schema
http://monica.noor.jp/schema



「紅茶の味・・・。」


長い長い口付けのあと、彼女はぽつりと呟いた。



紅茶飴






「みちるは、コーヒーと紅茶どっちがいい?」



返事は返ってこなかった。
お姫様の目には、今はあるものを覗いて何一つ映さない。

長い指先に絡まって、その先から鮮やかな青を生み出すそれが、
彼女の心を捉えて離さない。



まぁ、いいさ。



心の中で、彼女に呟く。
パタン、と静かにアトリエの扉を閉じて、普段は彼女の城の一つと数えられるキッチンに入っていった。



聞くまでもない、彼女は紅茶派だ。
ただ、習慣というかなんというか、僕はコーヒーブラック派で、
まだ四人で住む前、どちらかがどちらかの部屋に泊まった際朝起きれば


彼女は微笑んで


「はるかはコーヒーと紅茶、どっちがいい?」


と聞いてきたものだ。


最近はというと、朝食卓につくと必ず暖かいブラックコーヒーとホットミルクがあらかじめ用意されている。
ホットミルクは、ほたる用で
せつなといえば、日によってちがうので(本人によれば、気分は日によってかわるのだという)、テーブルについてから淹れるようにしている。


みちるの席右側にはいつでも必ず、紅茶の入った白いティーカップがおかれていた。





お嬢様はわがままなもので、ミルクティーならば必ずロイヤルで、ストレートならば茶葉はアールグレイでなければいやだという。逆にアールグレイをミルクティーに使用すると叱られる。初めからミルクティーのつもりならば、アッサムかセイロンを使え、と。僕にしたら、茶葉の違いなどあまりはっきりとわからないのだけれども・・・


僕は、紅茶ならばストレート派であった。彼女は、ミルク派であり、せつなはレモン派。見事に別れたものであるが、夕刻は留守がちなせつなとアフターヌーンティーを過ごすことは滅多にない。本格的に紅茶を淹れることがお好きなみちるは、ストレートティーとして出来上がったものにミルクを入れて飲むことをよしとしない。よって、今日ストレートならば明日はミルク、といったように交互に楽しんできたものだが。



彼女は、今追い込みの時期であるという。
滅多に食事以外ではアトリエから姿を現さないことから、相当肩に力が入っているだろう。順番からいくと、今日、はストレートの日ではあるが。お疲れのお嬢様のため、本日は譲って差し上げよう。僕の手で作られるロイヤルミルクティーは如何なものか。



「あれ・・・?」



冷蔵庫からミルクを取り出そうとしたところで、足が何かにぶつかった。
ビニールの袋がこすれる音がする。



「なんだ、これ・・・。」



袋の口があいている。
ちょっと失礼、と一つつまみ出し口へ放り込む。
手触りはふかふか、口の中で甘みが広がる。



「マシュマロ・・・か。せつなかほたるが買ったのかな?」



ふーん、ともう一つ味わったところで、ミルクを取り出した。棚からアッサムの茶葉が入った缶を取り出し、手鍋に水をいれ火をかける。このまま沸騰を待ち、茶葉をいれ最後にミルクを水と同じ量だけたせば、彼女の愛するロイヤルミルクティーの出来上がり。
と、そこでまた一つマシュマロを口に放り込んだ。


「・・・あ。」


疲れには、甘いものがよく効くという。


「いいこと、思いついた。」








「ん・・・。」


背伸びをした。
ずっと同じ体勢でいることはつらい。
時々椅子から立ち上がり、足を伸ばして血行が偏らないようにする。
ちょっと、無理をしすぎたかな・・・。
足を、伸ばすことに抵抗を感じる。
すこし、痛い。
窓からは山吹色の光が差し込み、白い部屋を少しばかり色づかせていた。


「やだ、もうこんな時間・・・。」


前回部屋を出た時間から少しばかり時間が経ちすぎた。
そういえば、はるかの姿がない。
さきほど、なにか話しかけられたような気がする。申し訳ないことに、なにを話しかけられたのか覚えていない。素直に謝って、もう一度その内容を聞こう。


邪魔だから、とひとまとめに髪を結わいていたリボンをはずした。
ぱらり、とすこし伸びた髪が肩に落ちてくる。


そのまま扉へ向かう。
ノブに手をかけたところで、突然ドアが自分の方へ襲ってきた。


「きゃっ・・・」
「っと、ごめんよ。大丈夫?」


現れたのは、先ほどおそらく無下に扱ってしまったであろう、はるかだった。


「紅茶の用意したからさ。こっちにもってくるから一緒に飲もうよ。」
「あ、はるか・・・。」
「もう少しで完成ってのはわかるけどさ、あんまし根詰めてやりすぎると、みちるの身体がまいっちゃうよ。甘いものは、疲れによくきくっていうし。」
「あのね、はるか、そうじゃなくて・・・。」
「え?」
「さっき、わたしに何か話しかけなかった?わたし、全然聞いてなくて、それで・・・。」
「ああ・・・。」



『コーヒーと紅茶、どっちがいい?』




「もう、いいよ。大丈夫、気にしてないからさ。」


笑顔で言ったつもりなのだけれども、それでも申し訳ないといった顔で、
でも・・・
という。


「よければ、もういち・・・んんっ。」


本当になんでもないんだよ、といえばもっと気になるだろうから。
だったら、塞いでしまえばいい、その甘い唇を。


渇いている。お互いの唇が。
長時間水分をとっていなかったもの。
水分補給はすぐにできるけれども僕のほうは、それじゃあ満たされない。
僕は、なによりも、

みちる不足だった。


「っはぁ・・・。」

と、離れたところで、彼女は首をかしげた。

「どうしたの?」
「紅茶の味・・・。」


あ、と顔をあげた。


「アフターヌーンティー・・・!ごめんなさい、今日はストレート・・・。」
「だから、紅茶淹れたってば。今持ってくるよ。」

苦笑して、え・・・という不思議そうな顔をしたみちるから離れて、いったんキッチンへともう一度足を進めた。







「甘い・・・。」


一口のんで、カップから唇を離してまず一言。


「でも、おいしい・・・。」


二言目を聞いて、安心した。
彼女は柔らかく微笑んだ。


「この、中に浮いているものは・・・マシュマロね・・・。」
「そう。なんか下においてあったからさ。あれ、ほたるのおやつ用?」
「ん・・・あれ、せつなが買ってきたのよね・・・。聞いたのだけれど、なんでも、パソコンしてると甘いものが欲しくなるんですって。口寂しいというか・・・。それでつい買ってしまったって言ってたわ。でも、さほど食べないからほたるにでもって預かったの。」
「なるほどね・・・ま、それならそうで有効活用させてもらったよ。」


もう一口飲んで、ついでにティースプーンでそれをすくって口にいれる。


「・・・紅茶の味が、染み込んでおいしいわ。」



甘い笑顔が、その表情に浮かんだ。
だから、つい僕も甘い気持ちに彩られて、
もう一度、深く甘く口付けてしまったんだ。
















「そういえば、さっきのキス、やけに紅茶の味がしたのだけれども・・・さっきの紅茶とは違うわよね?」
「鋭いね、さすがみちる。さっきのせつなと同じだよ。紅茶作ってるときになんか口寂しくなっちゃってさ、ついつい紅茶のキャンディー食べちゃった。」
「そういうことだったの。」



お気に入りの、ストレートティ味の紅茶飴。

でも


「ミルクティーのもあるぜ。それも、お嬢様の大好きなロイヤルミルクティ。今度おすそ分けするよ。」
「そうね・・・でもストレートティも、欲しいわ。」


さっきの飴、あなたの味がしたのだもの。
いつもの照れ笑いじゃなくて、不敵な微笑み。



「じゃあ、僕はロイヤルミルクティを、今度舐めてみることにするよ。」



君の、味がするかもしれないからね。





君のための紅茶を淹れている最中に、ちょっとした暇つぶしになめた紅茶飴。意外な効力があったものだ。

今度、一袋と言わず、二袋ほど買っておくのもいいかもしれない。アフターヌーンティーを待つ間、僕は君を、君は僕を感じあうことが、できるということだから。
meg (2011年6月 2日 09:41)

Mail Form

もしお気づきの点やご感想などありましたら、
mellowrism☆gmail.com(☆=@)
までよろしくお願いいたします。

Copyright © 2008-2012 Meg. All rights reserved.