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 先輩と長鳴神社で過ごしたあの日。わたし達としては、今後どうして街を守っていくだとか、タルタロスでの戦い方についてだとか、そういった内容を、真剣に話していた。そう、色気の"い"の字もない内容だ。けれど、話している内容とかではなくて、周りから見たらその光景はどう映るか、を、もう少し気にしたほうが良かったかもしれない。

 ......こうなってしまっては、もはや、手遅れだけど。

「アンタ、何でここに呼び出されたのか、ホントは分かってんでしょ?」

 正直、ホームルームが終わりしばらくして、彼女たちが教室に入ってきた時、また誰かに言い掛かりでもつけにきたのかな~と他人事だった。"真田先輩はみんなのもの"協定の存在はまぁ、ゆかりから聞いていたし、うちのクラスにもファンは数人いて、何かにつけて先輩に近づこうとし、そのたびに、ファンクラブの重鎮らしき上級生が粛正に訪れていた。だもんで、

『アンタが、"斗南 母似香"ね?』

 と、わざわざ机付近まで来て、フルネームで名前を呼ばれたのには驚いた。驚きすぎて、「アレ、わたし何かしましたっけ?」と、つい口に出してしまった。それが火に油を注ぐ形となってしまい、こうして体育倉庫裏に連れてこられたわけで。

 あの時傍にゆかりや順平がいれば、なにか上手いこと言って逃げられたのかもしれないけど、生憎席を外していた。......今思えば、同級生のファンクラブメンバーの入れ知恵で、わざとそのタイミングを見計らったのかもしれない。

「つかさ、最近入ってきた転校生ごときが、いきなり真田君に取り入ろうとか、マジウザイっつうか、何考えてんの?」
「無理矢理一緒に帰ったりとかサ、真田君にも迷惑だって、思わないワケ!?」
「同じ寮に住んでるからってさ、調子に乗んないでよねー。ホンット、岳羽や桐条とかもさーぁ、アイツらまじウザイ。」

 目の前で、よくもまぁ飽きずに何回も同じ話がヘビーローテーション。これまで適当に右から左へ聞き流し、化学の元素記号や百人一首を繰り返し頭の中で暗唱してきたりしたが、よく知ったその名前を出された瞬間、作業がピタリと止まる。

「桐条なんて、桐条グループ社長の娘ってだけで、ホントいい気になってさ。何真田君のこと呼び捨てにしてんのよってカンジ!」
「生徒会長だってさーぁ、どーせコネ使ってなったんでしょー?おっ高くとまっちゃってさーぁ、マジムカつくんだけど!」

 マジムカつくのはアンタ達のほうなんですけど、と頭の中で悪態をつき、わざと大袈裟に一つため息を吐く。

「......あの、お話ってそれだけですか?」

 というか、これ以上ここにいて、自分のことならともかく、こんな話を聞かされ続けたのでは、手を出さない自信がまるでない。せめて、話題を自分についての文句へシフトしてもらおうか。

「ハァ?てか馬鹿じゃないのアンタ。今どういう状況にいるか、アンタ分かって言ってるワケ?」

 夜な夜なタルタロスという名の夜の学校で、もっと恐ろしいものと、それこそ命を懸けて対峙していることを考えたら、正直こんな状況クソほども怖くないのだが。かといって、それをそのまま正直に言ったところで、泥沼にはまること間違いなしだし。大体、週初めから、どうしてこんな目に合わなければならないのか。いや、もちろん、これは先輩のせいじゃないことくらい、わかっている。

「えーと、つまり、わたしが真田先輩と先週末に一緒に帰ってるのを見て、それは先輩達にとって不愉快だから、もうするなってことですよね。」

 は?アンタさっきから何聞いてたわけぇ?となじられる。いやいや、そういうことでしょうよ。

「申し訳ないですけど、わたし、今後も予定があえば、先輩とお話したり、時には一緒に帰ったりすると思います。」

 もちろん、先輩に断られなければ、の話ですが、と付け加えて。

「わたしを迷惑だと思うかどうかは、先輩方がお決めになることじゃ、ないですしね。」

 さすがに、あの端正な顔に、「迷惑だ」と真正面から言われると、ちょっと、いやかなりキツイものがあるなぁ、と思うけど。でもあの分だと、まだ迷惑だと思われてはいない、はず。

「......アンタ、ねぇ......調子に乗ってんじゃ、ないわよ!!」
「こっちには規則ってモンがあんのよ。真田君に気があろうもんなら、それを守ってもわらないと......!」

 バカバカしい。アホくさい。本人のあずかり知らぬところで勝手に自分にまつわる規則が作られて、本当にこの人たちは、先輩のことが好きなんだろうか。

「普段校則すら守れていないような先輩方に規則とか言われても、それこそ"クソくらえ"なんですけど。」
「な、なんですってぇ!!?」

 あ、しまった。頭で思っておくくらいにとどめておくはずが、つい口に出ちゃってた。......もういっかぁ、もう......言いたいこと言わずに黙ってるなんて、性に合わないし。ストレスがたまるだけだし。別に、この人たちに嫌われようが、痛くも痒くもないし。

「大体、自分じゃ振り向いてもらえないからって、誰のものにもならないようにしようって画策する方が、どうかしてると思いますけど、違いますか?」
「――――......っ!」


 パァン......っ、と、小気味よい音が青空に響いた。


 思わず、頬に手を添える。ビリビリと、痺れるような痛み。手を出した方はというと、ワナワナと震えながら、唇を噛みしめていて。言い返すうまい言葉が浮かばなくて、手が出た感じ。そりゃそうだ。だって、その通りなんだもん、きっと。

「あ、アンタなんかに......、ポッと出のアンタなんかに、彼の何がわかるのよ......!!」

 たしかに、この学校に来てまだ二ヶ月ちょっと。三年目に突入した先輩方に比べたら、先輩の部活での活躍だとか成績だとか、上辺の情報については何も知らない。

「ずっとずっと、ずっと誰よりも、一年で初めてクラスが一緒になった時から、ずっと好きなのよ!!」

 でも、フィルターを通してでしか先輩を見ていないこの人たちに比べたら、よっぽど内面について知っていることはあると思う。常に冷静なようで、変に意地っ張りで無茶をする人であるとか、大人っぽいようで子供っぽいとか。

「......好きなら、知っていますよね?先輩、ボクシングでもどんな時でも、卑怯な手段を使うことが一番嫌いです。」

 先輩は努力の人。スポーツはもちろん、学業だって。何もかも、突然さらりとこなせるわけじゃない。人並みならぬ努力の賜物なのだ、全てが。だからこそ、かっこいいのだ、真田明彦という人物は。

「こんなこと、先輩に知られたら......軽蔑されますよ。」

 対峙する彼女の、先ほどとは逆の手が振り上げられた。今度は右か。うーん、寮に帰ってから、タルタロスで拾った傷薬でも塗っておけば腫れることはないかなぁ。そんなことを考えている間にも、もう振り落される、その刹那――――


「――――......斗南?」


 彼女たちからしたら、この場に一番居てはいけない人物の声が、耳に入ってきた。振り落されようとした手は、わたしの頬に着地する前に、止まった。というよりも、彼が現れた瞬間、彼女たちの時間が止まった。もちろん象徴化は起きていないし、外も明るいから、影時間ではない。

「こんな所で何をしているんだ?というか、お前たち、俺と同じクラスだよな、確か。斗南と知り合いなのか?」

 話を振られた彼女達は、すぐに時間を取り戻したものの、滅多に話す機会などない憧れの存在から話しかけられた感激と、あんな場面を見られたかもしれないという羞恥、恐怖から、うまく言葉を紡げていない。それに......ああ、先輩、もうクラス替えから二ヶ月以上経過しているんです。"確か"、は、とってあげてください。さすがにちょっとだけ、不憫です。

「先輩こそ、どうしてここに?」

 とりあえず、知り合いかどうかと聞かれれば、今日知り合ったばかりです、が正しい回答だが。さらに突っ込まれると、やっかいといえばやっかいなので、とりあえず話題を変えておこう。

「ん?ああ......。部で使っているサンドバッグを倉庫にしまいに来た。大分くたびれてしまったから、新しいのを買ってな。とりあえず、ここにしまっておこうということになったんだ。」
「部活、今日はお休みですよね?」
「ああ。部活中にやるわけにもいかんだろう。」

 そういうことは普通、一年生がすることなんじゃないのかなぁ、と思うものの、まぁ、それが先輩のいいところか。自分でできることは自分でする。他人任せにしない。そういうところ、やっぱりかっこいいよね。
  
「ところで、まだ話はかかりそうか?」
「いえ、丁度終わったところですよ。......そうですよね、先輩方?」

 そちらへ振り返れば、威勢のよかった態度は、すっかり萎縮してしまっている。どうせなら、先輩の目にはいってしまえばよかったのに、とすら思ってしまう自分は、性格が悪いのだろうと思う。まぁ、こんな目に会ったのだ。そのくらい毒づいたところで、罰は当たるまい。......まぁ、このことの真相が耳に入ってしまえば、先輩は逆に、わたしに遠慮をし出すかもしれない。それだけは、絶対に勘弁だ。

「?......ならいいんだが。じゃあこの後、ヒマなら付き合わないか。お前と行きたいところがあるんだ。」

 うわぁ、なんというナイスタイミングというか、バッドタイミングというか。先輩からも誘ってくださっているということを、先輩御自ら証明してくださっちゃって。......あ、やっぱりみんな、固まってる。と、いうか、真っ白になってる。まぁ、"お前"と"行きたいところがある"、だしね。これに深い意味はないことくらい、わたしには分かっているけれど。妄想しがちな恋する乙女にとっては、これほどまでに強烈な攻撃力を持つ言葉もそうあるまい。

「......迷惑、じゃなければ、是非。」

 一応、聞いてみる。何となく。本当に、何となく。あれ、わたし意外と気にしてる?

「俺が誘っている立場なのに、迷惑も何もあるか。」

 戸惑いもなくピシャリと言い返す。ああ、もう、本当にこの人は。

「あ、まぁ......そうですよ、ね。」
「変な奴だな。いいから行くぞ。」
「――――はいっ!」

 一気に心が軽くなる。あれ、おかしいな。はたかれた左頬が、先ほどよりもやたらと痛む。頬の筋肉でもやられたかしら。緊張を、緩めているつもりはないけれど。

「ああ、そうだ......。」

 進め始めた歩みを、ふと止める。ちょっと待っててください、と言って、小走りに彼女達の方へ駆け戻る。先ほどまでの威勢はどこへやら、びくりと肩を揺らして、わたしの方を見た。

「ねぇ、センパイ方?」
「な......何よ。」
「あのですね、真田先輩はもちろん、いつかまた寮のメンバーを乏しめるようなことを言うようなことあれば......」

 にっこりと、絶対零度の笑顔を持って

「わたしが、黙ってはいませんから。」







「わたし、あらためて寮に入ってよかったなと思います。」

 結局、連れ出された場所は、海牛だった。またも先輩ファンの二人組に絡まれ、おいしい牛丼を堪能して、帰り道。「好みのタイプは、お前だと......」しっかり、聞こえてましたよ、先輩。順平も、なんてこと言わせてるんだか。今晩タルタロスでシメてやる。

「なんだ、どうした急に。」
「だって、ゆかりとはクラス一緒だからいずれ話すようになってたと思いますけど、先輩......達とは、こういう接点がなければ、こうしてお話する機会なんてなかったと思いますから。」

 好みのタイプの話とか、ね。そう言うと、「うるさい!」と顔を赤らめた。ああもう、かわいいなぁこの人。

「だから、先輩とこうして話せる間柄にしてくれた、理事長やS.E.E.S、もっと言えば影時間とタルタロスの存在に感謝、ってトコですかね。」

 それは本心。たしかに、大変なことは山ほどある。わたし達は、称賛されることもなく、人々の知らない時間に、この町の平和のために戦う。どうしてこんなことに巻き込まれてしまったんだろう、と思い悩む夜もあったけれど、空っぽで、誰も信じられないまま過ごした、これまでの6年余りに比べたらとても充実していて、幸せな時間だと思う。

「......俺と話せて嬉しい、とか、初めて言われた。」
「え、ウソ!?」
「ウソじゃない。......クラス替えのたびに、同じクラスになった奴らに、嫌味を言われたことも少なくない。」

 まぁ......そうか。女の子たちからしたら、近寄りがたい王子様だし、男の子からしたら、自分の彼女、あるいは好きな人を奪った憎き男、という立ち位置なのかもしれない。しかも、今日の人たちみたいに、近づこう、仲良くなろうとする行動を牽制する人もいる始末。もしかしたら、先輩が同学年の人で心から信頼して話すことが出来る人、美鶴先輩や部活の人たちといった、ごく僅かな人たちだけなのかもしれない。......今のわたしと、同じように。

「......わたしは、離れませんから。」

 何のことだ、とこちらを見る。先輩は知らなくていいんです。わたしの勝手な想像でしかないかもしれないんで。いや、本当にそうなら、それでいい。それがいい。

「誰に何を言われても、わたし、先輩の傍から離れて行きませんから。」

 たとえ、どんなに理不尽なことを言われたってされたって、最悪学校の生徒全員を敵に回したって、構わない。わたしは、先輩から離れない。離れたくない。

「――――そうか。」

 ほんのり嬉しそうに、口元をホンの少しだけ上げる笑顔を浮かべた。その顔を見た瞬間、顔がやけに熱く火照ったのは、先ほど平手打ちを正面から受け止めたのと、現在西日を真正面から受け止めているせいだ。きっと、そうに違いない。

 これが、恋の始まりであったと気がつくのは、もう少し先の、お話。


Trouble On Monday

(こうして世界は廻り始めた。)



「ところで、やけに左の頬が赤く見えるんだが......どうかしたのか?」
「え?ん、まぁ......勝利の勲章って、やつですかね?」
「勝利......?なんか勝負事に勝ったのか?」
「まぁ、そんなところです。」
「へぇ、すごいじゃないか!」
「......ふふっ!」







そしてそのうち、似たようなセリフを風紀委員に言われることになる女主ちゃん。あれにはクラッとした。先輩にとっては、「守る」よりも「離れない」方が重要かなと。
meg (2012年4月20日 15:49)

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