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は、知っていたのか・・・?」
「・・・ええ。」

 風が、凪いだ。あの場から一人黙って抜け出した彼を見つけ出すのは、至極容易なことであった。建物を出、長く伸びた通路をひたすら歩いてゆけば、一人困り果てた顔をして立つ飛行技師の女性。「大丈夫ですよ」と声をかけると、宜しくお願いしますと一礼して工具を手に愛機の裏側へと歩いてゆく。なんでも、左の翼部分に故障(とはいって飛行にはさして影響しないが)が確認されたため、それを修理にいくのだとか。

「普段のガイさんならば、こう言えば喜んでついてくるのでしょうけれど」

 そう、少しだけ寂しそうに笑った。





「―――貴方は昔から、何かあると大好きな物がたくさんある部屋に閉じこもるクセがあるから。」

 どうしてここがわかったんだという彼の問いに、そう答えた。よく覚えているな、と苦笑する。ええ、もちろんよ。あなたのことなら、なんだって知っている。・・・ただし、時期限定でだけれど。けれどそういう昔からの習慣は、やはり変わらないものね。

 彼のいた部屋は音機関の密集する小さなエンジンルーム。

「よくわかっていらっしゃる。・・・だから、は昔から俺を見つけるのが得意だったんだな」
「・・・ガイラルディア様」

 口元に人差し指。「すまない」と頭を掻き、

「外に出て、話さないか?」

 そう言って腰を上げた。



















「・・・どうして、そうと知っていてあの方に仕えることを決めたんだ?」

 ホド崩落の真実を知ってしまった彼の、当然わたしに対して出てくる謎だろう。けれども、その口ぶりは大体の予想はついているのだろうが。そう、形は違えど結局は

「最初は、あなたと同じよ。・・・そして、そうすることを止めた経緯も似たところがあると思う」

 わたし達は、ただ憎しみに捕らわれた日々を送り、そうして出会ってしまった。命を賭けても守りたいと思うことのできる人に。そして、その人はかつての憎しみの対象であるということ。けれど、わたし達は知ってしまった。過去にいつまでも捕らわれていることの無意味さを。"自分のために自分で決めた"未来へ歩んでいくことの大切さを。

「未だに、憎いという汚い感情が内側にあることを認めるわ。でも、それ以上に・・・」

 あの笑顔が、この心を掴んで離さない。黒く汚いものをどんどん拭っていく。

「あのお方の姿勢を見て、聞いて、そしてわたしは心から御守りしたいと思った。この命消えても構わない、預言など成就させたりなんかしない・・・と。ホドの方々が聞いたら、さぞかしお怒りになることでしょう、でも・・・」

 "わたし"は、"わたし"ですもの。ホドでのあの惨劇を一日たりとも忘れた日などない、それだけは真実。しかしまた、このグランコクマという国とそれを守る人々、彼らを好きだと思うこの気持ちも真実なのである。どちらも否定する気持ちはまるでない。だから、どちらも大切にしたい。今の自分は、壊滅していくそれをただ見守ることしかできないお姫様の自分ではない。愛するものを、守りきれるまでもないが、しかし守ろうと努力することのできる―――守ろうとこの腕を振るうことのできる自分がいる。

「あなたがわたしに何故ここに留まりあのお方の護衛をしているのかという質問は、そのまま『なぜ貴方はあの場所へいてルークさまの親友として隣に在るのか』という質問にそのまま直結するものよ」

 俯き、黙り込む。

(ルーク、ルーク・・・)

 自分を信じると言い切った彼に、小さな希望が光の粒子となり降り注いだあの日。たしかに、成長した彼の姿を見た。『彼は最初から優しい人だった。ただ、形にする術を知らないだけで・・・』と優しく微笑む小さな導師の言葉と共に、ただわがままな弟を律し優しく慈しむ"兄"を演じていた自分を思い切り恥じた。そう、叱ることなくただ優しく接した自分の中には、彼に対する迷いが過分に存在したため。彼に対する罪悪感と憎しみが確かに心の内に共存していた。

「・・・俺、は」

 あの日のことは忘れない。だが自分は彼と共に生きて生きたい。そう、思ったはずなのに―――いざ、真実を聞かされてみれば、この心が揺れ動く。消えたはずの黒い感情が支配して―――自分ではコントロールが効かなくなるのではないかと、ただただ恐い。なによりも、彼にもう二度とあのような辛い表情をさせたくはないのに。





 と、ふわりと抱きしめられる。

「許して、なんて言わないわ。でも―――」

 それは、魔法だった。

「貴方があの人の刃を向けるか、どうかは・・・もっともっと、あの人を知ってからにして頂戴。少なくとも、わたしは―――貴方と刃を交えたくなどない。もっとも、その時が来てしまったらわたしは貴方を切ります。あの人を守るためならば、そのことだって厭わない。けれど―――」

 不思議と、そのままでいられる自分が・・・抱きしめられて暖かい、嬉しい、なによりも落ち着くと感じることのできる自分がいる。あの日、自ら彼女に触れることのできる自分に驚いたものだが、それは逆も然りかと。
(そうか、こんなにも自分は)

「貴方だって、わかっているはず。憎しみそのままに目的を果たしたその先に、一体何が見える?」

 ああ、そうだったね。君はいつも前を見て凛とその場に立って。いつだって、その姿に憧れていた。その不屈さが、俺にはどうしても手に入れることができないと。

「わたしは陛下に出会ってそう思うことができるようになったの。貴方だって・・・ルーク様に出会ってそのことを理解したのでしょう・・・?」


 何も言わなかった。だから、そのままそっと抱きしめ返した。彼女のこの行為があくまで友愛から来るものであって、恋愛から来るものではないことはわかっている。

「―――お願いよ」

(好き、だ)

 言葉にすることは、もはや君を困らせることになるだけだから

、君が好きだ―――こんなにも)

 遠い遠い、あの頃からずっと。当時彼女が自分のことを好きである、ということはわかっていた。だから安心していた。離れてあの日まで、彼女はもう死んだものと信じて疑わなかった。そうして再会したあの日。未だ自分のことを想ってくれているのかと思った。
 けれど、人の気持ちというものは移ろい変わりゆくもの。責める気持ちは微塵もない。むしろ、伝えることのなかった自分こそ責めるべき。・・・いや、伝えていたところで変わらなかったというと、そういうことにもならないだろうが。

 ただ確かなことは、君をもう手に入れることはできないこと。君は蝶のごとくひらひらと手の内から抜け飛んで行き、そして彼の手に止まった。



















「―――で、ヤツはどうすると?」
「そこまでは・・・でも彼のことです。きっと分かってくださいます」

 あてがわれた部屋にて、紅茶を淹れる。グランコクマとは違い閉鎖的な環境ではあるが、人の心までそうではないようだ。中には来訪者を快く思わぬ者もいるようだが、それは仕方のないこと。幾数年と長い間、外界との接触はなく静かに暮らしてきた人々なのだから。降下の問題などから外界の住民が避難に訪れたことから、衝突は少なからずあるのだろう。
 アールグレイの品のある香りが部屋中を覆う。いつもならば床に歩き回っているブウサギ達の姿が見えないことに、普段は少し煩わしいとさえ感じることがあったにも拘らず少しだけ寂しく感じる。

「陛下、どうぞ」
「ああ。悪いな、小間使いのような真似させて」
「いいえ、とんでもない」

 お口に合うか、少し不安ですが・・・と音を立てずにそれを置く。カップを手に取れば、それ自体が少し熱を帯びていて(カップ本来の温度で冷めぬよう気を使ってくれたのか)、一口含む。

「うん・・・うまい。」

 そう言えば、嬉しそうに「よかった」と微笑んだ。





「・・・あぁそうだ。、ちょっとこっちにこい。」

 手にしたお盆をテーブルに置き、なんでしょうと振り向く。いいから来い来いとカップに口をつけたまま手招きをすると、不思議な顔をしてゆっくりこちらへ歩いて近づく。手を伸ばせばすぐ触れられる位置まで来たところで、カップを置いた。その右手を無言で拾い上げる。

「どうかいたしましたか、へい―――!?」

 そしてそのまま引っ張った。強い力に引かれ、彼女を下へ引いていた重力はなす術もなくそのまま前方へと倒れこみ

「あ、あの・・・っ」

 この腕の中に納まった。

「・・・黙って見過ごせるほど俺は大人でないんでね」

 そのまま力強く抱きしめる。

「ああいうことをするならば、俺の目の付かない所でするといい」
「―――?」

 わからなくて良いよ。口に出せない自分が、不甲斐ないだけだから。それでも離したくないと思う自分が、ただ我侭であるだけだから。本当は禁止としたいところだが、その権限は自分にありはしない。








残り香と貴女の温もりと、








今度、俺愛用の香水を君にプレゼントしようか、なんて




meg (2011年6月22日 16:59)
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