落日
『うん、二人ほど。 コッソリとね』
今さっき彼女と交わした言葉の中にあった、ある一言が頭から離れない。
「ちっ、アッサリ言ってくれるぜ・・・」
自分は、彼女にそう教えることすら非常に緊張したというのに。彼女にとって、自分はそういった存在にまるで値しないということか。
(付き合ったってことは・・・そいつらは、アンジュにとって好みの男だったってことだよな)
どんなヤツだったのだろう。やはり、"聖女"に釣り合うだけの聖職者で生真面目かつ堅物な男なのか、それとも将来の地位を約束された権力者のボンボンか。どちらにせよ、いい男だったに違いない。
(あれ、でも別れたってことは、やっぱり好みじゃなかったのか・・・?)
『・・・そう、うらやましいな。わたしはあまりいい思い出が無いから』
その言葉を口にした際の彼女の顔が、ふと脳裏をよぎる。ひどく、寂しげな表情。自分がああいってしまった後だからか、非常に心苦しい気持ちで一杯になった。何か一つでも気の利いた台詞を口に出来れば良かったのに・・・咄嗟に口から出た言葉は、何の慰めにもならない一言のみ。
「・・・ちっ」
早く、彼女の手を引いて前を歩けるくらいの男になりたいのに。彼女に釣り合うだけの、心も体も強い大人の男に。ただでさえ二つも年が下である自分は、普通の人に比べ何倍も不利だ。
と、そこへ小走りといった足音と共に、聞き覚えのある声が自分を呼んだ。
「あーーー、スパーダにいちゃんおった!」
「な、なんだよ・・・」
なんだかやけに非難めいた声色に、少々構えてしまう。
「にいちゃん、なんかアンジュねえちゃんを怒らせたやろ!」
「はぁ?な、なんで俺が・・・」
と言いつつも、心当たりは思いきりある。
「あれ、ちゃうのん?さっきな、なんや、ねえちゃんごっつエライ顔して歩きよったから」
こーーーんなやで、と自分の目を手で吊り上げてみせる。あまりに変な顔をしているので、思わず吹き出してしまう。「そんなんじゃわかんねぇよ」と彼女の額を軽く小突いた。
「まぁ、この顔は冗談として」
「冗談なのかよ・・・」
やれやれ、と回れ右して歩き出すと、慌てて「最後まで聞いてぇや~」と腕に絡みついてくる。
「ほら、えーーーっと・・・あ、そや!あれや、イリアねえちゃんや!」
「あ?」
「『あンの女ァ~~!!』ってルカにいちゃんにあたるイリアねえちゃんそっくりやった!」
って本人にも言ったわ。したらな、なんかいきなりどっかへ走っていってしもた。
なんでやろ?と首を捻る彼女を、再び「アホ」と小突く。「そらイリアそっくりなんて言われたら、誰だってショックだろ」そう言うと、「ねえちゃんには悪いけど、そりゃそやな」と、ニシシと笑った。
一応、エルマーナに彼女がどちらへ走って行ったのかを聞き、その方向にあり、かつ彼女が向かいそうな場所へ足を運んでみることにする。
(イリアみたいな顔、ねぇ・・・)
まるで想像がつかない。そもそも、イリアは年中何かにつけ腹を立てているが、アンジュは滅多に本気で何かに腹を立てることは少ない・・・と思う。(何かにあきれることは多々あるようだが)
彼女の怒った顔というものは、これまでに二種類を見たことがある。話の流れで冗談ぽくそのように振る舞う、「怒ったような」顔と、すこし哀しさが混ざる本気で怒った顔。(もちろん、後者の方が身の毛がよだつほど恐ろしい。だが、そんな顔はこれまでに一度しか見たことがない。そもそも彼女が怒りに身を任せている姿など見たことがない。)
(イリアも、よくそんな年中腹を立てるネタが転がってるもんだよな・・・)
関心すらしてしまう。そのネタほとんどがルカ関連になるわけだが。腹を立てるというよりは、嫉妬か。なんにせよ、沸点が低すぎる。
(・・・ん?)
『「あンの女ァ~~!!」ってルカにいちゃんにあたるイリアねえちゃんそっくりやった!』
(嫉妬してるイリアの顔に、そっくりだったっていうのか・・・?)
なぜ・・・?そう考えた途端、急に頬が熱くなる。
いや、だめだ。ありえない。余計な期待をするな。
そんな肩透かし、今までに何度もあったじゃないか。
でも、もしかして
あの話の中で
『一人だけ付き合った事がある。 でもありゃ、いいモンだったぜ?』
嫉妬、してくれた?
自然と、彼女の元へ向かう為の速度が速くなる。
もう、どちらでも構わなかった。早く彼女に会いたい。
小さな小さな湖の畔に、彼女はいた。
(どうして、急にあんな気持になったのか・・・)
風で揺れる湖面に、自分の顔を写す。湖面の揺れは、自分の心を表わしているよう。表情からも戸惑いを払拭することが出来ない。
(何故?スパーダ君は、ただの仲間のはずでしょう?)
(どうして・・・?)
あの時、自然と口から洩れた言葉。
(うらやましい、なんて・・・)
咄嗟にそれを取り繕うように言葉を続けたけれど。
(何を、誰を、うらやましいって・・・)
その、一人が―――
「アンジュ!!」
「!?」
頭の中をぐるぐると駆け回っていたその人の出現に、慌てて立ち上がりそちらを向こうとする。
と、その拍子に、足を滑らせた。
「きゃ・・・っ」
「危ねえ!!」
自分の方へ手を伸ばしてくれている彼の姿を見て、咄嗟に、同じように彼の方へ手を伸ばす。すんでのところで手首を掴まれ、ぐいと引っ張られた。そのまま勢いは止まらず、その方向へ二人で倒れこんだ。
「ってぇ~~・・・アンジュ、大丈夫か」
「う、うん・・・だいじょう――」
ぶ、のところで目が合った。
そこで、ようやく二人はお互いのおかれた状況を把握することとなる。
「――――――――――っ!!!」
まるで磁石のように、二人同時にその状態から脱した。
「まっ、ほっ、わりぃ!!!つっ、つい、夢中になっちまって・・・!!」
いつも通り、まず慌てて謝辞を述べるのは彼の方。彼女と言えば・・・
(どうせおればっかりで、涼しい顔してるんだぜ・・・)
「わっ、わたしも・・・」
(・・・?)
いつもなら、「あら、気にすることないわ」とか、なんでもないといった表情でにこにこしている―――
「つい、ぼーっとしていて・・・その、重く、なかった・・・?」
(あ、れ・・・)
いつも真白なその肌を、耳まで真っ赤に染め上げて。
「アンジュ・・・?」
「―――!!」
名を呼ばれて、目があって、元々熱を持っていた頬が更に熱くなっていくような気がして・・・思わず顔をぷいと背けた。
「ご、ごめ、なさ・・・あの、ちょっと・・・こっち見ないでもらえるかな・・・?」
おかしい。あの彼の一言から、全てが狂ってしまったよう。
手の平は汗ばんで、体中が暑い。まるでこの熱に溶けてしまいそう。
もう季節は穏やかで、しかもここは水辺だから一際涼しい場所であるはずなのに・・・。ここは、世界で一番暑い場所のように思えた。
meg (2011年6月 2日 16:25)
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テイルズシリーズ