schema
http://monica.noor.jp/schema



それは、夢だ。
生まれ出でて今まで生きてきて、それはそれはたくさんの夢を見続けてきた。

寝ている時に限らず覚醒している時でさえ

けれど、どこかで叶えることのできる夢と叶えることのできない夢に振り分けて
前者は現世で、後者は瞼を閉じた深層世界でこの手に掴もうと

だが時として両者とも優しいだけでなく、それは牙を剥いてこの身に襲い掛かることを

嫌になるくらい、理解はしているんだ






「―――陛下、陛下」

 体を揺すられ、目を覚ます。ひどく蒸し暑い熱帯夜のこと。体中が気持ち悪い、それは気温のために流れる汗のためか。
 彼女の姿が目に入るなり、びくりと肩を強張らせた。その様子に、少し驚いたような顔をする。

「か、勝手に申し訳ありません!・・・ですが」

 普段身にまとう軍服でなく寝間着のままその上に一枚ショールを羽織っただけ、ふわりと柔らかく長い髪を流したままで。

「何か、ひどくうなされていたようですので・・・」

 一つ大きく深呼吸をし、高ぶった気持ちを落ち着かせる。大丈夫、大丈夫だ。―――彼女は、違う。
 大丈夫ですか?と心配そうに覗き込む。汗の滲む額に手を置き、ゆらりと上体を持ち上げる。心臓が煩い。息が、苦しい。ふと甘い香りが鼻先を過ぎり、布が額に当てられる。優しく汗が拭われる。と、同時に不安をも拭い取ろうとするように

「・・・情けないな」

 ふと、止まる。

「30も過ぎたいい大人が、悪夢ごときで大声を上げるとは・・・」

 わざわざ思い出したくもない悪夢の内容。そこには自分が何よりも見たくはないものがあった。手を伸ばしたところで遮られる。そして、絡み縛り付けられるこの両手両足。閉ざしたいのに閉ざすことのできない瞼と、止まることのない惨劇。そして、最後に笑うのは



『ねぇ・・・愛した者を愛する者に殺され、また自分も殺されるって―――どんな気分なのかしら?』

 身の毛がよだつとは、まさにこのこと。体中が熱いはずなのに、寒気がとまらない。信じている。
(だって約束してくれたから。この目をまっすぐ見据え、微笑んでくれるから。)

 それともそれは偽りであるとでも言うのか。いつか近い将来、反旗を翻しこの胸をその剣の切っ先で突くのであると。



「・・・悪夢とは、見る者が考えうる最悪の事態を映し出してしまったものを指すといいます」

 ギシリ、とスプリングが鳴る。失礼します、と一言置いて腰をかけ、そっとこの頬に手が伸ばされる。

「今、陛下の瞳には何が映っておいででしょうか」




 それは、真っ直ぐに自分を射抜く青

「・・・
「そう、わたくしがお傍にいます。」

 そうして次に出てくる言葉はいつも同じだっていうこと、わかっているんだ。

「わたくしが、陛下の御身に纏わりつくあらゆる悪夢を薙ぎ払います。」

 その言葉を彼女が繰り返すことによって、自分は安息を得る。なんと簡単な構造をしているんだと自分でも呆れ返るくらい単純なのだけれども、

「・・・だから、泣かないで・・・」



 いつの間にか溢れ落ちる液体。それは果たして恐怖により流れるものか、彼女への気持ちにより流れるものなのかなど到底断定できないのだが

(あー、かっこわるいよなぁ・・・)
 慰められることも、涙をその華奢な指先で拭われることも

(本来なら、逆の立場であることが望ましいんだがなぁ)
 けれどそれこそが永遠に叶わない夢だということを、知っている。

 最高の栄誉を手にすると共に、手放したものは数知れない。

 ただ、一言「  」と言葉にできないのは、

(・・・国のせいじゃない、俺が・・・)


 彼女との間に存在する、見えない青の境界線。彼女ではなく、自分が引いている。にも関らず、欲しくなったら手を伸ばす。伸ばしかけてまた、引っ込める。彼女はいつだってこちらを見、微笑んでくれているのに。

「―――すまない」

 君を抱きしめたいと、この両腕が叫んでいる。

「謝ることなど、何一つ御座いません」



 まだ日が昇るまで時間があります。抵抗があるかと存じますが、もう一度お休みになってください。大丈夫です、わたくしがお傍におります。

 そう言って彼女は腰を挙げ、ゆっくりとこの上体を沈めさせる。

「まるで子供を寝かしつける母親のようだ」

 そう言うと、彼女は「小さな母親に大きな子供ですね」と笑った。違う、君は小さくなんかないよ。俺は、大きくなんかないよ―――



















 雨が降りしきる夜だった。



「・・・なんだ?」

 何かに頬をつつかれ、目を覚ます。そこには彼女の名を冠した小さなブウサギ。まだ夜も深い、日の出までは随分と先であった。

「なんだ、お前・・・人が寝ているのを起こすもんじゃないぞ」

 ぐりぐりと頭を撫で回す。普段ならばそうしてやると嬉しそうに鳴くものだが、今は違った。とても必死だ、といった鳴き声でこちらの袖口を口にくわえぐいぐいと引っ張る。

「な、なんだよ。どうした?」

 人間の言葉をしゃべることのできない彼女にその問いの答えを返すことは不可能。けれどその様子からどこかへ連れて行きたいのだということは伺える。

「しようがない奴だな・・・」

 そのまま彼女を抱いて、ベッドから抜け出る。まだぼんやりとする視界、おぼつかない足取り。部屋の扉を開けると、腕の中にいた彼女がその場から抜け飛び降り、そして駆けていく。ある場所で止まり、早く来いとこちらに振り向く。

 彼女が示すその場所は、

「・・・?」

 護衛の少女が眠る場所へと通じる扉。

「あの、なぁ・・・こんな時間に彼女を訪ねるだなんて、夜這い以外の何者でもないぞ・・・」

 さぞ可愛らしいであろう彼女の寝顔を見て、自分を抑えられる自身がまるでない。

「これ以上みっともないところなんか見せられないからな―――帰るぞ」

 無理矢理彼女を抱え込む。抗議の声を上げる、が聞こえない振り。背を向け、歩き出す。周囲は暗く、静かすぎる。一つ一つのささいで小さなはずの音がとても大きく聞こえるのは。窓を打つ雨音は、どうも好きになれない。

(夜は・・・嫌いだ)

 見たくないものまで見えるような気がして
(布団にくるまって、ぎゅっと瞼を瞑れば見たくないものを見なくて済むんだ)

 そう、幼い頃から信じてきた。特に雨の降る夜は、静かな部屋に一人取り残された時やけに耳につく。世界で自分が一番ちっぽけで不要なものであるとすら感じてしまう。


 一際大きく、雷が鳴った。それと同時に、何か―――


「・・・?」

 空耳かもしれない。単なる聞き違いかもしれない。

 もう一つ、落ちる。

「―――――っ」

 けれどそれは、確かに聞こえた。



 慌てて引き返し、再び扉の前に立つ。ノブに手をかけ、一つ深呼吸。もしも思い違いであったら、何と思われるだろう。いや、思い違いであるならそれで良い。よかったと安堵し、彼女はきっと微笑んでくれる。

 右回りに、回す。ガチャリと音を立てて、それは開いた。

「・・・?」

 しんとした中、雨音だけが響く。やはり思い違いであったのだろうか。忍び足で彼女のベッドへと近づく。相変わらず生活感のないシンプルな部屋作りに少し、感心しながら。
 寝台に辿り着き、音を鳴らしてスプリングに腰をかける。仰向けに寝ているものと思いきや、体を横向きに寝ているその姿に少しだけ驚いた。
(彼女も、そうだったのか・・・?)
 自分を抱え込むように眠るその姿は、幼い頃の自分を見ているようで。頬にかかる髪を、そっと手で避けてやる。
(柔らかい・・・)
 後ろ髪下の毛先をそっと取る。とても繊細で、儚い。

「お前は、今・・・どんな夢を見ているんだろうな」


 そう呟いた瞬間、今までで一番大きな音と光を伴い近くに雷が落ち響き渡った。


びくり、と大きく肩を揺らした。

「・・・ゃぁ・・・っ」

 ぼんやりしていた思考回路が急に引き戻される。彼女の顔を見やれば、苦渋に満ちた表情。


「や・・・やぁ、やめて・・・」
「・・・!」
「いや、いやだ・・・行かないで、お願い、」




「「・・・!」」


 声が、重なり思わず口を噤む。
 どうして、彼女は自分で自分の名を呼んだ?












《本来なら、逆の立場であることが望ましいんだがなぁ》











 そういえば、結局自分は彼女の過去なんて結果しか知らない。それなのに、彼女と自分にしてくれるものと同じように彼女を癒したいだなんて、いささか都合の良い話ではないか。


「・・・俺が、傍にいてやる」


 それ以外、自分には何もしてやれないけれど。してやる資格なんて、ないのだけれど。


 ただその悪夢が少しでも軽くなればいいと願いそっとその頭を撫でてやることしか出来ない自分が、無性に悔しくて悔しくて、悲しくて仕方がなかった。







「―――へい、か・・・」

 彼女が夢の中でも自分を呼んだこと

 涙が、溢れるかと思った。伝えることのできない想いをこの手に込めて、ただ頬を撫でた。

 いつかこの手で、その青いラインを消すことができればいいと夢を見て。








リアルな夢と
嘘みたいな現実




翌朝彼女と顔を合わせたら、「ありがとうございます」と礼を言われた。

「何故?」と問えば、「陛下がわたくしと助けてくださいましたから」と微笑んだ。





meg (2011年6月22日 16:30)
カテゴリ:

Mail Form

もしお気づきの点やご感想などありましたら、
mellowrism☆gmail.com(☆=@)
までよろしくお願いいたします。

Copyright © 2008-2012 Meg. All rights reserved.