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「―――ルグニカ平野へ向かって欲しい。」

 そう、軍司令部で一番上の者に頭を下げられた。






「のっ、ノルドハイム将軍閣下、わたくしごときにそのようなことをなさる必要などございません!お願い致します、どうかお顔をお上げ下さい!」
「頼む、少佐」

 彼はゼーゼマン参謀総長と共に女の身であるわたしを少佐へと推して下さったお方だ。まさかそんな方の頼みを(しかも部下であるわたしに対し頭を下げてまでして懇願する彼に対し)断ることなどできるはずがない。

「喜んでお受けさせていただきます、ですからどうか・・・」
「・・・少佐」

 今や第三師団長副官であるという地位からロイヤルガードへと転任したわたしに彼の地へ行けということは、余程戦局が不利であるということなのだろう。いや、戦局が不利である、というのは最初から判りきっていたことだが。
(今この国にはカーティス大佐がいらっしゃらないから・・・)
 師団長であるジェイドは戦争を止めるべく各地をガイラルディアを含む仲間と共に飛び回り、副官であるマルコは神託の盾(オラクル)騎士団の重鎮である六神将のタルタロス襲撃により命を落としている。よって今の第三師団には指揮を執る者がいない。

 だからこそ、先の第三師団長副官であった彼女の力が必要であると。

「本当に、すまない・・・少佐には、今の任務があるというのに・・・。陛下には私から言っておこう。できれば、今日中に彼の地へ発って欲しい。」

 承知いたしました、と軍人特有の礼を取り、足早に部屋へと向かう。間隣に存在する皇帝の私室へ通ずる扉を尻目に。
(申し訳ありません、陛下・・・)
















「・・・どういうことだ、ゼーゼマン。」

 軍司令部の詰め所。マルクト帝国軍参謀総長の部屋に彼はいた。普段の姿とは打って変わり、怒りのオーラをその身に宿して。

「たった今ご説明差し上げたとおりでございます、陛下」

 しかし流石は先代から長くこの帝国に仕える重鎮。堂々と構えたその揺るがない姿勢に、皇帝陛下でさえ言葉を怒りに身を任せたまま続けることができない。

少佐は陛下のガードとなる以前、第三師団の副官を務めておりました。彼女の手腕はカーティス大佐にすら賛辞に値すると言わしめ、その評判は兵士達の中でも上々たるもの。こちら側の戦局が不利である今、彼女ほどの逸材を眠らせておくわけには参りません。」
「だが・・・っ!!」

 机を力任せに大きな音を立てて殴る。その剣幕に傍に控えていた一般の兵士達が肩をこわばらせる。それを不憫に思ったのか「下がっていなさい」と声をかけ、戸惑うもののその心遣いを無下にするわけもゆかず「失礼いたいます」と部屋を出て行く。代わりにその場へ帝国軍総大将が現れた。

「陛下、彼女を向かわせてはどうかと進言したのはこの私であります。」
「・・・ノルドハイム」
「全てはこの国のため。どうぞ勝手な判断をお許し下さい。」

 そう言われてしまったら、この国を何を賭しても守るべき立場にいる自分は

「陛下」

 参謀総長の目が、「わかっておりますな?」と念を押すように問うてくる。そう、これが「皇帝陛下」である自分がどんなに欲しいと願っても手に入れることが叶わない物。

「・・・邪魔をした」

 混在するあらゆる感情を無理矢理押さえつけて、絞り出す。そのまま何も言うことはなくまた言わせることもなく自身を引き摺るようにのろのろと部屋を退出した。よほどひどい顔をしていたのだろう、傍を通り過ぎる際脇に移動し礼をとるメイドや兵士達が驚いたような、さも恐ろしいものを見たような顔で自分を見る。私室への通路を通る際、そこを守る警備の兵士に(顔を向けた瞬間やはりどこか強張った表情を取ったが、さすが皇帝の私室を守る警備兵、多少のことでは揺るがない)「俺が良いと言うまで誰も通すな」と言い残し、返事を聞かずにそのまま部屋へ入る。間隣に存在する彼女の私室へ通ずる扉を尻目に。

「―――

 自室に入り扉を閉めるなり、その場にずるずると座り込む。ただひたすら呼ぶのは、自分のみに、また二人だけの時のみ呼ぶことを許された彼女の誠名。

、すまない・・・」

(何、が?)










(何に対して謝っているのだ、俺は・・・)

・・・」

 とん、とだらしなく放り出している腕に何かがぶつかってきた。とても小さな衝撃。ふとそちらの方を見てみれば、何かを言いたげにこちらを見上げる"彼女"。

「なんだ、か・・・」

 よっ、と小さな体を持ち上げて頬を寄せる。

「あいつの為なら、こんな地位など喜んで捨ててやる、なんて台詞を吐いてみたいものだがな・・・」




 一際大きく鳴いた。あ、と口を噤む。言ってはならないことを、自分は言った。そして、そこで初めて




















 ―――――ああ、そうか・・・。そうと言ってやれない自分が・・・悔しい、のか。



















「・・・はは」

 いや、そう口走ることを何よりも自分自身が許さない。何世代にも渡るマルクトの罪全てを背負い歩くと心に決めたあの日から、それだけの覚悟を持って今まで生きてきたはずだ。だから、あの人のことだって黙したまま手を引いたのではないか。

(・・・いや、もはや彼女は関係ないが)

 と、摺り寄せるその頬に、無機質の何かが当たった。

「ん・・・お前、なんか首輪に引っ付けてるのか?」

 よくよく見てみれば、彼女の首輪に何か縛り付けられている。手触りは紙質のものだった。破れることのないよう細心の注意を払い、引く。カサリと音を立ててしわくちゃの身を広げていくその中央に記された文字は、よく見知った物。

「―――――!」

 自分の名がそこにある。四つ折りになっているそれをあわてて開いた。




『―――陛下



 そこにあるのは、箇条書きに記すかのように要点のみを掻い摘んで記した言葉の羅列。むしろ空白部分の方が目立つほどだ。だが―――







『―――しばらくの間、留守にいたします。

 突然のことでありました故、何も告げずに発つ事をどうぞお許し下さい。

 私のいない間、何事もないとは思いますがご無理はなさらぬよう、

 どうかご自愛下さいますようお願い申し上げます。―――』








 そして、最後の一行


















『―――必ず帰ります。


より、ピオニー・ウパラ・マルクト9世へ   』


















「・・・そう、か。」

 わしゃ、と顔にその文面を押さえつける。




(必ず帰ります、か)

 覆う紙からはみ出た口元が緩む。なんだその顔は、と彼女が笑うように鳴く。

「―――おし、」

 すくっと立ち上がり、その手紙をもう一度丁寧に四つ折りにしテーブルの上に置いた。一つのびをする。

、散歩にでも出かけるか!」







たったそれだけのこと、なのに








なぜだかその言葉には、無条件の信頼を置くことができるのさ




meg (2011年6月22日 16:49)
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