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プラネタリウム





「嫌だ!」
「何でよー!」


 先ほどから同じところを行ったり来たり。朝からずっとこの調子、飽きもしないでよく続けられるものだと我ながら感心する。


「お前の実験に付き合うとろくなことにならん!」
「だーかーら、今回は実験隊になれってんじゃなくて、結果を見てちょーだいって言ってんの!」
「同じことだろう!」


 現在、ラディスロウ内ではダイクロフトへ突入すべくその準備に余念がない。当然彼女もその準備にかかっているはずで、その証拠にここ数日は部屋に閉じこもっていた・・・はずだ。


 こんな二人の様子をさぞかし周囲の人々は呆れ果てているか笑いものとしているだろう・・・と思いきや、よくよく見てみると和やかな空気が流れており、中には「がんばれよ、あんちゃん!」などと声をかけてくる者もいる。(そう言うなら助けてくれと思ってしまうのは、ここだけの話だ。)


「大体、ロニやカイルはどうした!いつものようにあいつらへ頼めばいいだろう?!」
「カイルはリアラとラブラブデート、ロニはナナリーのサブミッションで一回休み!」
「ぐっ・・・!」


 神は非情にも、この先は行き止まりだった。前を考えずただ前へ前へ必死に歩き続けてしまったことが災いした。そもそも自分達はこの場に辿りついてからまだ日が浅い。この場の構造を熟知している彼女を前に、逃げ切れるわけがないのだ。ひっかかったわね、と得意げな顔。彼女の言うには、追い詰められた者は無意識に左へと進んでいくらしい。それを計算の上で、この行き止まりへと自ら進むよう導いていたのだとか。自分で選び進んでいった道であるだけに、彼女を卑怯などとは言えなかった。


「さぁ、とっとと観念してあたしの部屋へきて頂戴!」
「ぐぐぐ・・・っ」


 じりじりと、にじり寄ってくる。手には、彼女お手製の手錠。通常、実験体を嫌がり逃げ惑う彼らをこれで拘束し、連れていくのだ。無論、本日のターゲットは自分であるわけなのだが・・・


(―――ん?)


 ふと、彼女の顔にひっかかる。心なしか―――


「・・・お前、なんだか顔色が悪くないか?」


 そればかりか、普段に比べて頬はこけ全体的にやつれている。大きな目の下には大きなくまが出来、頬には赤みがまるでない。


「そんなの、この実験の為ならさして問題なんかじゃ・・・」


 ない、の部分で大きく足元をふらつかせる。小さな体が大きく揺れる。


(あら・・・?)
 頭の中がふわふわと回り、どこが上でどこが下で、右で左で、判別がつかなくなる。
(こんなの、初めてだわ・・・)


 目の前は暗転どころか真白となり、意識が薄れゆく。その中で、彼が自分の偽りの名を呼ぶ声が聞こえた。



















「貧血ね」
「・・・は?」


 白い大ぶりな帽子をかぶり直しながら、彼女は言った。


「もっといえば栄養失調。寝不足。眼精疲労に腰痛肩こり―――」
「も、もういい・・・」


 心配して損したような、はたまた大ごとでなかった安堵からか、一気に肩から力が抜けた。結局は医者の不養生・・・研究に根を詰めすぎたということか。そういえば、ここ数日食事を共にしておらず、リアラやナナリーがこのところ毎晩遅くまで彼女の部屋から明かりが消えないと心配していた。


「点滴も打ったし、もうしばらくすれば目が覚めるわよ。・・・連れてきてくれてありがとうね」
「いや・・・」
 部屋を見渡す限り、大がかりな研究の成果など見当たらない。先ほど自分を追いかけまわす彼女は、結果を見てほしいとしきりに訴えてきた。つまり、その寝る間を惜しんで研究した成果を見てほしいということだったのだと思う。大がかりなものであればあるほど、時間がかかるものだろう。けれど・・・ここには何もないように思えた。
「どうしたの?」
「あ?ああ、」


 彼女が、自分に見てほしかったもの


「こいつは、そこまでして何を研究していたんだろうか・・・」


 アトワイトの話では、既にダイクロフトへ潜入するための船は製作完了しているという。ソーディアンの開発も先日終了したばかり。すなわち、彼女の仕事は終わっているということだ。
 この潜入までの時間を彼女が無駄にするとは思えない。突入はすなわち戦争を意味する。工作部隊担当とはいえ、軍人である彼女がこの貴重な時間を無駄な研究に費やすはずがないのだ。・・・費やして欲しく、ないのが本音といったところか。この先の未来を知っている自分にとって、最も大切にしてほしい時間だから。


「・・・あのね。こういう時期になると、彼女いつも倒れるのよ」
「いつも?」
 眉をひそめる。その度に彼女は、こうして人様に迷惑をかけているということか。
 だが、迷惑などとは全く感じられない笑顔で、


「そう、毎回よ」


 点滴用の器具を片づけながら、彼女は続けた。カタン、と小さく音をたててしまい、「ううん」と寝返りを打つ。目を覚ましてしまわなかったことに、少し安堵した。


「何かを、残してあげたいんですって」


 戦争は死地。戦いへ赴く彼らのうち、何人が生きて帰れるのか。そして、皆にはそれぞれ家族がいる。自由を勝ち取る為とはいえ・・・失った悲しみは計り知れない。
 少なくとも自分は今、立場上安全な場所へいる。彼らのそんな悲しみは、もしかすると一生かけても分かってやることができないかもしれない。出来ないと、祈りたい。けれど、このままただそれを見つめ続けるには心が痛むのだ。


 彼らの為に、戦い続けることの他にしてあげられることはないだろうか。


「だから彼女、いっつも戦いになると体を壊すまで部屋に閉じこもって・・・そして、みんなを喜ばせること、するのよ」


 前回は大きな花火だった。もちろん、外で花火を打ち上げることなんてできないわよ。見ての通り大吹雪だもの。だからこそ、私たちは花火という名ばかりしっているだけで、実物を見たことなかったわ。でも、彼女は作っちゃった。室内で打ち上げることができる花火。大きくて、ちょっと音が煩いけれど・・・とびきり綺麗なのよ―――



















「アトワイト、行った?」


 彼女が部屋を出、扉を閉めたと同時に口を開いた。


「・・・いつから起きていた」
「さぁ、いつからだったかしらね」
 むくり、と状態を起こす。未だふらつくのか、少し手で頭を押さえていた。


「僕に、何を見てほしいんだ」


 ぱちぱち、と瞬きをし僕を見る。数秒見つめたあと、「ふぅん・・・」と何か含みのある言い方をし、ある方向を指さした。


「あれ」


 そちらのほうへ視線をやるも、特に何も機器等は置いてなかった。あるのは、この部屋を灯す灯りのスイッチと・・・


「あのスイッチ、入れて」


 そういえば見慣れないスイッチがもう一つ、その下にあった。


「念のため聞くが、何かが落ちてきたりなどといったことは・・・」
「ないって。あんた、アトワイトに何聞いてたのよ」
 少し不貞腐れた顔をして、抗議する。うっかり笑みが漏れた。何笑ってるのよと非難され、いやいや、とそっぽを向く。つまりは、そういうことだ。彼女の予測通り、今回もそうなのだろう。
「最初からそうと言っていれば、こんなに回り道をすることにはならなかっただろうに」
「あのねぇー、だから私は何もないっていったでしょ!」
 大体そう言ったところで信じていたかというと、もちろん自信はないけれど。


 星のマークが入ったそのスイッチを、右手の人差し指でパチンと押した。



















「うわぁーー、見てみて!ねえパパ、あれなぁに?」
「本によると、あれは北斗七星というようだなぁ。ほら、あの七つの星を結ぶとひしゃくに見えるだろう」


 真上に広がる、大きな星空。漆黒のビロードに、散りばめられた輝く宝石。


 無論、外はいつもと変わらず大吹雪。そう、ここは室内。ラディスロウの中で一番の面積を誇る大ホール。普段、民が寝食の場として使っている部屋だった。その天井を、星空が覆い尽くしている。部屋の真ん中には、彼女特製の天象儀。"プラネタリウム"、と呼ぶらしい。


「みんな、喜んでくれてるみたい」
 はぁい、と肩を叩かれた。具合はもういいのかと聞くと、あたしがいないと始まらないでしょと不敵に微笑んだ。未だ顔色は悪いが、それ以上に瞳が輝いていた。
「部屋にあったのは、もっと小さかったように思うが」
 彼女の部屋で見た時は、天井につり下げられた球場のものだった。ここにある筒状の、大きなものとは違う。
「そりゃーそうよ、あれはサンプルだもの」
 中身はほぼ同じだけどねーといつもの調子でおどけてみせる。つまり、自分が部屋を去ったあと急ピッチで作ったのか。相変わらず無茶をする。


 北極星から天の川まで、忠実に再現されている。よくぞ、昔の文献だけでここまで仕上げたものだ。周りを見渡せば、親子で楽しんでいるもの、恋人同士ロマンチックな雰囲気につつまれているもの様々であった。
 カイルは珍しく天体の知識をリアラへ披露している。少しばかり寂しそうな顔をしているのは、昔父親と・・・スタンとこういったことがあったのだろうか。ロニはカイル以上の知識を惜しげもなく二人へ披露する。ナナリーはうっとりと見つめ、弟へ見せてやりたいと言う。


「・・・どうして、これを思いついたんだ」
 花火は昔の文献から写真を見、思いついたのだと言う。ならば、星空もその類かと聞くと、違うと言った。
「あんた達、ここに来て初めての夜に『星が見えない』ってぼやいたじゃない」






『ねぇハロルドー、星見えないの?』


『星?』
『父さんが昔言ってたんだ、雪が積もってると星がものすごくよく見えるって』


『バカだなぁカイル、こんな猛吹雪なのに見えるわけないだろう?』
『えぇー、そうなのー?!ねぇハロルド、見えないの?』


『ていうか、星空って・・・なに』


『本当に知らないのかい?』
『星空っていうのは、晴れた夜にキラキラ星が光って・・・』
『リアラ、それ説明になってない・・・』




『ここは天上人の所為で年中猛吹雪だからな。ハロルドや地上人が星空を知らないのは仕方のないことだろう』






「あれが・・・」
 あんな些細なやり取りを覚えていて、彼女は
「どうせなら、あんたたちにとってもいい思い出になれば、願ったりじゃない」
 と満足げに微笑んだ。




 思い出を、残してあげられたら。存在が消えても、思い出は消えない。だったら、一番の思い出を少しでも多く、残してあげられたなら。






「ハロルド、ここにいたのか」
「兄貴!」
 探していたよ、と相変わらずの優しい物腰で近づいてくる。こちらに気がついて、温かい会釈。思わず頭を下げた。


「一緒に見よう、あちらの方もすごく綺麗だ。ああ、君も一緒に・・・」
「いや、俺はカイル達と見る」


 ジューダス?と訝しげにこちらを見る。
 彼は、なんとなく気が付いているのだろうか。これが最後になる。これが、皆と楽しく過ごす最後の時間。


「二人で、行って来い。僕達と見る星空なんて、この先たくさんあるだろ」


 未だ渋る彼女に、「お言葉に甘えさせてもらおう」と彼が言う。じゃあまた後で・・・とようやく了承し、手を振り歩いて行く。


 その後ろ姿をずっと、ずっと―――
 人に紛れ見えなくなるまでずっと、見つめていた。








 どうか、どうか一番の思い出を


 どんな悲しみにも負けない、強い思い出を


 その胸に、その心に刻んでおいで。
 それはきっと、何物にも代えがたい君の大きな力となるから。
meg (2011年6月 2日 14:41)
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