schema
http://monica.noor.jp/schema

「明彦、どうしよう......。」

 ある日の休日。朝から、一人暮らしの家へ彼女が訪ねてきた。約束した時間に、数分と違わぬ時刻。ここまでは、予定通り。そう、ここまでは。

 玄関を潜り抜け、部屋へ入って来るなり、彼女はこの世の終わりとでもいうような顔で、俺に訴えかけてきた。

「なんだ、どうした?期末テストの範囲が突然変わったか?それとも模試の結果が芳しくなかったのか?」
「いや、そんなの全然苦じゃないですし、模試の結果もバッチリでした。そんなことより、もっともっと、重要なことなんです......。」

 真っ青な顔をして、だがピシャリとそれらを否定する。というか、苦じゃないとか、バッチリとか、基本的にこれらの事象は、受験生を大いに悩ませるような問題であるように思えるのだが。「あ、これ、期末試験の範囲一覧と、模試の結果です。」と、それぞれを寄越してくる。......当時の自分でも頭を悩ませそうな試験範囲の広さだし、希望大学への判定はSクラスという絶好調ぶり。

「じゃあ、どうした。何があった?」

 それほどまでに彼女を悩ませる問題だ。よし、今日一日を潰してでも、解決すべく力になろうじゃないか、と腹を括り、優しく問いかける。高く結い上げられたポニーテールをさらりと梳けば、こてん、と可愛らしく、頭を肩に預けてきた。

 ......前言撤回、早く問題内容を解決しなければ。今度は自分に諸々問題が生じそうだ。

「......ゆかり、が...。」
「岳羽が?」

 岳羽ゆかりは、彼女の同級生であり、同じ元S.E.E.Sメンバーであり、そして現在、寮のルームメイトである。要は、二年間ずっと一緒の、親友というポジションにある。俺からしてみれば、現在とても羨ましい位置にあたる、と思う。休日以外のほぼ四六時中、彼女と一緒なのだ。

 喧嘩でも、したのだろうか。この二人は、しょっちゅう喧嘩をする。それだけ仲がいいとも言えるのだが。だが今回は、毎度お馴染み、というものではどうもないらしい。

 静かに、彼女の次の言葉を待つ。


「―――ゆかりに......彼氏が、できた。」


 10秒ほど思考が停止し、間が、空く。衝撃だとか、そういうものでは決して、ない。むしろ、

「......それは、なんだ、その......何が、問題なんだ?」

 問題を探すことに、必死だった。
 つい先日、この彼女はその口から、「ゆかりにも早く彼氏が出来ればいい!」とわめいていたはずなのだが。と、顔に出てしまったのか、キッと睨みつけられ、

「だいっっっ~~~~~っ、問題ですよ!!!」

 出た。ようやく最近慣れてきたとうのに、興奮した途端、敬語に戻る。残念ながら、その睨み顔はたいして怖くはなく、むしろ、可愛らしい。......なんて、今口走るべき言葉ではない。

「だいったい、なんでアイツ......アイツなのよ~~~!!」

 ダァン、と勢いよく拳を机に叩きつける。その衝撃で、その上に置いていたペットボトルやらお菓子の入った袋やらが、1cmほど空中へ飛び上がった。

「ゆかりには、もっと、寛容さはオカン、伝達力は言霊使い、根気はタフガイ、知識は生き字引きに勇気は豪傑を超えた男じゃないと、ダメなのよーーー!!」

 不意に、千鳥格子模様の入った学ランを着た、灰色の髪を持つ少年の顔が頭に浮かんだ。......おかしい、自分はそのような少年、見たことも話したことも、ない気がするが。

「あんな、試験では毎回わたしを超えられない二位止まり、美しさはカリスマ、勇気はわたしに引けを取らない漢!それだけじゃ、それだけじゃゆかりの彼氏として認められない!!!」

 なんだか、ものすごいこと口走っている気がする。いや、二位止まりとか言っているが、それはそれで、ものすごいことだと思うのだが。

「ああ、もうなんで、わたしが男だったら絶対ゆかりを手放したりなんかしないのに!!」
「......それは、俺が困る。」
「大丈夫です、わたしが男でも、先輩が相手ならゆかりと同時に愛せます!」
「いや、それは逆に人としてだめだろう!」
「あ、そうだ、むしろ美鶴先輩に今から性転換してもらって......」
「やめろ、あいつに冗談は通じないから。」
「わたしは本気です!」
「尚更タチが悪いな!」

 いいから少し落ち着け、と、ココアとコーヒーを淹れて、一時休戦。おまけにココアへマシュマロも追加してやる。ふうふう息を吹きかけて、ひとくち口をつけて、あつっと舌を出す。ああ、可愛いなクソッ。さっさとこの問題を終わらせてしまいたい。彼女としたいことは、山ほどある。いや違う、一つしかない。(こんな真昼間からすることではないが、それは俺の所為じゃない。)

 甘いものを口にして落ち着いたのか、ぽつぽつと、話し出す。

「だって有里君て、女の子の友達多いし、」

 まぁ、不安要素ではあるだろう。確かに俺も、男友達の多い俺の彼女のことが心配だ。

「いつだって一言足りないし、人が話してるのにすーーーぐゆかり連れてっちゃうし、放課後だって気が付けば二人していないし!」

 ......途中から、やたらと私情が入り乱れてないか?それに、これらに似たような台詞を、どこかで耳にしたような―――


『だって先輩って、女の子のファン多いし、いっつも言葉が足りないし、先輩が来た途端すーーーぐ母似香そっちに行っちゃうし!放課後だって、最近先輩とばっかしじゃないですか!』


「......なんで、笑ってるんですか。」

 ついつい、笑みが漏れてしまっていたようだ。不満げに頬を膨らまして、こちらをジト目で見てくる。本当にお前たちは、全くしょうがないな。

「いや、俺も昔、お前と付き合ってすぐの頃、岳羽に似たようなことを言われたなと思ってな。」
「―――ゆかりに?」

 体を向かい合わせて、そのまま抱きすくめる。よく聞こえるように、彼女の耳元に口をあてて。癖になる香水の香りが、鼻先をくすぐる。

「親友であるお前に祝福してほしくて、岳羽は誰よりもまず最初に、お前に伝えたんだと思うぞ。」
「.........。」
「お前だって俺と付き合ったとき、一番に岳羽へ報告したろ?」
「......うん。」
「岳羽はそれを聞いて、どうした?」
「どうしたっ......、て......。」

『えっ、マジ!?やったじゃん!』
 嬉しそうに微笑む、彼女の姿が脳裏に浮かんだ。

「嫌だって、言ったか?」
「......よかったじゃん、って...」
「うん?」
「喜んで...くれた。」

 そのまま彼女の部屋に連れ込まれて、遅い時間まで、あれこれ経緯を吐き出させられた。でもそれを誰かに話したい自分もいて、逆に、そんなやりとりが、すごくわたしも嬉しかった。

「そうだろ。」
「先輩、モテるし空気読めないから、気をつけなよって。」
「......それは、まぁ、いい。」

 それなのに、わたしは自分のことばっかり。自分の理想としていた"彼女の彼氏"を彼女と、彼女の彼氏に押し付けて、わめいて......肝心な彼女の気持ちを置き去りにして。

「その彼氏だって、結局は岳羽が選んだんだろ?彼女が選んだ男だ、そこらへんの男より、信頼できるさ。」

 そう、少し前まで、一人の人を愛する、ということに、否定的だった彼女が、選んだのだ。その彼女の選択を、他の誰でもない、親友であるわたしが、背中を押してあげないでどうするんだ。祝福してあげないで、どうするんだ。

「...まる。」
「ん?」
「あやまる。......ゆかりに。」
「ああ、そうしろ。」

 腕を離して、彼女の身動きがとれるようにする。そこに座り込んだまま、すぐそばに置いていた鞄を手繰り寄せ、中から携帯電話を取り出す。赤い塗装が施された携帯電話に、揺れるうさぎの編みぐるみと、明らかに半分足りないハートのキーチェーン。岳羽が持つものと合わせて一つ、なんだそうだ。

 二つ折りのそれをパチン、と開き、少し躊躇した後、勢いよくキーを打ちはじめ、アドレス帳に登録された彼女の電話番号を探し当て、今度は躊躇することなく、プチッ、と決定ボタンを押す。さすが漢。

 2~3コール目で、彼女はすぐに出たようだ。つまり、待っていたのだろう。携帯電話を持ったまま、タイミングを図りかねていたのだろう、電話機の向こうの彼女も。

 くるりとこちらに背を向き、話しはじめる。

「......ゆかり?えっと、わたし、だけど......あ、そか、画面見ればわかるか。あ、うん、その......。」

 しどろもどろ、すっかり小さくなっている彼女の体を、後ろからそうっと、抱きしめた。こうすれば、彼女から本音を引き出せることを、知っている。びくり、と彼女は肩を揺らす。大丈夫だ、落ち着いて話せば、分かってくれる。だってお前たち、親友だろう?

「―――ごめん。ゆかり、ごめん......ごめんなさいっ!!」

 ほら、ごらん。堰を切ったかのように、涙と共に、ずっと伝えたかったのだろう、本音が溢れ出す。電話機越しに、驚いたような、慌てる彼女の声が聞こえて来る。だがすぐに、何の事について謝っているのか、わかったのだろう。

『もう、バカねぇ......。』

そう言う彼女の声も、震えていた。

(岳羽もそうだが、お前も大概、岳羽バカだよなぁ。)







 しばらくこの状態のまま、話が終わるのを待つ。聞き耳は、立てていない。立てていたところで、彼女も、また電話越しの彼女も、俺が聞いていること前提に、話をしているはずだ。ほら、その証拠に、

「うん、うん......うん、わかった。ちょっと待ってて。」

 ん、と大人しく後ろから抱きすくめられたまま、携帯電話を差し出される。

「ゆかりが、代わってって......。」

 鼻をグスリと鳴らして、ほら早く、と急かされる。正直岳羽からの電話を受けた時、いい目にあったことがまるでない。だが、状況が状況だ。一息吐いて、大人しく受け取り、

「何だ?」

 いつもと同じ、第一声。

『真田先輩ですか?』
「......他に誰がいる。」
『はいはい、そーですね。』
「お前なぁ......。」

 美鶴を相手にした時との対応の落差に、もう今更苦言を呈する気にもならない。

『何て言うか、その~......、ありがとう、ございました。なんか、迷惑かけちゃったみたいで。』
「いつものことだろ。」
『それほどでもないですよ。』
「そこは、胸を張るところなのか?」

 相変わらずの軽口。けれど、いつもとは少し違う、雰囲気。

『やっぱり、あの子のこと一番わかってるのは、先輩なんだなって、ちょっと妬けちゃいました。』
「.........。」

 それは、こちらのセリフだ。付き合い始める前から、何度お前に嫉妬したことか。数えようとしたところで、無意味な話だ。だって、これからもその回数は増えていくこと間違いないのだから。

「いつか、彼氏に会わせろよ。......お前についての注意事項なら、たくさん伝授できることがある。」

 あ、相変わらず失礼な人ですね!と耳元で金切り声を上げられる。ああそうだ、母似香についての注意事項も言っておかないと。彼女は意外と、独占欲が強いのだ。気を抜くと、あっという間に彼女を連れて行かれるぞ。......俺ほどでは、ないけれど。


ガールフレンド


「......ところで、明彦はゆかりに何か言われたの?」
「ん?」
「その...わたしと明彦が、付き合った時......。」
「ああ......。手始めにまず、携帯電話に登録されている、S.E.E.Sメンバー以外の女の連絡先を、全部消せと言われたな。」
「!!!」
「もともとお前たち以外の女の連絡先を入れていなかったから、特に消す必要もなかったんだが...逆に、微妙な顔をされた覚えがある。」
「ゆ、ゆかりったら......。」
「まぁ、入っていたところで、言われるまでもなく全部消すがな。」
「え?」
「女は、お前一人居ればいい。」

 根気はタフガイ、知識は生き字引き、勇気は豪傑だけど、寛容さは情け深く伝達力はそれなりである恋人は、「そんなもんだろ。」と、そう微笑んで、しっかりと閉じられたわたしのブラウスのボタンに手をかけた。







そんな女主ちゃんも、真田先輩に対する主人公ステータスは、普段オカン級の寛容さに関しては情け深いにまで転落します。
meg (2012年4月19日 11:41)

Mail Form

もしお気づきの点やご感想などありましたら、
mellowrism☆gmail.com(☆=@)
までよろしくお願いいたします。

Copyright © 2008-2012 Meg. All rights reserved.