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スキャンダル





「今回はまた、派手にやりましたね」
「え?」
「ほら、この記事ですよ」
彼女に差し出された一部の週刊誌。表紙には自分と彼のツーショット。
「ああ、それね」
さして慌てる様子もなく、ただ溜息混じりにとりあえず受け取りページをめくる。最近部数を伸ばすためなら信憑性がなくても載せるんですね、と彼女は既に別のファッション誌に手をやっていた。


文章を読み進めると、「彼の高級車から出てきたのは、なんとバイオリニストの海王みちる。」とか、「車から降りる際には彼女へ手を差し伸べるなど、親密な雰囲気を伺わせる。」だとか、「そして二人は彼の住む高級マンションへと共に入り、姿を消した。」とある。
まぁ、間違えてはいない。一応は全て事実である。けれども、要所要所で抜け落ちている部分があった。


「この日、わたしスリーライツのお三方とジョイントライブの打ち合わせだったのよね」
「ええ、確かにそうでしたね」
「迎えに行くと言ってくださったし、街中を歩くと色々煩わしいこともあるからそのお申し出に乗ったのだけど・・・」
「後々に最も煩わしいことが待っていましたね」


やれやれ、これは面倒なことになった。さぞかし事務所へは、彼に熱を上げている少女達からのカミソリレターやらがわんさか届いていることだろう。けれども、彼女にとっての最も面倒な厄介事は、そんなことではなかった。(いくらそんなものが届いたところで気にもとめないし、自身の音楽活動に支障はきたさない。そんなことで離れていくファンは欲しくなかった。自分の音だけを気に入って聞いてくれる、それだけでいい。)


ただ一つ注目すべき点は、
『海王みちるには、かねてより親密交際が噂されているテストドライバーの天王はるかがいる。浮気か、火遊びか・・・あるいは本命と見せかけて、実は彼の方が本命なのかもしれない。』といった馬鹿げた記述。


「・・・で、今そのテストドライバーさんはどちらにいらっしゃるのかしら」


現在二人で来ているのは、街中の書店。愛娘は現在友人たちとプールへ遊びに行っている。


「例のサーキット場へ、体を慣らしてくると向かいましたけど」


ああ、これは彼女のファン達から少々誇張気味にきっと話を聞いているだろうなと、更に頭を抱える。とはいえ、謝るというのもおかしな話だ。だって、週刊誌に書いてある通りの悪いことをしたわけではない。"謝る"という行為は、"非"を認めること―――即ち、その通りの行動をしましたと認めることになる。それは違うのだ。
とはいえ、実際に記事になってしまったこと。そのせいで彼女を傷つけてしまった(かもしれない)こと。これについては自分にも非がある。同じセーラー戦士であり、仲間であり、実は異星人であり・・・なんてことは日常には通用せず。そう、この世界では一般的な"男"として扱われるのだ、あの三人は。


「世間に油断していたわ・・・」
「あら素敵な言い回しですね」
今度私も使ってみますね、とくすくす笑う彼女に、そうして頂戴と力なく答えた。




















「やぁ!綺麗どころそろってお出かけ?」


書店を出た瞬間、今一番会いたくない人とはち合わせてしまった。眉を一瞬しかめて、慌てて帽子を深くかぶり直す。
「あれ、今日に限ってなんでそんな隠しているんだ?」
「星野さん、例の週刊誌をご覧になっていないのですか」
「週刊誌?」
あれですよ、と書店のウィンドウに飾られた先ほどの週刊誌の表紙を目で指す。大きく目立つ文字で書かれたその文句を見、は~ん、と関心のさほど感じられない声を出す。
「それで、今朝からやけにマスコミ連中に絡まれるわけだ」
今はと聞くと、そんなものもちろん撒いてやったさとこともなさげに答える。


だが、既に周囲はざわつき始めている。ただでさえ彼の達振る舞いは人目をひくのだから、見つかってしまうのは時間の問題だろう。
「それじゃあ今頃アイツ、カリカリしてんだろうなぁ。俺とみちるさんがこうも記事になっちゃあな」
「ええ、そうね。だから早めに帰らせてくれると助かるのだけれど」
「くぁ~~、見てみたいねぇその顔!」
わたしの願いを簡単に聞き流し、しかも家に邪魔してもいいかと聞いてくるあたり完全にこの状況を楽しんでいる。この状況というよりも、彼女の反応が楽しみで楽しみで仕方がないという感じだ。
(これがもし本当に彼のツボに入ってしまったら、またこういった騒動を今度は彼自身の手で引き起こされるのかしら・・・)
それは、ちょっと・・・いやかなりごめんだ。
「いっそ、はるかと腕を組みつつあなたと三人で彼らの前を歩けばいいのかしら・・・」
そうしたところで、彼女と彼を隣同士に配置すればもれなく喧嘩を始めるだろうし、わたしが真中になったところで彼はあえてわたしにちょっかいをだし彼女を怒らせようとするだろうし。


と、そうこうしているうちに


「・・・見つかってしまったようですけれど」
せつなの視線を追えば、茂みに隠れカメラを構えた二人組。
だが彼らの様子を察するに、未だわたしが話題の渦中にある海王みちるとまではわかっていないよう。おそらく、彼がボロを出すのを待っているのか、女性問題でもスクープしようとしているのだろう。「このまま立ち去りましょうか?」と囁かれる。


このまま何事もなかったかのように立ち去れば、特に取り沙汰されることなくこの場は済むだろう。だが、どうしてこのわたしが、普段なら気にも留めないこのようなスキャンダルに踊らされなければならないのだろうか。そもそも、相手がいつもとは違っただけの話。そう、彼でなければはるかだって気にも留めないだろうに。


ああ、何だか腹がたってきた。


「よし、じゃあ二人とも俺の車に乗りな。撒きがてら、送ってってやるっ・・・って、あれ」
「結構よ、かえって好都合だわ」


帽子を取り、サングラスを外す。結っていた髪を風に流し、突然の出現に驚いている彼らの元へこちらから出向いてやる。


「あなたとはただのお友達ですってことと・・・皮肉の一つくらい、言ってやらないときがすまないわ」


彼らにも、あなたにも・・・そして、はるかにも。
「もちろん信用してくださっているんでしょうね」とでも紙面に載せれば、あなたも多少はわたしのことを信頼してくれるでしょう?



















―――そしてその一週間後、


「どうして私が・・・」


そういえばほんの一時期小遣い稼ぎにと行っていたモデル活動が災いし、星野とのツーショットを紙面へ載せられてしまったある女性。


「ご、ごめんねせつな・・・」
「俺も、ちょっと悪かったよ・・・」
みちるが取材に答えている間二人きりとなったため、とりあえず書店で暇をつぶしていたとのこと。その場面を運悪く、他の雑誌社によって写真を撮られてしまったそうな。
「まさに、世間に油断した結果ですね・・・」


ちなみに例のテストドライバーはというと、一週間は不機嫌であったもののその日より妙ににこやかな日が続いたそうな。愛娘の話によると、「パパの部屋にはみちるママが一面に載ってる雑誌がいっぱい置いてあったよ」ということらしい。


「・・・いっそ、はるかさんと星野さんでスクープされればいいのに」


そんなせつなの小さな悲鳴は、その愛娘の帰宅によって瞬く間にかき消されたのだった。
meg (2011年6月 2日 11:01)

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