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Prince of Mermaid






「あら、はるかが雑誌と漫画以外の本を読むのは珍しいわね。明日は土砂降りかしら」


くすくす笑いながら、オレンジ色の液体が入ったグラスを寄越してくる。よく冷えていて、長時間も手に持っていられそうにない。一口飲んで、傍にあったガラステーブルへ置いた。水面に浮かぶ透明の氷がぶつかりあって、カラリと涼しい音を鳴らす。


「失礼だな、僕だってこのくらい読むさ」


大体、土砂降りってなんだよと不服そうに申し立てると、「だって今は梅雨だから、普通の降り方なんか当たり前でつまらないじゃない」と楽しそうに笑った。


折角の休日なのに、ここのところ雨ばかり。何か変わったこと、面白いことないかしら、というのは最近よく耳にする彼女の口癖。いつもと変わらないことが一番の幸せさ、と言えば、「つまらない人ね」と鼻を鳴らす。(もっとも、わざわざ言わなくたって、そんなこと彼女が一番に痛感しているはずだけれど。梅雨という時期は、それほどまでに彼女にとって退屈な日々であるということだ。)


「あら、何を読んでいるのかと思えばアンデルセン?ますます珍しいわね」
「というか、真昼間からお酒を飲まされるとは思わなかったけど」


先ほど手渡されたものは、オレンジジュースと思いきや、ファジーネーブル。甘い香りと、ほのかな苦味。


「"曖昧(ファジー)"な日々には、ピッタリだと思って」


と、いたずらっぽく笑った。








布張りで立派なこのアンデルセンの本は、ほたるが小学校の図書館から借りてきたものだった。最近の彼女は本に夢中。難しい字ばかりの、まだまだ自分一人では読むことの出来ない本を借りてきては枕元で読んで欲しいとせがまれた。そのくせ、少しでも平坦に読むと叱られてしまうので厄介である。だから、予習をして少しでも叱られる要素を減らそうと目論んでいるのだ。


「―――人魚姫?」


先ほどまで、すぐ手前の床に座りファッション雑誌をパラパラとめくっていた彼女が、いつのまにか僕の座るソファの後ろに回りこみ本の中身を覗き込んでいた。


「昨晩、この話を読んだらほたる泣いちゃってさ」



どうして人魚姫は、それでも王子様が好きだったの?
そんな人の為に泡になって死んじゃうなんて、悲しすぎるよ・・・!



「しまいには、何故か僕が叱られて」
「あら、どうして?」
「まぁその・・・我が家の"人魚姫"がそうなってしまわないように、ってね」


ほたるには物心つくかつかないかという頃から(といっても、ついこないだのことだけれど)、"みちるママは人魚姫"と吹き込んできた。だから、彼女もいつか泡となって消えてしまうのではないだろうか、と。


「それで、一体どうやってなだめたの?」
「ああ・・・」





大丈夫だよ。人魚姫は生まれ変わって、人間になった。
王子様よりも、もっといいヤツを捕まえたさ。例えば、ほら―――





「僕とか、ね」


物語に出てくる"王子様"のような、阿呆でどうしようもない男なんかに渡しはしない。例え巡り合う運命だとしても、その運命ごと叩き潰してやる。








「―――ぷっ」




・・・え?




「くく・・ふふふ・・・」
「ちょ、みちるサン?」
「ふふ・・あっはははははは!」


滅多に聞くことのない笑い声を上げて、僕から顔を背けてひたすら笑う。何かおかしなことを言っただろうか。というか、失礼極まりない。


「ふ、ふふ・・・ごめんなさ・・・でも、おかしくって・・・」


目尻に浮かぶ涙をぬぐいながら、それでも漏れてくる笑みを必死にこらえている。僕はすこしふてくされながらも、その顔が見たくてついつい彼女に目をやってしまう。


「ひどいな」
「ふふ、ごめんなさいってば・・・でもね、はるか」


ソファの前に回りこんで、今度は僕の隣に座る。


「わたし、やっぱり人魚姫は、生まれ変わってもまた王子様に巡り合うと思うのよ」


そして、恋をする。間抜けで、阿呆で、どうしようもないとわかっているのに、何度でも、何度でも。


「今度こそあきらめないの。泣いたり譲ったり絶対しないわ、だって・・・」




優しい香りと共に、ふわりと僕を優しく包み込む。




「"あなた"に届ける、"声"があるから」








何度だって、貴方を探し当てるから。だから、間違えないでね・・・ 
























「―――ああ、そうそう。ほたるの授業参観のことだけど・・・」
「ああ、来週のね」
「そう。わたしとせつなで行ってくるから、留守番お願いね」
「え・・・」
「お願いね」








体を離して、先ほどとは違う空気をもってにっこりと微笑む。そんな彼女を見て、最後にほたるが僕に言った言葉を思い出した。






はるかパパは"うわきしょう"だから、王子さま以上の人になれるのかなぁ







・・・つまり、"阿呆でどうしようもない王子様"の生まれ変わりとは、僕のことか。






「・・・仰せのままに、人魚姫」




人魚姫のご機嫌を伺うべく、来週水族館は如何かとお誘いをしたところ、とびきりの笑顔で了解頂けた。


梅雨明けまでは、あともう少し。
meg (2011年6月 2日 10:45)

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