『卒業しちゃう彼氏に、タイもらうんだ。いつでも一緒にいられるように!』
「お前、最近なんだか顔色悪いが、大丈夫か?ちゃんと眠れているのか?」
心配そうに顔をのぞき込んでくる彼に、慌てて大丈夫ですと返す。ならいいんだが、と視線を戻す彼の襟元で揺れるそれが、嫌でも目に付く。あんな、やり取りを耳にしてしまったからだ。この人のタイなんて、それこそ死人が出るくらいの争奪戦になるんじゃないだろうか。
......先輩のことだから、考えなしに、ほいっと知らない女の子にあげちゃうんだろうな。そう考えると、余計に悔しく、切なくなる。鈍いって罪だ、本当に。
「あの、明日の卒業式の後なんですが...」
「ん?」
「えと、あ、謝恩会の後でいいんですが、その...。」
でも、こんなこと言ったら、わたし、そこらのミーハーな先輩ファンと同じになっちゃう?むしろ、呆れられてはしまわないだろうか。
「た、タイ、を......。」
「タイ?」
そこまで言って、それ以上が出てこない。"ください"とか"欲しいです"とか、とても簡単なことなのに。今までにないくらいの緊張と汗に、全てを放り出した。
「~~やっぱりなんでもないです、大丈夫です!」
「お前、やっぱり具合が悪いんじゃないのか?早く帰って寝た方が...。」
「大丈夫です、大丈夫ですから、はやく海牛行きましょう!」
ああ、本当意気地なし。先輩の背中をぐいぐい押し、真っ赤な顔を悟られないようにする。帰ったらゆかりに散々呆れられついでに慰めてもらおう。ついでにやけ食いにも付き合ってもらおう。泣いても笑っても明日は先輩が寮で過ごす最後の日。その日くらい、ふてくされないで、笑顔で過ごしたい。
卒業式当日。講堂での式を前に、突然女生徒に呼び出された。
「真田先輩っ!あの、よろしければ、タイをいただけませんか!?」
「タイ?なんでまた...」
「お願いします!!」
真っ赤な顔をして必死に頭を下げる彼女に、まぁ、タイくらいいいか、と口を開きかけたところで、母似香との昨日のやり取りを思い出した。そういえば、彼女もタイがどうとか言っていた。
「もちろん、先輩には彼女がいるってこと、分かってます!でも、それでも、諦められなくて...。せめて、タイを、いただくことは出来ないでしょうか...。」
彼女の後ろを、知らない女生徒が通りかかる。彼女は通常の女生徒がつけている赤いリボンをつけておらず、男子生徒のものである、黒のタイをつけている。また自分の後ろでは、同じクラスの男子生徒が、
「式の後、このタイを彼女に渡すんだ。第二ボタン的な感じで、欲しいんだと!」
......なるほど、そういうわけか。そういうわけなら、渡さないわけにはいかないな。
「すまないが、先着順でな。もう、渡す相手は決まっているんだ。」
まったく、そういうことなら、そう言えばいいのに。愛する恋人にお願いされて、渡さない馬鹿がどこにいる。相変わらずそういうことが、苦手なやつだ。ああ、まったく可愛いやつめ。例え、いらないと言われても、力ずくでも受け取ってもらう。
記憶を取り戻した記念&卒業祝いパーティーが、寮内で盛大に(といっても、参加人数は八人+一匹だが)執り行われている中、ちょっと来い、と明彦に呼び出される。あからさまに外に出たり二階へ上がったりすれば、やんやとからかわれる的になること間違いなしなので、少し輪を外れ、キッチン近くにてこっそりと。
「目を閉じて、両手を出せ。」
なぜ?と問いても、いいから、と笑顔で取り合ってくれない。まったく、ずるい人ですね!と文句を言いつつ、言われた通りに両手を差し出し、目を閉じる。
すると、チャラっと金属がこすれる音がして、ひんやりとした感覚と、ふわりとした柔らかい感覚が手の平に落とされ、
「もう、いいぞ。」
そうして瞼を開けようとする間際、唇に、啄むようなキスが落とされた。
「~~~っ!??」
もう、何から順に驚けばいいのか分からない。「いや、可愛くてつい」とニヤリと悪い笑顔をする彼に、声にならない声で抗議をしつつ、手の平に視線をやる。そこには、赤いキーリングに取り付けられた、銀色に輝く鍵と、真っ黒の紐。
「か、鍵...?それに、これって...!!」
もし思い違いでなければ、そうに違いない。でも、だって、あの時一言も...。
「言っただろ、これからはずっと一緒だと。」
その気持ちは、記憶を取り返す前も、後も変わらない。変わったといえば、更に、お前が愛しくなったくらいだ、と、サラリと言い放つ。
「これは、もうわかってるだろうが、俺の新居の鍵だ。いつでも来い、お前のスペースくらい確保してある。...それから、」
すっと襟元に手を回され、リボンを外し、自分の口に咥える。代わりに、手の平にあった黒の紐を手に取り、襟の下に通し、綺麗な蝶々結びを作り出す。
「...生活指導の日以外は、つけとけよ。いい虫除けになる。」
ああ、もう、どうしてこの人は。「ありがとうございます」とか、「うれしいです」なんていう陳腐な言葉では、到底この気持ちを全て彼に伝えることができない。あっという間に目には涙がたまり、口からは嗚咽が漏れ始める。
「なっ...!ばっ、バカ、泣くようなことか!?」
「泣くようなことですっ!せ、先輩の、バカぁ~!」
や、違くて!言いたいことは、こんなことじゃなくて。
「母似香ッチ~~......って、あーーー!!真田先輩が母似香ッチ泣かせてるー!」
「何だと!?明彦、貴様...っ!!」
「なっ、いや、そんなつもりは......ま、待て美鶴、その手はなんだ、早まるなっ、俺の話を聞いてくれ!」
「母似香さんを泣かせる人は、敵であります!」
「あ、アイギス、お前は反則だろう!?な、ちょ、待て待て待て!!」
途端にキッチンが喧騒に包まれる。涙とともに笑みがこぼれた。ああ、よかった。この場所に戻ってこれて、本当によかった。
首もとのタイに気がついたゆかりが、
「よかったじゃない。あれは、鈍感な先輩が悪いってことで、ほっとこほっとこ。」
と、肩をすくめながら微笑んでくれる。風花は明彦に馬乗りで制裁を与えようとする美鶴先輩と、それに便乗しようとするアイギスをなだめに入り、順平は真相は分かっている顔で完全に楽しみ、天田君は呆れたような顔でその光景を眺め、コロマルは、嬉しそうに尻尾を振りながら、こちらにてってと近づいてくる。
「はーあ、いいなー母似香。あたしもタイ、欲しいなー!」
と、ゆかりがふてくされたように、コロマルのふわふわした頭に顔を埋める。と、
「なんだ、ゆかりはタイが欲しいのか?ならば、私のものをやるが...。」
その後ろで床に膝を付き、青い顔をしながら片手で顔を押さえている彼を放置して、自分の襟元に付けられていた赤いリボンを外す。
「いや、趣旨がちょっと違うんですが......。あ、でも、先輩のは欲しいかも。」
「なら、決まりだな。」
「では、わたしのタイはコロマルさんにあげますね。」
「ワン!」
「お!じゃあ風花ッチには、俺ッチのタイを!」
「あ、えと、私は......。」
「風花さんには、荒垣さんのがありますもんね。」
「~~っ!!!???」
今度は、耳まで真っ赤になった風花が標的となる番。やいのやいのと彼女を皆が取り囲んだその隙に、先輩の元へ駆け寄り、同じく膝をついて、すり寄る。
「お疲れ様です。」
「まったく...美鶴の処刑は、ペルソナがなくなった今でも、強烈だな...。」
「美鶴先輩は、ゆかりの次にわたしのこと大好きですから。」
「......知ってる。」
わたしは、世界で一番、先輩が大好きです。そう囁くと、
「知ってる。」
そう言ってまた、ニヤリと悪い笑顔をして、頬にキスを一つ、落とされた。
The Happy Ending
私も中学校三年の時、高校三年で卒業してしまった先輩から、高校生用のタイをいただいたものです。(中高一貫、女子高でした。←)(※2012/4/17加筆修正しました。)
meg (2012年4月16日 11:08)
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ペルソナ3ポータブル