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「ねーえ、母似香ちゃん」
「はい?」
「アタシの勘違いならいいんだけど......あそこの彼が、そう?」
「え?」

 外が上手く鏡に映るように、椅子の位置を少しずらしてくれた。あくまで自然に、窓の外の様子を伺う、と。
(え、あれって...。)

「...アラ。アラアラアラ?」

 みるみるうちに変わっていくわたしの顔色を鏡越しに見て、彼はニヤリと笑った。

「こーれは、お兄さん気合い入れて、母似香ちゃんキレイにしないとねー♪」

 いや、だって。美容院で髪を切ってる瞬間って、髪を全部アップにして、ぺたんとなっている、言わば超気が抜けた状態なわけで。(しかも首から下は真っ白ポンチョで、テルテル坊主状態だし!)個人的には、すごく見られたくない、恥ずかしい状況なんです。こんなところ見られたら、ひとたまりもない。

「す、杉本さん、なんで彼だって分かったんですか...」
「そりゃあ、母似香ちゃんったら、サナダ先輩のあんなことやこんなこと、アナタが思ってる以上に、キラキラ話してくれちゃってるから。」
 サナダ先輩の特徴、ソラで言えるくらい朝飯前だもの、とカラカラ笑う。そ、そんなにしゃべっていたかと冷や汗をかきつつ、目は先輩から離せない。

 なんでここでカットするって分かったんだろ...あ、さてはゆかりの入れ知恵か何かか。高校生が自分のお小遣い内でカットしてもらえる美容院っていったら、ここくらいしかないから、彼女も使ってるはずだし。(ていうか使ってる。初めて来たとき、ゆかりから色々聞いてるって言われた。)でもでも、ここってつまり、女子生徒多いのよ!あ、ほら、早速ファンクラブの女の子に見つかって囲まれてるし。

 確かに、うっかり彼の部活がない金曜日に美容院の予約を入れたのはわたしだ。つまり、こういった事態を引き起こした原因はわたしにあるわけで。

 だからって、だからって。

 彼女不在だからって、ここぞとばかりに寄ってたかることないでしょう!あ、こらバカ、先輩の右腕に触るな、そこはわたしの特等席だってば!!あああもう、だから寮で待っててくださいって言ったのに。何のために、あえて学校じゃなく寮って言ったと思っているんだろう、あの超が付く鈍感天然節穴かっこいいお人は!(罵倒だけで終えられないわたしもわたしだ。)

「母似香ちゃん、ウチの奥さんとおんなじ顔になってる。」

 ここの名物は、この人と、この人の男前な奥様が繰り広げる夫婦喧嘩。原因はほとんどこの人だけど。つまりは、そういうこと。

「~~杉本さん!」
「なぁに?」

 もう、こうなったら乙女の一大決心。他の女の子なんて、目に入らなくなるくらいのインパクトを。

「メイクと、ヘアセット追加でお願いします!!」
「OK、ついでにヘアトリートメントをサービスしちゃうっ!」

 かわいいは正義。ぜっっったい、あんな子らに負けない。







「先輩!」

 さすがプロ、流れるような手つきで、全てを30分以内にこなしてくれた。おかげで普段ポニーテールにしている髪はさらさらと流れ、気のせいではなく、艶々と輝いている。普段、めったにしないメイクも、ナチュラルにかわいらしく、仕上げてくれた。

「―――斗南!」

 わたしが声をかけると、先輩はいつも笑みを口元に浮かべて答えてくれる。それは、いつもと変わらない風景。......女の子たちが周りを囲っていることと、わたしを見るなり(彼には見られないように)睨みつけてくるそれも、いつもと変わらない風景。
 はたして、この女の子としての意地が、どれだけ彼に通用するかわからないけれど。とにかく、先輩の周りをうろつく彼女たちよりも、この場はかわいくありたいという、個人的な意地だ。

「......自分のために、センパイ待たせるなんて、サイアク~~~!」
「せんぱぁい、こんな子やめて、ウチらと遊びに行きましょうよ~!」

 確かに、ここでこうして待っていてくれたことが想定外だったとはいえ、こんなことせずに、手早く終わらせてもらって出てくるべきだったかもしれない。でも、好きな人には、かわいく変身した自分を見てもらいたい。折角お金払って美容院いくんだし。......っていうのも、単なる自己満足だけど。

 ちらりと彼の方へ視線をむけると、彼は何も耳に入っていない様子で、わたしの方をじっと見つめていた。その鋭い瞳に、そんなに見つめられると、ひどく恥ずかしくなってくる。あわてて視線を宙に泳がせ、再び下を向いた。

「...かわいいな。」

 その言葉に、ぱっと下げた視線をもう一度上に上げる。見ると、口元に手をやって、すこし照れているかのような、複雑な顔。心の中で、ガッツポーズ。

「―――行くぞ。」

 それを悟られたくないのか、すこし強めに手を引かれて、その場を後にしようと歩きだす。当然、周囲の女の子から抗議の声があがる。すると、

「なんだ、まだいたのか。」

 苦虫を噛み潰したような彼女たちの顔に、申し訳ない気持ち半分、嬉しい気持ち半分で、彼について歩いた。





「時間かかるから、寮で待っててくださいって言ったのに。」
「ああ、すまん。ちょっと、居てもたってもいられなくて、な。」
「え?」
「いや、岳羽のやつが......。」
「ゆかりが?」
「あ、いや、その......。」

 ふと立ち止まり、無言のまま、繋がれていない方の左手で、さらりとわたしの髪をすいた。

「!!!」

 何の前振りもなく、サラリと心臓に悪いことをするのはやめてほしい。彼の指が少し耳に触れて、その箇所に熱が集中する。

「随分、きれいにしてもらったんだな......その、美容師に。」
「え、あ......は、はい。」
「......いい男なんだってな。」
「え?......あ、杉本さん?」

 先ほどまでお世話になっていた、彼の姿を思い出す。確かに、長身でスラリとしており、日本人離れした顔つき(フランス人のクォーターだったか)の彼は、黙っていればすごくいい男、かもしれない。そういえば、ゆかりが初めてこの美容院で髪を切った日、興奮しながら帰ってきた。

「そうですねー、でもわたし、奥様の方が、好みですけど。」

 彼、口調がコレですしねーと、手を顎下まで持ち上げ、オネェのポーズ。まぁ、だからこそ親しみやすいのだが。それに引き換え、彼の奥様の方はというと、きれいに切りそろえられたショートの黒髪に、こちらも長身でスラリと長い脚。整った顔立ちに、男前な言動。でもどことなく、可愛らしい。少し美鶴先輩に似てるかもしれません、と笑う。

「それに、娘さんが、ものすっっっごく、かわいいんですよ!黒髪なのに、目が青くって、ぷりっとしてて......って、先輩?」

 いつの間にか、手のひらで顔を包み込みようにして項垂れている彼の様子に驚いた。

「あ、あの、どこか具合でも......」
「いや、なんでもない。―――そうだな、強いて言うなら、今すぐ水をかぶって走り出したい気分だ。」

 指と指の隙間から見える肌は、少し赤い。

 .....あ、もしかしてそれって、もしかしなくとも.。

「ヤキモチ、妬いちゃいました?」
「!!!!」

 うるさいバカ、と羽交い絞めされる。声を上げて、笑った。
(なんだ、おんなじだ。)
 せっかくきれいにしてもらった髪が乱れるとか、そんなのお構いなしに。むしろこのまま、ずっとこのままで。

「ふふ、大丈夫ですよ。」

 頭の真上にある彼の顔を覗き込んで、

「先輩が、世界で一番かっこいいですから!」



You are
top of the world!



(貴男に敵う人なんて、誰もいやしない。無論、わたしですらも。)









セカキラ、大好きなんです。とくに本庄サンと扇子サンのペアが好き。
meg (2012年4月12日 13:37)

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