそ耳にしたことのない名前だった。何を言いたいたいのか顔色から読み取れたらしく、先手を取られる。

「陛下は軍司令部での人事に立ち会いませんからね。正式な発表はまだですが、こちらでは一足早く仕官していただきますから」
「というと、最近入ったばかりということか」
「ええ。ですが彼女の勇猛ぶりは、軍の中では有名でしたから。いつ仕官を始めてもおかしくはないくらいに」
「まだ大層若いようだが?」

 白い肌と細腕からは信じられない。加えて彼女と自分とでは一回りほど年も違うのではないだろうか。

「たしか22と言っていましたね。中でもフリングス少尉とは軍の中でも年が近いだとかで他のものより多く言葉を交わすそうです」

 大層長いのだろう、後ろ髪を丁寧に結い上げ、頬で揺れる遅れ毛が風に揺れる。ストレートというよりも気持ちウェーブがかかっていて、柔らかな印象を与える。そう、どちらかというと男装の麗人というよりも至極女性らしい立ち姿。だがその表情は張り詰めており、他の者に立ち入る隙を与えない。
(折角の美人なのにな)
 微笑を振りまけば、彼女に恋を囁く者どもが後を絶たないだろうに。

「拝する位が少佐ということもあり、今はわたしの手伝いをさせています」
「・・・雑用の間違いじゃないか?」
「おや、失礼ですね。」

 そんなことありませんよといかにも白々しい笑顔を宿したところでそれはもはや確定と位置づけた方がよいだろう。やれやれ、と溜め息一つ吐いて

「ジェイド、ならば近いうちに俺の部屋に雑用でもなんでも言いつけてよこせ。」

 あなたならそう言うと思いましたよ、と半ば呆れたような声で答えた。

































 控えめに響く、扉を叩く音。

「おう、入っていいぞ。」

 どうせジェイドかアスランあたりだろうとたかをくくり、ソファに寝転がってブウサギと戯れたまま迎える。と、現れたのは。

「失礼いたします、陛下」
「!!」

 慌てて飛び起きて、そのまま敷かれたシーツに足を絡めて無様にも大きな音を立てて転がり落ちた。突然目の前で繰り広げられた惨劇によほど驚いたのか、慌て顔でこちらへと駆け寄る。
(おや・・・?)
 なんだ、そんな顔もできるんじゃないか。彼女に背を支えられ、頭を抱えつつようやく起き上がる。

「・・・あの、お怪我はございませんでしょうか?」
「だ、大事ない・・・」

 それにしたっていくらなんでも急すぎる。確かに自分は彼に"よこせ"と言った。そして"近いうちに"とも。だが、断じて"今日中に"とは言っていない。突然響いた痛々しい音に部屋中のブウサギ達が反応し、周囲にわらわらと集まりだす。飼い主としては、心配して来てくれたのだと信じたいところだが、悲しいことにその興味津々といった瞳を見る当たり単なる音に対する好奇心なのだろう。

「ブウサギがこんなにたくさん・・・」

 誰しも初めてこの部屋に訪れたものはその多さに閉口するものだ。と、同時に部屋自体の汚さにも。

「整理整頓は、苦手なものでね・・・」

 そうして自分もその度にお決まりの文句を言う。撫でていいぞと言うと、「お言葉に甘えて」としゃがみこみ優しく撫で始める。ブウサギの方もまんざらではないというかのごとく、気持ちよいと穏やかに鳴いた。

「そいつはジェイドだ」
「え・・・?あの、恐れ入りますがそれはカーティス大佐の・・・」
「あれは可愛くない方のジェイド。これは可愛い方のジェイドだ」

 まぁ、と控えめに笑みを零す。そうだね、君はそうして笑っているほうが何倍も愛らしい。君のことは全く知らないけれど、そうであることは一目でわかるものさ。

「・・・なるほど、普段は仮面を被っているわけか」
「え・・・?」
「女性が仕官するというのは極めてここでは稀だ。異を唱える大臣は多かったことだろう。少しでもしくじればそれをネタにしてすぐにやめさせられかねない。だから仮面を被り無感情を冠して、常に気を張り詰めているわけか」

 図星だろう?と問うと、瞬きを二、三度繰り返した後ふと切なそうな、悲しそうな表情を映す。あわてて「すまない」と言えば、「とんでもない」と言い

「いえ・・・その通りです。簡単に見破られてしまうようでは、いけませんね・・・申し訳ありません」

 と、深々と頭を下げる。

「何故謝る?」

 え?という顔

「わたくしはわたくしという人間を偽っていたわけですから・・・」
「いやそれはお門違いというものだ」

 しゃがみこむ彼女の目線にあわせるべくこちらも跪いて(そんな自分を見て彼女はあわてて立とうとするがそれを制し)

「お前のような美しい女性に、そのような気を揉ませる無能な大臣どもがむしろお前に謝罪すべきだな。」

 最初はそうと言われてキョトンとしていたが。おや、めずらしいな。メイドやら町の女性やらにこういう内容の文句を言えば、可愛らしく頬を真っ赤に染め上げるものだが。そのうち彼女はくすくすと控えめに笑い出して、

「女性にはいつも、そのようなお優しいお言葉をおかけになるのでしょう?」

 と微笑んだ。その曇り一つない笑顔はむしろこちらとしては虚を衝かれた。

「あ、いや・・・」

 つい、言葉がしどろもどろになる。いやこれは完敗だ。そんなにもふんわりと柔らかく全てを覆い尽してしまうそんな笑顔を隠し持っていただなんて、予想だにしなかった。まるで、心臓をその手でえぐられたような・・・

「あれ」
「陛下、どうかなさいましたか?」
「・・・・・?」

 左胸にそっと手を添える。

「なんだ、これは・・・」

 なんとうるさい心臓だ。普段、こんなにもうるさく脈打っていたか?いや、この際どうでもいい。早くさっさと静まれ。

「あの・・・どこかお加減が悪いのですか?」

 素直に心臓が、と答える馬鹿はどこにもいまい。手を離し、笑みを作って「ただの気のせいだ」と伝えると「陛下がそうおっしゃるならば」とすこし不安げに答える。全く、貴女は不思議な人だな。

「・・・で、お前のここに来た用事というのは?おおかたジェイドにでも何か雑用を言付かったのだろう」

 言付けるよう頼んだのは、他でもないこの自分であるが。

「あ、いえ・・・。本日はわたくし御挨拶に参りました」
「挨拶?」
「陛下」

 御立ち下さいませんかと言われ、ああそうかと立ち上がる。それを確認してゆっくりと彼女が立ち上がり、

「明日付けにて第三師団師団長副官の任に預からせていただくこととなりました、と申します。階位は少佐に相当致します。以後、どうぞお見知りおきくださいませ」

 形式に沿った正しい礼をし(しかしそれは今まで見てきた誰よりも気風漂うすばらしいものであった)、そうしてもう一度あの微笑を見せた。







目が眩んで、
全て
持っていかれた


ああ、無表情なんてものよりもそうして嬉しそうに笑っているのが一番 いい










「ここにいる時はお前を偽る必要はない。お前の敵は誰ひとりとてここにはいない。」

 だからせめてここに来た時は、普段のお前でいてくれ。そう言うと、彼女は「では、お言葉に甘えさせていただきます」と嬉しそうに(ブウサギの)ジェイドの頭を撫で回した。
meg (2011年6月 5日 13:31)
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