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花散音





「みちるって、桜みたいだ」

 四月上旬、桜の花満開の並木道を二人並んで歩いている時に、彼女はふとそう漏らした。
 二人とも両手にたくさんの食料品、日用品が詰め込まれた袋を持っているから、手を繋ぐこともあまり近づいて歩くことも出来ないけれど。歩みを止めて、彼女の方を振り返る。どうしてか、口にした本人が不思議そうな顔をしていた。
「なぁに突然。それは褒め言葉として受け取っていいのかしら?」
 少しばかり強い風が吹き、ザァァ、と樹の枝が音を立てて揺れる。どうやら意図せず口にしたようで、彼女は首をかしげてう~んと唸った。
「少なくとも、けなしてるわけじゃあないよ。ほら、桜って綺麗だし?」
「どうしてそこに疑問符が付いているのよ・・・」
 やれやれ、と首を左右に振って再び歩きだす。缶詰やら瓶やら、重いものは大概彼女の袋の中に納まっているが、かといって自分が持つ荷物が決して軽いというわけではない。むしろ繊細なものを多く入れているので、それこそ早く家まで辿りつき安心したい。

 先ほどの風で枝につく花の多くが花びらを浚われてしまったのだろう、いつのまにか地面は桜色の絨毯で覆われている。その上に足を乗せるとコンクリート独特の凹凸感はなく、柔らかい感覚が広がった。

 先程まであんなに美しく咲いていたのに、唯一度風に吹かれただけで地に落ち、今はもはや人が歩む道の礎と成り果ててしまった。

(ああ、そっか)
 一度下ろした足を持ち上げて、可能な限りコンクリートが剥き出しになっている地面へ持っていく。
(僕は"風"。彼女を散らしてしまうのは、僕・・・)
 彼女は自分を救うためならば傷つくことを厭わない、自身の命すらも差し出すだろう。自分が存在する限り、文字通り彼女は身を削り続ける。儚いからこそ美しい桜は、彼女そのもの。

 けれど、それを知りながら
(でも、僕は君から離れることができない。)
 この感情と君の命を天秤に架けることはできない。だって、どちらの重さはまるで同じで、到底選ぶことなど出来ないのだから。更に言えば、例え彼女が自分の元を離れたとしても、どこへ行っても追いかけ必ず見つけ出すだろう。

 そうして、彼女の命はまた削られていくのだ。

「・・・はるか?」

 ああ、本当に堂々巡りだ。なんて我儘なんだろう。

「ああ、ごめん・・・行こう。」
 なるべく花弁が落ちていないところへ足をやりながら、ぎこちなく進む。何をしているの、と軽く笑われた。その笑顔に、またぎこちない笑顔で返す。少しでも"君"を踏み台にして歩くことのないように、などとは言えなかった。
「あら・・・?」
 突如下から突き上げるように強く風が吹く。と、同時に、地面にあった花弁が一斉にぶわりと巻き上げられた。それはまるで嵐のように、二人の間を駆け巡っていく。

 花弁が列を作って、螺旋状に空へ空へと舞い上がる。

「散らされて地面に落とされて・・・それだけじゃ終わらせないということね。」
「え?」
 先を歩いていた彼女が体ごとこちらへ振り返り、「ほら、ね?」と首を傾ける。
「風は桜を散らしもするけれど・・・もう一度輝かせることができるのも、風だけなのよ」

 そして、散りゆく運命<さだめ>と知りながら、何度でも何度でも花を咲かせる。

「・・・だから、"桜"は"風"の傍を離れられないのよ」

 まるで、あなたとわたし、のようでなくて?と柔らかく微笑んだ。もっとも、ただそれだけの感情で傍にいるわけではないけれど、とつけたし、またくるりと背を向けて先へ先へと歩いて行く。鼻歌を軽く口ずさみながら。

 彼女の毛束を纏める桜色のリボンが風に揺れる。光沢のあるそれは、光を反射させキラキラと波打つ度に輝いた。君の言葉はまさにそれ。波立つ僕の心の中にぽとりぽとりと温かい光を優しく降らせてくれる。

「―――Je veux devenir comme vous, des cerisiers en fleur」

 そして、花弁のなくなった地面を蹴って彼女を追いかけた。
meg (2011年6月 2日 11:49)

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