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 ぱぁん、と音が鳴り響いた。
 叩いたのは彼女で、叩かれたのは・・・自分?


















!」

 戦況は不利な状態が続いている。橋を境に睨み合い。彼女率いる第三師団はアスラン・フリングス少将率いる帝国軍前線を加勢すべく昨日到着したばかりであった。

「会えてよかった。来てくれてありがとう、君がいるならとても心強い。―――だが、よく陛下が許してくださったね」

 "会えてよかった"、というのはこの広いルグニカ平野で将同士がこうして顔を合わせることができたのは奇跡に近い、ということ。本来ならば将同士の連絡は、兵士を一人伝令に出し取り合うものなのだから。この、戦場の中では。
 彼に少し疲れが見える。頬にかすり傷が確認できることから、おそらく先ほどまで橋の向こう側で奮闘してきたところなのだろう。何も言わず頬に片手を差し出し、第三音素を解き放った。みるみるうちに傷が塞がる。「気が付かなかった、ありがとう」と彼は微笑む。

「・・・実は、黙って出てきたの」

 今頃ノルドハイム将軍とゼーゼマン参謀総長に詰め寄り、だが逆に言いくるめられている皇帝陛下の姿が目に浮かぶ。
(陛下はあの手紙に気がついてくださったかしら・・・)
 すぐには気が付かなくとも、"あれ"を抱き上げた際には必ず気が付くだろうが。何も言わず出てきてしまった手前、少々罪悪感が胸にちらつく。

「まぁ、陛下ならおそらくわかってくださるだろう。」

 そう、この国の為にわたしはここにいる。だからこそ、彼は

「・・・そうね」

 だからこそ彼はわたしに対し罪悪感を拭いきることができないでいるのだ
(わたしはそれが最終的に貴方を守ることに繋がるならば、何事も喜び受けて立つというのに・・・)

 まだまだ、出口は遠いね。









「―――ところで、フリングス?」
「なんだい?」

 わたしに微笑みかける。ああ、もう貴方という人は本当に

「そろそろ何があったのか、話してくれないかしら」

 至極驚いた顔をして、しかしすぐさま「なんのことだい?」とはぐらかそうとする。まったくこの友人は、他人のことには目の色を変えまるで自分のことのように心を砕くというのに、いざ自分のことになると、「私自身の問題だから」と全てを抱え込む。大体アスラン・フリングスという人間は後先考えずに無茶をして敵陣へ突っ込んでいくタイプの人間ではない。的確に状況を把握し、冷静に動くことの出来る"出来た"人間だ。しかも彼は現在前線を指揮する将。トップに立つ人間が、自ら飛び込みにいくものではない。
(心に引っかかる"何か"をこれ以上考えたくないから、飛び込んでいったんでしょう)
 そんなことは簡単に予想がつくものだ。わからないのはその原因ただ一つ。

「もう何年の付き合いだと思っているの?わたしはね、貴方のそういうところが嫌いなのよ。」
「す、すまない・・・」
「謝ってほしいというわけじゃないのよ。ただ、少しは頼ってと言っているの」

 さて、どうしてこう自分の周りはこのような人種が多いことか。(フリングスはもちろんのこと、実は陛下にも思い当たる節がある)(まぁ、自分自身も過去をずっと黙ってきた手前、そのようなことを大きな声で言える側でもないのだが)

「わたしを、貴方の力にさせて頂戴」

 騎士として初めて入城した時から、少佐にまで昇進し大佐や陛下と出会うまでの長い間・・・その間何度心ない者達から悪意のこもった言葉と人を蔑む視線を浴びせられたことだろう。

『女のくせに』

 そう、言われる度・・・また、その話を偶然聞いてしまった際―――毎日のように行動を共にしていた(というよりも、わたしが何度拒否しても彼は追いかけ熱心に話しかけてきたので自然とそうなってしまった)彼は、その度に人が止めるのも聞かず

『彼女のことをそのように言う前に、ご自身を省みては如何か。失礼だが貴公の実力は彼女の足元にも及ぶまい。』

 嬉し、かった。胸が熱くなった。と同時に、罪悪感でこの胸ははちきれそうだった。当時のわたしは憎しみのためだけに強くなることを望んでいたから。だから彼を含め、誰とも関係など持ちたくはなかったのに。

『全く、ああいうのは気にしない方がいいですよ。貴女の実力を妬んでいるだけですから。』
『・・・・・。』
さん?』


 悔しいけれど、それでもやっぱり


『・・・ありがとう。』


 嬉しかった。



















「何か騒がしいようだけれど、どうかしましたか?」

 なにやらこちら側の兵士が血相を変えて皆走っていく。ようやく一人を捕まえて問うてみる。

「は、なにやらキムラスカの将校が単独で侵入、我らが橋を囲い固めたため逃げ場を失いこの付近に隠れている模様です」
「・・・その特徴は?」

 この付近であちら側の軍勢を率いている誰かだろうか。

「は、発見した者の情報によりますれば、どうやら女性将校であるとのことです」
「!」

 この予感が正しければ、放っておくわけには行かない。ましてや自分と彼以外に捕らえられてはならない。

「・・・伝令を頼みます。皆探索を止め、各自の持ち場へ戻るように。」
「しょ、少佐!?」
「探索はわたくしが引き続き行います。あちらの将が我が軍の中にてそのような危機に見舞われている時に、キムラスカ兵が黙って見過ごすわけがありません。各隊監視と防衛を怠らぬよう、何か少しでも異変が確認されたならばフリングス少将に随時報告するのです。」

 それでもなお納得がいかないといった顔の兵士に、「これは命令です」と圧力をかける。もしもここにわたし以外の将がいるならば間違いなく非難を浴びせられただろう。だがここには幸いわたしとそして彼しかいない。しぶしぶ兵は敬礼し、各隊へ向かい走っていった。
(このような台詞、聞いて呆れるわ・・・)
 自分にはそのような権限などないというのに。けれどもこれは彼のためであり、―――何よりも自分のためでもある。彼女が彼女であることに間違いがないのならば、それは決して彼だけの問題ではないのだった。

「・・・ジョゼット」

 周囲を見回し、先ほど兵が指差した方へと駆け出した。



















「は、はぁ、」

 もう、限界だった。逃げ回ること数時間。
(何と無様な・・・)
 ふと目に留まった大岩の影に回りこむ。周囲に敵兵がいないことを確認し、座り込んだ。足は既に棒となり、息は上がっている。橋は既に封鎖された。助けはもちろんのこと、味方側へ逃げ延びることはとうに絶望的。
(このままここで、私は終わるのか・・・?)
 まだ、この大願は成就されていないというのに。

 血縁者である叔母がホドのため祖国を裏切ったことにより、当家は壊滅的状態に追いやられた。唯一人生き残った自分は強大な二国のうちどちら側につくか、を決断せねばならなかったのだ。

 かつて何度か母に連れられホドに赴いたことがある。緑豊かでとても美しい所であった。そこには剣の師匠であった叔父と優しくて大好きな叔母がいて、二人の子供である従姉弟がいて・・・そして、大切な友人(と呼ぶにはなんとも恐れ多いことだが)がいた。大切な場所だった。
 だがセシル家復興のためには、より強大な国に仕えることが必要不可欠。だからこそ感情を捨てキムラスカへ赴き、必死の思いで公爵に取り入り今の地位まで上り詰めたのだ。だが、このままでは

(本末転倒だ・・・)
 ここで自分が倒れては、目的を果たすことなどできない。セシル家を復興させることができるのはもはや自分ただ一人。そしてなによりも、ホドを裏切り友を裏切ってまで生きてきた意味がなくなってしまう。

(―――!?)
 肩を強張らせる。足音が近づいてきているのだ。それも複数、推測するに少なくとも五人はいるだろう。草の根を掻き分けてでも見つけ出し、私に引導を渡す気か。
(・・・ここで、死するわけにはっ)
 足元がふらつきながらも剣のきっさきを地に突き刺し立ち上がる。鼓動がより速く脈打つ。心臓がうるさい。
(まだ、まだだ・・・)
 あともう数歩。見つかってからでは圧倒的にこちらが不利だ。先手必勝、飛び出してあちら側の虚をつけばいくばくかの勝機はある。・・・それでも限りなく少ないが。
 けれど、もう立ち止まり考えている暇などないのだ。剣を構え、そして

「ハァァァァア・・・っ!」


















 と、その瞬間






「―――っ!?」



 草むらから突如現れた影に、腕をぐいと掴まれた。姿勢がぐらつく。
 
「なっ・・・」

 そのまま走り出す。頭では拒否しているはずなのに、足が止まろうとしない。視界に映るのは、原色の青をその身に纏った後姿。

「お、お前は」

 その属するは敵国。

「まっ・・・」

 声を上げようとした瞬間口を塞がれ、それ以上言葉を紡ぐことができなくなった。



















 傍にあった林の中へと転がり込んだ。一度遠のいた足音はみるみるうちにまた近づいてくる。相変わらずその手はこの口を覆っている。それらはもうすぐ傍までやってきた。冷や汗が垂れる。その持ち主はただ息を殺して状況を見守っていた。
(何故だ・・・)
 顔が、よく見えない。
(その制服は、確かにマルクトのもの・・・)

『・・・おかしい、確かに赤い影がここに入るのを見かけたんだが・・・』
『だから気のせいだと言ったのだ。持ち場を離れてここに来ていることが少佐に知られたらどうする気だ』

・・・少佐?)

『だが、なぜ少佐は我らに探索をやめ持ち場に戻るよう言うのだ。今あの将校を捕らえれば軍功も高く、またキムラスカ側の士気は大幅に下がるだろうに・・・』
『少佐には少佐のお考えがあるのだろう。たしかに、今我々が持ち場を離れることによって生じるリスクも大きい。』

という名は、聞いたことがある。だが・・・)

『まぁいい。結局は見失ったんだ、早々に引き上げるとしよう。』


















「―――――離せっ!」

 ぶんっと腕を振り上げる。それは空回り、だが覆われた手は取り払われこの身は開放された。その顔を確認するなり、少しばかり驚いた。だがすぐに相手を睨みつけ、

「何のつもりだ・・・この私に恩を売る真似をして、何を企んでいる・・・っ」
「恩を売るつもりはありません」
「ふざけるなっ!」

 手に持っていたそれを抜刀した。これまでにこの剣を用いどれほどの敵を凪って来たか。(おかげで剣先は少しばかり赤く変色してしまっている。それはいくら拭いても拭いても拭いきれない)切っ先をその首元へまっすぐ狙いを定める。

「どうするつもりか言ってみろ、今すぐここで叩き切る!」

 自分を連れここまで連れてきた人物は、自分と同じように髪を後ろに結い上げた女性将校。
(・・・ん?)
 どこか、見覚えがあるような

「・・・答えないのか」
「・・・・・」

 あくまでじっと自分を突き刺すように見つめる彼女は
(やめろ、これ以上私をその目で見るな・・・っ!)


「―――イヤァァアァァァッ!!!」

 グリップを握るその手に力を込め、一度引き、ありったけの力で振るおうと

















 その刹那




「―――ジョゼット!!!」































『ねぇジョゼット、次はいつ会いにきてくださるの?』





























「―――――!!」

 乾いた音が鳴り響いた。
 この剣を交わし、いつの間にか目前へとやってきて

 右の頬が徐々に痛みを帯びてきて、思わず手を添えた。

「・・・ジョゼット、わたしが誰だかわかりませんか?」

 無言で後ろへ手をやり、纏めていた紐をほどく。と、はらりと風に揺蕩うその豊かな

「――そんな」

 (もはや元々力など叩かれたその時に失われていたが、)手の平から滑りガランと音を立てて地に落ちた。どさり、と膝を地に屈する。その柔らかな長い髪の毛と、その瞳、声色は確かに遠く、在りし日の少女のもの。もういなくなってしまったはずの、少女のもの。

「だって、あの時・・・」

 ホドに生を受け、存在したものは皆消滅したと聞いたのに。―――ファブレ公爵邸内にて身分を偽り働いていた二人を除いては。



















『どうしても、頭から離れないんだ』

 フリングスの言葉が頭を過ぎる。苦悩し頭を抱える姿は、なんとも

『私は・・・どうすればいいんだ。こんな時に、しかも相手は敵国の将・・・!』

 真面目な彼のことだから、一晩も二晩も悩み苦しんだのだろう。おかげで目の下にはひどい隈ができている。

『いくら捨てようとしても、捨てることができない・・・心にこびりついて、離れない。なぁ、・・・私はどうしたら彼女を忘れられる!?』



















「―――なんとしても生き延びなさい、ジョゼット。」

 え、と顔を上げる。かつて自分を慕い、また自分も敬い慕った少女はいまや威厳と実力をも兼ね備えた敵国の将。大願成就を望むならば、現状ではどうあがいても殺しあわなければならない相手。
(私は・・・そのためなら、彼女を殺すことができるのか・・・?)
 真っ白となり、唯ひたすら脳内を巡るのはそれのみ。そう、今まであくまで冷静に振舞ってこれたのは、キムラスカにもマルクトにも自分の大切な人など誰一人としていなかったから。ただ目的の遂行のみを頼りにあれからひたすら駆け抜けてきたから。

 そして今、彼女は"生き延びろ"と自分に命ずる。

「・・・どうして、そんなこと・・・」

 例えこの窮地を今脱することができたとして、すぐに再び両軍が見え殺しあうことは確定条項。

「どうして・・・貴女はマルクトの軍人なのですか・・・」

 それは、ホドがマルクトの属国であること以外に他ならない。

「どう・・・して・・・」

 どうして、自分はキムラスカの軍人になってしまったのだろう。選んだ理由など、もうすでに承知の上であるがだがしかし自身を省みずにはいられない。お互いが同じ軍にいるならば、状況はまるで違うものであったのに

「・・・ジョゼット、いいから聞いて。」

 すっと膝を折り、肩に手をかける。顔を上げ彼女の表情を伺えば、それは限りなく優しいものであった。

「ねぇ、ジョゼット。ナタリア様やルーク様・・・それにガイラルディアやお仲間の方々が、もうすぐ両国の間に平和をもたらして下さるわ。」

 確かに―――確かに、先日御一行を御守り申し上げたばかり。だが自分は知っている。どうして国王がこのような争いを起こしたのか、知っている。

「預言は変わるわ。少なくとも、今わたしがここにいることは預言に読まれてなどいなかった。―――わたしは、あの時死ぬはずだったから。」

 ふと、思い出した。ルーク・フォン・ファブレ―――預言の中ではあの時確かにアクゼリュス崩落と共に命を落とすはずだった者。けれど確かに彼はそこに存在していた。そして、目の前に彼女が存在している。

「変わるわ。両国の間に平和は必ずやってくる。だから、お願いよ」
「・・・様」
「むざむざこんな所で命を落とすことだけは止めて。わたしも、生き延びてみせます。」

 だって、約束したのだから。

・・・さま・・・」

 涙が溢れる。貴女が死んだと聞かされたあの日以来、決して流すことのなかった涙だ。

「―――泣かないのよ」

 引き寄せ、彼女が肩を貸してくれる。恐れ多いことだと頭では思いつつも、コントロールが効かない。

「まだ、わたし達には出来ることがある。・・・この地に集う命を、いたずらにこれ以上散らさないこと」

 ああ、そうだ。平和がもうすぐやってくるというのなら、これ以上無意味なことなどないのだ。

「・・・ジョゼット、本当に久しぶりね。―――本当に、会いたかったの・・・」

 それでもあと少しで終わらせなければならないこの逢瀬を全て涙で濡らしてしまうことを悔やみつつ、それでもただひたすらすがり続けた。



(フリングス・・・彼女はわたしにとって初めての"友達"で、彼女は・・・こういう人なのよ。芯の強くて、人に厳しくでも優しくて・・・でも時に一寸触れるだけで崩れてしまいそうな弱さを見せるこの人が、)








脳裏に焼き付いて
離れないのは、








あなたの好きな、人なのよ




meg (2011年6月22日 16:53)
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