「どうして・・・分かったのですか?」
「そうですねぇ、あえていうなれば愛というものでしょうか?」
「茶化さないでください」
はぁ、と溜め息を吐いた。このお方は本当に掴むことができない。
「それで?あなたはどうするつもりなのですか?」
事の次第では、彼はきっとわたしを殺すことすら躊躇わないだろう。それが、あのお方のためであるならば尚更のこと。
「、少し時間を頂けますか?」
突然後ろから声をかけられた。振り返れば、そこには自分の上司であるジェイド・カーティス大佐。いつものように胡散臭い(と言ってしまっては失礼にあたるが)笑顔を向けて、しかし瞳は決して笑ってはおらず。
「はい、私は構いませんが・・・」
「では、さっさと済ませてしまいましょう。申し訳ありませんが、私の部屋まで来てください。」
「申し訳ないだなんて、思っていないのでしょう」と苦笑しながら言えば、「おや、どうしてばれてしまったのですか?」とおどけてみせる。だって貴方の瞳は、わたしに拒否権を与えなかった。
「・・・と、いうわけで、申し訳ありませんが彼女をお借りしますよ、陛下。」
「え?」と今度はもともと向いていた方へ顔だけ右に回してみれば、そこには不機嫌と顔に書いた国王の姿。いつの間にそこにいたのか、瞬きを数回繰り返す。
「俺は来るなということか」
「ええ」
「何故だ」
「私のプライベートな問題ですので」
「・・・何の話をするつもりだ」
不機嫌が最高値に達するまで、あとわずかというところか。二人は幼馴染であるだけに、お互いの扱い方はお互いよくよく存じ上げているようだが・・・
(なんだか今日は、大佐の方が上手にあるようだわ)
ピオニー9世陛下というお方は、このジェイド・カーティス大佐に対して唯一上手に回ることができるということで宮中では有名である。厳密に言うともう一人だけ、大佐はもちろんだが陛下すら下手に回らざるを得ないお方がケテルブルグにいるそうな。
(でもそのお方について聞こうとすると、陛下はどうしてかとても寂しそうなお顔をなさるから・・・)
「、そういうわけですから、参りましょうか」
考え込んでいるところに、急に声をかけられたものだから、「は、はぃっ!」と妙に上ずった声を上げてしまった。
「まてジェイド。俺の質問に答えろ。」
よいのでしょうか、という表情で大佐の方を見やれば、任せてくださいと言わんばかりににこりと微笑み、わたしを追い越して陛下の下へ向かい、耳元へ口を近づけ
「―――――っ!」
何かを、口ずさんだ。その"何か"を聞いた、陛下の顔色があきらかに変わる。
「・・・好きにしろ。」
そうとだけ言い、わたしの顔を見ることなく回れ右し歩いていく。なんだか、その背中はとても小さく、寂しそうに見え
「」
「あ、」と足を止める。思わず陛下を追いかけようと足を踏み出した自分がいた。
「・・・どうするもなにも・・・私がどうと申し上げたところで大佐は信用してくださるのでしょうか。」
一度生じた疑惑は、言葉ではなく態度で示さなければ信頼を勝ち取ることができない、ということはこの身をもって痛感している(事実、自分が『少佐』という地位を頂くまでにどれだけの苦労を背負ってきたことか)。それに、この男は相当の曲者だ。
「そうですねぇ・・・貴女とはそれなりに付き合いも長いですし、できることならば信用ではなく信頼したいところです。」
と、瞼を閉じた。
「・・・大佐」
「なんですか?」
「私は言い逃れ一つ、致しません。どうぞお好きなように処分なさってください。」
「ほう。」
「ただ・・・一つだけ・・・」
言い逃れなど、出来るはずがないのだ。内容がこの国にとってタブーであるならば尚更のこと。今この事実を知っているのはこの大佐一人であるということだが、万が一外に漏れてはもうそれこそ自分の命はないと言って等しいのだろう。
(もしも、陛下が知ってしまったら・・・)
あのお優しい陛下はどのような顔を見せるのか。怒りか、それとも悲痛に歪んだ顔か。
(どちらも、決して見たくなどない顔だわ・・・)
「・・・たしかに私がこの国へ軍人となるべく参りました最初のきっかけは、大佐の予想している通りであると思います」
憎しみ唯一つを背負って、この地に入った。女性である、ということを劣等感に感じながら、血を流しながら修行に明け暮れた。初めて少佐として入城した時は、笑顔すら忘れてしまっていた。
「ですが―――」
『陛下、キムラスカへ侵攻するならば今しかありませんぞ!』
『わが国の譜術は彼の地に比べれば何倍もの力があります!奴らの技術など我らには遠く及びませぬ!』
『・・・・・』
『陛下っ!!』
初めて参加した軍法会議でのことだった。陛下のお顔を見たのも、それが初めてであった。
わたしは、あの預言の結末を偶然とはいえ知ってしまっているから
(今戦争をしてもしなくても、この国の末路は変わらないわ)
そう、投げやりに参加していたことをよく覚えている。わたしが手を下さなくても、預言がわたしの願いを成就してくれる。けれど
(・・・じゃあ、どうしてわたしはここにいるの・・・?)
『―――キムラスカに平和条約締結の願書を贈る。』
『!!?』
その場がざわめく。わたしはというと、そう言い放った若き皇帝の顔を食い入るように、その時初めてまともに見つめた。少しばかり褐色に染まった肌と、黄金色の髪。
『陛下、何故です!今ほどの好機は・・・!』
ゆっくりと席を立つ。そして、そのまま座り難色を示す大臣を上から相当の圧力を持って、見下した。
『お前達に、その命の犠牲全てを背負って生きていく覚悟はあるのか?』
彼の言葉に唯一人顔色を変えなかった大佐を引き連れ、その場を後にした。会場はざわめきの止むことはなく、しかしそのまま閉幕。わたしは、小さくなってゆく彼の背中を、ただひたすらずっと見つめていた。
(あれが・・・)
『。私たちも、行こう?』
(・・・あれが、ピオニー・ウパラ・マルクト9世陛下・・・)
『?』
――その命の犠牲全てを背負って生きていく覚悟はあるのか――
『・・・なんでも、ないわ。ごめんなさい、フリングス。気にしないで、さぁ行きましょう』
席を立ち、彼と共に正反対の方向にある出口へと足を進める。初めてピオニー9世陛下という人を見た、その印象は・・・はっきり言って、理解できなかった。ある程度ここに来た時点で彼の人物像というものを予想していたものだ、だがしかし・・・まるで、違った。心の中に動揺だけが残った。
そうこうしているうちにカーティス大佐と交流を持つようになり、そして陛下とも交流を持つようになるのは時間の問題であった。最初の頃は、議会の時とはうって違う彼の態度にたいそう戸惑いを覚えたものだ。憤りを覚えることもあれば、呆れることもたくさんあった。けれど・・・いつもなんだかんだで優しい彼の前で、自分の目的を忘れてしまっていること、その夜に何度も自分に言い聞かせたこと、そして・・・
『俺はこの国の王だ。・・・今までこの国が犯してきた罪を、そうなった以上俺が引き継がなければならない。逃げることは許されないんだ。』
ある時、思い切って聞いてみた。あの日、どうしてあのようなことを言ったのかと。すると彼は、『えー、そんな俺威圧感たっぷりだったかなー』と困ったように笑って
『・・・あの日の犠牲を背負って俺は生きるんだ。戦争で命を削ることでなく、誰も犠牲になることのない世界を考えながら、生きるんだ。』
あの日とは?と知らないふりをして聞くと、彼はすまなそうに、『ごめんな、これだけは教えてやれないんだ』と答えた。むしろ偽り彼の傍に立つこちらの方が申し訳ない気持ちで胸は一杯。どうして、どうしてこんなにもこの胸は嫌だ、と叫んでいるのか。
『それが、俺の"生きる意味"だ』
確固たる意志。この国の王となる覚悟。その覚悟と、今まで自分が抱えてきた覚悟は、どこまでも相容れることはないだろう。けれどその強さは、まるで別格であった。だって、わたしはこんなにも揺れているのだから。彼の言葉、挙動一つでこんなにも揺らぐ。
知らなければよかった。知りたくなかった。あの日、会議などに出席するのではなかった。
けれど、あの日彼に出会わなかったとして、果たして自分はその覚悟をどこまで貫くことができる?この国に足を踏み入れた時点で、こうなることは明白だったのかもしれない。
『・・・何故、泣いているんだ?』
この人は何を言っているのだろう、と思った。しかしまさか、と思いながらおそるおそる自分の指で頬に触れると、たしかに大粒の雫が一つ、二つと落ちていく。
『・・・?』
(ああ、どうして、どうして)
その指で、そっと涙が拭われる。
(どうして、止まらないのかしら・・・)
頬に手が添えられたまま、ぼたぼたと容赦なく涙が零れ落ちる。
(どうして、どうしてこの人がこの国の王なのかしら・・・)
『・・・ごめ・・・な、さい・・・』
『?』
『ごめんな・・・さい・・・』
『・・・なぜ、謝る・・・?』
理由は明かせるはずもなく、困り果てた様子の陛下を目の前にただただ流れ続ける。
謝罪の対象は、貴方だけでなく、わたしのために命を散らした大切な人々皆に向けて
(わたし、わたし・・・)
「・・・私は、自分の生きる意味を自分で決められるのなら・・・」
(この御方を、この手にかけたくなんかない・・・!)
ようやく直面した己の真実。けれど、それは果たして自分に許されるのか。確かにあの国を出た時心に誓いを立てたはずだ。今更曲げることは、許されない。許されるはずがない。
『』
けれど、けれども――――
『後ろを見てみろ、すんごいぞ』
涙で滲んだ視界を鮮明にすべく何度かこすり、そして言われた通りに後ろを振り返ってみる。
と、文字通り言葉を失った。
宮殿を囲うようにして守る水の城壁が、乱反射。そこで生まれた幾筋もの虹が交差し合い、それらは天の向かって伸びては下り、この町全体を覆うように大きく大きく立ち上る七色。
『なぁ、この光景を見てお前はどう思う?』
『―――とても、素晴らしいです・・・。綺麗・・・。』
『だろう?・・・これを、キムラスカの奴らが見ても、きっとそう言うと思うんだ。』
生まれた国は違っても、お互いの文化は違っても・・・美しいものを"美しい"と感じる心は皆一緒であると。
『私も・・・そう、思います・・・』
だって、わたしがこの光景を美しいと思ったから。綺麗であると、思ったから。つまりは、貴方が言ったことは、紛れもなく真実であるということ。
『陛下・・・』
彼は、許してくださるだろうか。こんなにも愚かしく罪深いわたしを、彼は許してくださるだろうか
『もう一つだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか・・・?』
『ん?』
一陣の風が吹き、少量の水滴を飛ばす。光を吸収し、ガラス玉のように光を放ちながら落ちていった。
『陛下のおっしゃったこの国の背負う罪の為、心を許していた誰かが陛下に刃を向けた時・・・陛下は・・・どう、なさいますか?』
一瞬、どうしてそんな質問を?という表情を浮かべる。『例えば、のお話です』と控えめに言うと、彼はそれ以上なにも聞いてはこなかった。少し、考え込んで
『・・・悔しいだろうな。』
悔しい?
『そいつを救ってやれなかった自分に対して、腹立たしさを覚えるだろうな。殺されてもいい・・・と、思うかもしれない。だが―――』
「わたし、は・・・」
『―――御守りします』
考えるよりも先に、言葉が出た。信じられないくらい、するりと喉の奥から
『?』
先ほどまで胸に、喉に詰まっていたことが嘘のよう。言葉が途切れることなく流れるように紡がれてゆく。だが、どれもこれも、確かにわたしの中の真実。
『たとえ、その方の命を奪う結果となっても・・・酷なようですが、その方の犠牲をも背負い、それでも生きてください。』
制服のポケットに片手を入れ、握り、そして取り出した。
『私は、陛下の剣となり盾となり、御身を御守りいたします。』
水の城壁に向かい、取り出したそれをヒュッと投げる。
(メダル・・・?)
それは金色の弧を描き、吸い込まれていった。
『陛下は、私が御守り申し上げます』
「あの御方の為に、生きたいと思ったのです」
あの日から数年が経った今でも変わらない決意。
「・・・そうですか」
確かに、そう思ったのだ。
その思いは、彼の事をもっともっと知るにつれ、増してゆくばかり。
「はい」
時々夢に見ることがある。わたしの為に死んでいった者達が、晴らせ、忘れたのか、と罵る。
そうしてたくさんの汗をかいて目が覚めて、その日彼に会うと必ず
『・・・大丈夫か?』
と労わり、頭を軽く叩く。元気を出せ、というように。
あの日の、あの台詞の後の彼の困惑と喜びを混ぜ合わせた複雑な表情を、わたしは一生忘れることはないだろう。
「決めたのです」
これが、過去に縛られることを止めた今のわたしの姿。
すると大佐はそれまで閉じていた瞼を開き、口元を満足そうに歪め、立ち上がった。判決が下される―――そう思い、少し崩れかけていた姿勢を思わず正す。
「・・・貴女の言い分は、ようくわかりましたよ。」
意地の悪い言い方をする。彼がこれから紡ぐ言葉で、これからのわたしが決まる。抗いなどしない。彼の言うこと、それがすなわちこの国にとって、そしてあの御方にとっての最善なのだ。
それでも、やはり辛いものはある。もはや、これまでなのか、と瞼を閉じた。コツ、コツとブーツの踵が床を蹴る。それはこちらに一歩、また一歩と近づき、目前まで迫る。更にぎゅっと瞼を閉じた。
―――――すると、ただ一つ肩をポンッと叩かれた。何事かと恐る恐る瞼を開いてみれば
「よろしい、ではあなたに皇帝護衛兵の任を兼任していただきましょう」
「―――――はい?」
「皇帝護衛兵の任を、兼任していただきます」
開いた口が塞がらないとは、まさにこのことであった。
「あの、それはどういう・・・大佐は、私の過去を知ったのではないのですか?」
「ええ、もちろん。」
「では、なぜ・・・」
すると大佐は、この上なく自信に満ちた表情でわたしに
「貴女はきっと心からそういうのだろうと、わかっていましたから」
最初から、貴女にはこの任に就いてもらう予定でした。ただ、その為の心意気を確かめようとしたまでです、と。
「もちろん、断るはずはありませんよねぇ?」
「~~~~っ」
そうして本日何度目かの溜め息を吐くこととなった。
「!!」
大佐の部屋から出た途端、真っ先に声をかけられた。
「陛下!?あの、もしかして・・・」
「いや、立ち聞きはしていないさ。したところであいつにはすぐにばれる。」
「そうですか」と、ほっと胸を撫で下ろす。まだ、彼に知られるわけにはいかない。そんな様子を彼は別の意味で受け取ったらしく、心底心配そうな顔をして
「あいつに何か、言われたのか・・・?」
「―――一国の王である方がなさる顔ではありませんねぇ。」
「・・・あっ」
後ろから、声。
「ジェイド・・・誰のせいだと思っている」
「おや、一体どこの誰でしょうねぇ、そんな不届き者は・・・」
「お前・・・」
またもや始まってしまった、幼馴染同士の喧嘩とはとても言い難いやり取り。きっと、この二人は幼い頃からこんなやり取りを続けてきたのだろう。こんな二人の仲裁に入ることのできる人物を、心底尊敬する。
「」
「は、はいっ!」
またも急に声をかけられ声を上ずらせた。本当に、この人はいつも突然である。
「これを、返しておきますよ」
手を出しなさいと言われ、素直に右手を差し出す。するとその上に、 ポン、と何かを置かれ、そのまま手を閉じられた。冷たい金属のような質感。
「もう手放すのではありませんよ」
恐る恐る誰にも見えないように開き、覗いてみるとそこには
「・・・あっ・・・!」
「・・・?」
「あ、いえ!・・・大佐、ありがとうございます・・・」
あの日、確かに弧を描いて何処かへ消えたはずの、一枚の金貨。とても細かく、けれどもしっかりとある文字が記されている。
(そうか、これを拾ってしまったから・・・)
もう一度、ぎゅっと握り締めて大事に大事にポケットの中へとしまいこんだ。
「・・・あの、陛下。」
その一連の流れについていくことが出来ず困惑している彼のすぐ目の前に躍り出て、少し上目遣いで見上げにこりと笑う。
「私、近々すぐお傍に参ることになりますので、その時はどうぞ宜しくお願いいたしますね。」
そう言ってぺこり、と頭を下げ、「では」となにやらどこか嬉しそうな背中をして歩いていく彼女。
「・・・は?」
「まぁ、そういうわけです。よかったですねぇ。」
ぽんっと肩を叩いて、彼もまたくるりと背を向ける。
「ちょ、まて、いやお前・・・これはどういう・・・」
彼の困惑に応えることはなく、「では、失礼しますよ」、と鍵付きで扉を閉める。結局そこに残されたのは最も高貴なるそのお方唯一人。
「一体、なんなんだ・・・?」
しばらくその場で思いを巡らすものの、観念して先に去って行った彼女を追いかけるべく走った。
生きる意味を自分で決められるのなら、彼の為に生きたいと思った
結局彼が事の意味をようやく理解したのは、それから数日経ってのこと。
人事の昇進などの件について発表があるその日になってからのことであった。
meg (2011年6月 5日 16:46)
カテゴリ:
Cherish