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ハミングバード





「みちるぅー・・・。」
「だーめーよ、我慢なさって。もう少しなんだから、ね?」

我慢も何も、そう言われ続けて早二時間は経過した。もはや僕のみちる不足は限界値にまで達したのだった。とはいえ、かれこれ四時間以上はバイオリン片手に机にへばりつき、時々弾いては譜面に向かい、また弾いてはペンを動かし、を繰り返す。要は、作曲をしているのだが、
(それは誰のため?)
その答えを知るのがなんだか嫌で、こうして結局延々と待ちくたびれる羽目に陥っていた。

そりゃあもちろん、彼女が作曲をしていると知った当初はおとなしくしていようと一人コーヒーを飲み、新聞を読み、テレビを見・・・そうして過ごしてきたわけだが
(・・・こんな天気の日にする方が悪い。)
本日は生憎の雪。雨ならまだしも、地面が凍るこの天候の中バイクを転がすほど自分は命知らずではない、と思う。結局心臓に悪いのはどちらも同じだと誰からも言われそうではあるが。

一人でできる暇つぶしなどたかが知れている。もう、そろそろ心の底から限界であった。

(・・・・・。)
窓へ目をやれば、いまだしんしんと降り続ける白い粉雪。

(雪は、嫌いだ・・・。)

いつか誰かが、雪が好きだと言った。全ての汚れを覆い隠してしまうから。

否、決して雪は嫌いではない。
そうではない、そうではなく、

シャッ、と音を立ててカーテンを閉めた。その音にも反応せず意識を集中させる彼女の後姿。ちょうど背中合わせに置かれたソファに、どっと腰掛けた。そのまま寝転がる。目を閉じ、そこに浮かぶ光景は

『ウラヌス。』

甘い声で、自分を呼ぶ。

『わたし、今なら死んでしまってもいいと、何故だかそう思えるの。』

ああ、どうか

『辺り一面真っ白の絨毯の中・・・。空からは純白の羽が降っていて、その中で瞼を落とすの。』

そんな悲しいこと

『わたしもきっと、真っ白よ。そんなことあるはずないのに。でも、その時だけはきっと真っ白になれる。』

嫌だ・・・そんなことを言う君は・・・―――

















「はるか?」

一つのびをして、常に左手にあった愛器を静かに置き振り返る。すぐには見つからない愛しいその人。ふと視線を下げると、蜂蜜色の毛先がはみ出している。そっと回り込み、やれやれと苦笑い。

「待ちくたびれてしまったのね・・・ごめんなさいね、はるか。」

羽織っていたショールをそっとかける。まだ夕刻でもないのにやけに辺りが暗いのは、手前のカーテンが閉められているためか。
(いつの間に閉めたのかしら・・・。)
そっと、音を立てずに開ける。隙間から白い光が入り、それが顔に当たったのか、低い呻き声が聞こえ慌てて再び閉める。目が覚めていないことを確認し、今度は反対側から丁度光が当たらない部分まで開ける。
(今日は大好きな空が一欠けらも臨めないから、風も寂しい思いをしているのね。)

どこまでも白く続く空の中、ふわふわと舞い降りる雪はいつしか粉雪からぼたん雪へと変わっていた。綺麗だ、と思うと同時に、そう口にするたびに何故だかその場を離れたがる彼女を思い出す。理由は口ごもりながらも話してくれた。なんだそんな事、と笑うと膨れっ面。

「・・・いなくならないわよ。」

ソファーからだらりとはみ出しているその手を取って、両手で包み込む。

「いなくなるわけ、ないでしょう?だって、もうあなたといられないだなんて考えられないもの。」

そのすこし骨ばった、けれども女性特有の繊細さを持つ愛する手の甲にそっと口付けて、ハミング。
目が覚めたら、このメロディーをバイオリンでたっぷり聞かせてあげるね。

この季節はあなたにとって、少しばかり厳しいものかもしれない。だって、両足に枷をつけられるようなものだから・・・―――


だけど、わたしは好きよ。


だって


だって、この季節にあなたは生まれた。


少しでもこの季節を好きになってくれるといい。そう思って書き下ろした冬の歌。あなただけに送る、特別なメロディー。

「・・・ハッピーバースデイ、はるか・・・。」

そうしてまた、愛しい頬に口付けた。
meg (2011年6月 2日 10:36)

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