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 どうしてこんなことになってしまったのか。冷や汗が、たらりとこめかみを伝う。
 いや、どうしてもなにも、あいつだ。全てはあいつの、あの一言から始まった。



「ドーーーンっ!こういう夜はやっぱこれっしょ、王様ゲェーーームっ!!」

 夏休みも佳境に入ったとある日。それぞれ部活の合宿やら夏期講習やら帰省やらで、意外と夜にラウンジへ全員が集まることが少なかったように思える。そんなメンバーが、久しぶりに全員揃った夜のこと。嬉しそうに、人数分の割り箸と怪しげなカードを持って、順平がやって来た。

「いやーー、なんつーか久しぶりってっゆーの?全員がここにいることって、最近なかったっしょ!」
「順平は毎日いたみたいだけどねー、帰宅部?」
「相変わらず冷えたツッコミが冴え渡りますなぁ、ゆかりッチー!」
「......アンタのボケに付き合ったつもりはないんだけどね。」

 それまで静かだったラウンジに一石が投じられ、それを合図に、ばらばらであった視線が一か所へ注がれ出す。

「王様......ゲーム?誰かが王にでもなるのか?」
「ああー、やっぱ桐条センパイ、やったことありません?」
「てか、先輩がこんな低俗なゲーム知ってたら、そっちの方が驚きなんですけど......。」

 ぶつくさ言いつつも、こういったものに疎い美鶴先輩のため、ゆかりは懇切丁寧に、また順平に対する皮肉と共に、説明を始める。......あえて、命令の内容にどういったものがあるのか、ソフトでライトなものだけを例に挙げて。この姿勢からすると、二人ともきっと参加する気満々なのだろう。少なくとも、美鶴先輩はそう見える。ゆかりは例え「やりたくない」とゴネたとしても、美鶴先輩が「岳羽がいれば安心なのだが」とかなんとか言ってしまえば、参加せざるをえなくなるに違いない。

 そうしている合間にも、首謀者は皆を巻き込みに走る。持前の明るさとゴーインさで風花と天田君をゲットした。(両者とも乗り気ではない様子だったが。)アイギスは丁度コロちゃんを連れて散歩に行ってしまっているから、帰って来てから参戦させる。ここまでは予定通り。さて、次からが本番である。キッチンの方で一人、いつも通り牛丼をかっ込む彼に目をやった。

「真田サンもやるッスよね?」
「どうして俺が。」

 フン、と鼻を鳴らして、順平の方を一切見ることなく、器を更に上へと持ち上げた。だが、ここで終わる彼ではない。むしろ、こう来ることは予想の範疇だ。ここで、例の切り札を突きつける。

「まさか、やらないなんて言うんスか!?あーあ、こりゃあもう、"屋久島"の件と言い、オレッチの一人勝ちかな~ぁ?」

 "屋久島"、それは魔法の言葉だった。この言葉さえ引き合いに出せば、彼は必ず乗ってくる......はず。真相は相変わらず教えてはくれない。けれど、つい作戦室で目にしてしまった先輩の様子からすると、話術?か何かがテーマの勝負だったようで。(これまでの先輩の言動や、あの映像からすると、話術で順平に勝つのは難しいんじゃないかな。)

 無言のまま空になった器をテーブルに置き、パキリと音を立てて、割り箸を二つに折る。その薄い灰色の瞳には、明らかに闘志が宿っていた。

「誰もやらないとは言っていないだろう。......望むところだ。いいだろう、受けて立つ。」
「さぁ~~っすが、真田サン!そうこなくっちゃ!」
「てか、立つとか立たないとか、そういうゲームじゃないんだけどね......。」

 だから、屋久島がなんだってのよ、という彼女の声も上手に交わし、今度は鼻歌交じりにこちらへ歩いてくる。彼が到着するよりも早く、ゆかりが気怠そうな目で声を投げかけてきた。どうやら予想通り、美鶴先輩に何かしら言われて、根負けしたのだろう。"王様ゲームをやる"輪の中に、しっかり収まっている。

「母似香、あんたはやるのー?」
「ええ~~?」

 一応、やりたくないオーラを全開に出してみる。どうせ、やらないって言ったって、やることになるに決まってるだろうけど。わたし以外のメンバーが巻き込まれている中、リーダーたるわたしが、やらないで逃げ切れるはずがない。

「アラ、母似香ッチやらない気~?」
「だってさーぁ、王様ゲームとかって、順平が選んでくるカードの内容とかたかが知れてるし......。」
「だぁよねぇ~~。」

 その瞬間、ガシィッと肩を掴まれ、くるりと皆の方から背を向けさせられる。そうさせたのは、もちろん、

「......いいのかな、母似香サン。」
「へ?」

 お耳を拝借!とごにょごにょ皆には聞こえない音量で、話し始める。こういう時の順平は、大抵ロクなことを考えていない。

「――――ゆかりッチや風花ッチ、桐条センパイと、真田サンがあ~~んなことやこ~~んなことになっても、キミは、良いと言うんですネ!?」
「!!!!!」

 前言撤回、嘘ですゴメンナサイ。ロクでもないとか言って、ゴメンナサイ。......いや、ロクでもないよ、ロクでもないよ!わかっている、わかっているけど!

「ややややる!やります!!」
「さーーすが母似香ッチ!」

 リーダー、陥落。後ろの方で、「おぉーーー」、と歓声が上がる。風花は、「じゃあ始めましょっか」とさっさと終わらせたい雰囲気、天田君は諦め顔で怪しげなカードをきりはじめる。美鶴先輩は、「このマーク付きの割り箸が当たったら王様なんだな?」と意気揚々としているし、真田先輩はなぜか、苦虫を噛み潰したような顔をしている。ゆかりは、ソファに置いてあったクッションを抱きかかえて、

「あたし、知ーらない......。」

 何もかも諦めたかのように、それを放り投げた。





 こうして始まった王様ゲーム。最初の方は、まだ平和な方だった。(抱きつく~とか、暴露~とか、まぁイロイロあったけれど。)こちらに実害が及ぶものは、そんなになかった。だから、そういう内容なら、まぁ大丈夫かとすっかり安心してしまっていた。

 あれからこうして10ターン目。なんだかんだ言いながらしっかり盛り上がって、すでに1時間は軽く経過している。アイギスとコロちゃんも帰ってきており、きちんと参戦していた。(もちろん、コロちゃんは見ているだけだけど。)それがどうして、こうなってしまったのか。

「王様は、俺ッチでーーーす!」

 こう来た時点で、やけに嫌な予感はしていた。わたしの嫌な予感は、大抵当たるのだ。

「えーーっと、カードは......。おっ、これはなかなかオツなシチュエーションですなぁ。」

 と、ニヤリと笑ってこちらを見る。なんだろう、この悪寒。風邪でも引いただろうか。あまりの焦らしっぷりに、さっさと言いなさいよ、とゆかりが苛立つ。(彼女はここに至るまでに散々ヒドイ目にあってきており、すでに諦めの境地へと達していた。)わざとらしく、大きく一つ咳払い。

「でーは、発表します!今回のカードは――――」





「む、むむむむむり!無理だから、ゼッタイ無理っ!!!」

 これが、相手が女子なら全く問題なかった。男子でも、順平や天田君ならまだ大丈夫だったかもしれない。これが、よりにもよって、よりにもよってどうして!!というか、順平が余計なことを言ったからだ。というものの、そもそもカードの内容は、

『5番の人は、ゲームが終わるまでの間、2番の人の下僕になる。』

 だったはずだ。要は、多少表現は大袈裟にするものの、あれ取ってこい、これを持っていけ、だとか、命令をして聞いてもらえばいいんだと思っていた。(ある程度、いたずら心も織り交ぜて。)そう、2番はわたし。そして肝心の5番は、

「何故お前が恥ずかしがるんだ。普通、そういうのはやる側が嫌がるもんだろ。」

 澄ました顔で、こちらに近づいて来る。順平が口にしたアレを、どうやら彼は本気で遂行しようとしているらしい。

『いやー、でも単にそれだけじゃあ、つまんないっすよねぇー。......桐条センパイ、センパイが執事やメイドにやられた恥ずかしいことって、なんかあります?』
『恥かしいこと?......そうだな、ソファに座った状態で、靴を脱がされたりした時なんかは、さすがに......。』

 あっ、と気が付いた時はすでに遅し。にんまりと笑う順平と、あちゃーと頭を押さえるゆかり。何のことだと疑問符を飛ばす先輩と、青ざめ、冷や汗が止まらないわたし。





 そこから先は、ご想像の通り。非常に無意味な攻防戦が続いている。

「早く終わらせて、次に行った方が楽だと思いますよ......?」
「そ、そうだよ母似香ちゃん!恥ずかしいかもしれないけど、が、がんばって?」
「すまない、斗南......。私が口を滑らせたばっかりに......。」
「母似香さん、大丈夫です。いざとなったら私が代わるであります!」
「いやアイギス、それ王様ゲームの意味ないから。」

 と、みんな好き好きに言いながら、手にはしっかりカメラ付きの携帯電話。ちょっと皆さん、それ、本当に気を付けて。わたし、ただでさえ苦しい立ち位置にいるのに、こんな写真が出回ってしまっては、生きて高校を卒業出来るかどうかも怪しくなる。
 
「あーあ、母似香ったら顔真っ赤。......アンタ、これがやりたくてやったんでしょ。」
「いやぁ、だってさーぁ、こう、なんてーの?もどかしいってーの?」
「まぁ、気持ちはわかるけどねー。」

 茹蛸のごとく煮えたぎっている親友の顔を見て、ぷっと吹きだす。こんなにも取り乱す彼女の顔を見るのは初めてかもしれない。というか、この場にいるほぼ全員は、彼女が何に恥じらいを感じているのかなんて、とうにわかっている。分かっていないのは恐らく、原因である張本人の唐変木と、恋愛をよく理解していない機械の乙女くらいだろう。

 覚悟は決まったか、と楽しそうに話しかける彼に、心の中で、「どうしてこんなにも落ち着いていられるの!?」と疑問を投げつけつつ、ええいままよ、と一人用ソファに座り直し、足を組む。もうヤケクソ、どこからでもかかってこい、と言わんばかりに。


跪いて、
靴をお舐め

(その笑みが、声が、いつまでたっても頭の中で繰り返されて)


「――――それではお嬢様、お御足を拝借いたします。」

 挑戦的な笑みを口元に浮かべ、恭しく膝をつき、わたしの靴に手をかける。本日のわたしの血圧、脈拍数は、この時過去最高値をたたき出した。







その後ゆかりから、絶妙な角度で撮られた、その時の先輩の写真が送られてきたのは、また別のお話。(体中の血液を沸騰させながら、画像保護しましたよと。)
meg (2012年4月24日 16:34)

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