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晴天の霹靂





「クロエッ!あいつは一体誰なんだ!」
「なっ・・・何だ、やぶから棒に!大体、あいつだなんて失礼だろう!」

 ここのところすこぶる平和で、モンスター討伐も午前のうちには終わらせることができた。
 シャーリーも今日は水の民の里へと出てしまっている。
 こんなに天気が良い今日、家でただ一人ぼんやりとしているのは気が引けた。エルザもオルコットさんについて今日は出かけているらしいということを今さっきノーマに聞いたので、(ただその情報を伝える彼女の表情に何か思惑があると見ていいのだが)、とりあえず何かしら付き合ってもらおうと院内を覗いたところ。

「いいから!なぁ、誰なんだ!」

 階段のところですぐに彼女を見つけることができた。
 自分の知らない誰かと親しげに話をしている。中肉中背の、見た目も爽やかで人のよさそうな青年。ただ、彼女に向けているその視線と表情は、それだけの感情ではないように思えた。
 自分に気がつくなり「また後で。」とキリをつけた彼女はよかった。そうですか、と残念そうな口調と顔の後で、

『よろしければまた、是非お話させてください。・・・楽しみにしています。』

 と頬を染め、自分に軽く会釈をして去っていった。

 「今日はどうしたんだ?」とにこやかにこちらへと向き直した彼女の細い腕を無理矢理掴み、病院の外を出て輝きの泉入り口まで度々発せられる彼女からの文句を受け流しながら問答無用で引っ張ってきた。




「だ、誰って・・・最近病院の研修医として配属され、院内に越してきた方だ。腕も良く、わたしもエルザも信頼している。」
「院内に越して・・・っ!」

 あらぬ想像が次々とシミュレートされていく。
 我ながら、多少キケンな方向へと思考は展開されてしまったと思われるが、それは自分が男である所為であるからと思いたい。

 とにかくも、今体の位置的に自分よりも近くにいる、しかもクロエに気があると受け取ることのできる男だ。

「・・・あんまりやたらと男を信頼するな、何をされるかわかったもんじゃない!」

 衝動にかられ、つい意識よりもはやくこの手がその細い肩を思い切り抱いてしまう。
 自分としてはなんら問題のない行動であった(と思いたい)のだが、けれど彼女にとっては問題も問題、大問題てあったらしい。

「な、なな・・・何を言っている!」

 彼女の頬が茹ダコのように真っ赤となり

「し、失礼なことを言うな!!!」

 パーン、と小気味よい痛そうな音が空にまで響いた。






 第一の衝撃を受けた頬と、勢い収まらずそのまま地面へと叩きつけられた体全体に架せられた激痛に立ち上がることのできないままにいる自分を横目に、顔を真っ赤に染め上げたまま彼女は小走りに立ち去っていった。

 身体を半回転させ仰向けになり、瞼を開けるとそこには濁り一つない青がただただ広がっていた。

 どれくらいそうしていただろう、よく聞く特有の軽やかな足跡が聞こえてきた。それは耳元すぐ近くて止まる。


「セネセネー、そんなに空綺麗?」

 目線をすこしずらして持ち主を確認し、ゆっくりと上体を起こした。

「ノーマ・・・見てたのかよ。」
「うーん、見てたっていうかさ、そりゃーあんなに大声で話してたら誰でも聞こえると思わない?」
「ここまでつけてくるやつにしか聞こえないと思うけどな。」
「まぁ、リッちゃん今いなくてよかったねい。」

 どういう意味だと睨むと、さぁねぇとはぐらかす。「相変わらずこんなんじゃ、二人とも苦労するねぇ」とも付け加えられた。

「ふわー、ほっぺ真っ赤!クーも思い切りやったね。」
「・・・俺、なんか間違えたこと言ったか?」

 熱を持つ頬に手を当て、溜め息をつく。回復したげよっか?との提案に不満があるはずもなく受け入れた。




「うーん、間違えてるっていうかさ、クーはセネセネにとって何なのさ。」

 暖かい光が患部を中心に包み込む。

「何って・・・。」
「セネセネはあの時クーを振ったんでしょ?クーの気持ち、分かってないはずないよね。」


「それは・・・。」

 脳裏に映し出される雨のシーン。あの時、背中しか貸してやることのできなかった自分がとても悲しかった。いや、たとえ胸を貸してやると言っても彼女なら間違いなく断っただろうが。それでも肩を抱いてやることのできない自分が、ただただ情けなかった。
 ただ、あの時の彼女は普段よりも数倍弱弱しく、むしろ触れればそのまま消えてしまいそうなくらい儚くて。

「セネセネに、もうあんなこと言う資格はないってこと。ほっぺたはその印だよ。」

 身体中に響いていた痛みはとれた。赤く腫れた頬とその痛みを除いては。


 振ったつもりではなかった。
 ただ、それ以上の関係を持つことを、自分には考えられなかった。


 けれど彼女には、本当に心の底から幸せになってほしい。

「ただ、それだけなんだけどな・・・。」

 ノーマが去ってからもじんわりと痛む頬に再び手を当てて、しばらくその場に座り込んでいた。ただただ青く広がる空が、なんだか今日はとても恨めしく思えた。
meg (2011年6月 2日 16:19)
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