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「あっ」

 と、いう声が口から出ると同時に、周囲が気味の悪い闇へ落ちた。つい先ほどまで稼働していた携帯ゲーム機の画面も、闇に落ちている。時間がくれば、何事も無かったかのように続きが流れ始めるのだが。

(うっかりしてたなぁ。)

 よりによって今、影時間に入らなくても、とひとりごちる。いや、この時間になれば必ずこうなること、分かってはいたのだが。

(こうなると、影時間明けるまで寝られないじゃない。)

 そう、問題はこれ。本やマンガだったら、諦めてしおりを挟み、閉じれば終了。テレビはコンセントを抜いておけばいい。けれど、コレに関しては

(あと、一撃くらいでいけると思ったのになぁ。)

 時間がくれば、ゲームの中の時間も流れ出す。今回相手にしていたウサギ型のモンスター、もう少し早くにクリア出来ている予定だった。だが、結局は自分自身の腕次第。まだまだ順平のようにはいかないか、と、濡れたままの頭をかいた。

 この時間になると、大抵のメンバーはすでに寝ている。だって、やることない、というよりも、やれることがない、からだ。電気も点かないこの状況で、起きていろという方が酷だ。だが今、自分はそれを求められている。いや、もちろんこのまま寝てしまうことだって出来る。(ゲームオーバーになってもオートセーブ型のゲームだから特に支障はないと言えばないし、どうせ長時間放置しておけば勝手に電池は切れるだろう。)ただ、ここまできて諦めるのは、どうにも性に合わないし、何かに負けるようでいやだった。

 さて、どう過ごそうかと思案を巡らす。思いつく暇つぶしの方法は、どれもこれも文明の利器頼みのものばかり。でも、このまま何もしていないと、睡魔に負けて寝てしまう。

 ......兎に角、その睡魔を一番呼び寄せるだろう、ベッドから離れることから始めようか。よいしょ、と上体を起こし、そのまま滑らせるように両足をベッドから出して、立ち上がる。うーん、と背伸びをして、椅子の背もたれにかけてある部屋着用のカーディガンを羽織った。と、その時机の上に置きっぱなしの、あるものに目がいく。五本セットの鉤針と、色とりどりの、固めの毛糸。

「......いいもの見っけ!」

 一番近くにあった、灰色の毛糸と赤の毛糸、そしてその毛糸にあった鉤針をケースから抜き出し、また椅子の上に置いておいたフリースの膝掛とやりかけの携帯ゲーム機を持って。この時間、寮内で一番明るい場所となる、あそこへ行こうと部屋を出た。






 4階にある、作戦室。ここは、いつどんな非常事態になってもすぐに対応できるよう、必要最低限の灯りが用意されている。桐条グループ特製の、灯りだ。ただ、当たり前だけれど、暖房が入っていないので、それまでの余熱があるとはいえ少しばかり寒い。膝掛をもってきて正解だ。革製のソファに腰を落とし、持ってきた荷物をどさりとテーブルに置く。膝掛を少し上の方まで掛け、持ってきた二色の毛糸のうちの一つを取り、輪をつくる。灰色の毛糸だ。作るものは、もう決めている。

(灰色のウサギに、赤のベスト......。)

 完成時の姿を想像して、えへへと頬を緩ませる。我ながら骨抜きだなぁ、と思いながら、ご機嫌で一針一針編んでいく。ひぃ、ふぅ、みぃ、と目の数を数え、時にはほどく。気を抜けば、何目編み込んだかすぐに忘れる。集中、集中。鞄か携帯に取り付けたいから、そんなに大きくなくていい。せいぜい、5~8センチメートルくらいかな。そう大体の目安で、頭、耳、胴体、足、手と作っていく。

「あ、」

 そこまで作って、肝心なモノがここにないことに気が付いた。

「わ、忘れてきちゃった。」
「何をだ?」
「えっと、お腹とかに入れる、綿......。」

 ............ん?

「そうやって、あの編みぐるみも作ったのか。お前の指先は魔法のようだな。」

 とてもすごく、聞き覚えのある大好きな声。この声は、一体どこから聞こえる?前、それとも横?......いや、どちらにもいない。

「......後ろだ、後ろ。」

 少しの笑みを含んだ声が、確かに真後ろから聞こえてくる。導かれるがまま、そうっとゆっくり、顔だけを後ろへ向ける。そこには、普段目にしている制服姿でなく、真っ黒のパーカーにジャージという、滅多に目にすることができないラフな格好の彼。(そういえば、何度も彼の部屋には行ったことがあるのに、そうした姿をあまり見たことがない。事に及んだあとは、そのままの姿に寝入ることがほとんどだし......って、何考えてるのよわたしは!)

「さなだ......せんぱい?」
「他に誰がいる。」

 え、なんで?という顔をしていたのだろう。手に持つ資料をそちらの方向へむけ、

「そこで資料を読んでいたら、気がついたら寝てしまっていたんだ。」

 向けられた方向は、部屋の隅。なるほど、うまい具合に死角になっている。特にこの時間は、ソファの周囲しか灯りが灯らないので、前だけを見て歩いていたわたしには、気がつけないだろう位置だ。

「それにしても、すごい集中力だな。ここまで近づいても、一向にに気がつく気配がなかった。」

 声をかけてくださいよ!と膨れると、あんまりにも集中していたんで悪いと思ってな、と片方の口元だけ上げる優しい微笑みを見せた。わたしが、この笑顔がすきだということを、知ってのことか。胸が、きゅんと言う。

 そんな乙女心を知ってか知らずか、あっという間にこちらまで来て、テーブルに並べていたウサギのパーツのうち、頭部のものを手にとる。

「お前がくれた俺の編みぐるみも、最初はこうだったんだな。」

 それは、ふにゃふにゃののっぺらぼう。胴体との継ぎ目部分も、開きっぱなし。目も鼻もまだついていない。言われなければ、顔になる部分だとわかりもしないだろう。

「綿を詰めれば、今にフクフクになりますよ。」
「早くそうしてやってくれ。これではなんだか可哀想だ。」

 可哀想だ。彼のそんな言葉が、なんだかおかしくて、嬉しくて。ついつい、この子の行く末について、続けてしまう。

「この子には、お洋服も作ってあげます。」
「洋服?贅沢なやつだな。俺の子は、何も着せてもらっていなくて寒そうなのに。」

 たしかに、結構前に先輩にあげたピンクのウサギには、何も着せていなかった。と、いうか、着せられなかった。わたしの下心を悟られるわけには、いかなかったから。

 でも、特別な関係となった今なら、もういいよね。

「......先輩の子には、今度黒のスカートを作ってあげます。」
「ああ、そうしてやってくれ。」
「はい。あ、それと赤いおリボンも付けてあげます。」
「うん?」
「で、この子には、真っ赤なベストに、黒い紐のリボンを付けてあげるんです。」

 えへへ、先輩とお揃いです。そう、嬉しそうに笑う彼女。つまり、俺の子はお前とお揃い、というわけか。まったく、バカだな。......ああ、本当に、バカだな。俺は。

 手に持っていたウサギの頭部らしきものを、そっとテーブルの上に返す。

「......綿詰めと洋服作りは、また今度だな。」

 もともと近かった距離を、ずいっとさらに近づけて来た。ソファのスプリングが軋む。二人分の体重を受けて、さらに沈んだ。

「え、えっと?」
「俺の大きな可愛いウサギは、どうも俺にもっと可愛がって欲しいらしい。」

 そう言って、さらに距離を詰める。その綺麗な顔は、もう目と鼻の先......いやもう鼻と鼻は、こすれ合っている。そのまま深く口づけを落とされ、一度離した後、今度は更に深く、長く口づけてきた。

「――ンッ!......はぁ、」

 思わず、予想だにしていなかった声と吐息が漏れ、慌てて口元を抑える。だがもう遅い。目の前の瞳には、先ほどの優しさはすでに湛えていなく。怖いほど綺麗な、純粋な情欲。拒みきれるほどの行動力と精神力を、すでに自分はもう持ち合わせていない。むしろ、全身で欲している。彼を。だってほら、こうしてパジャマの中に、ひんやりとした手を滑り込まされただけで、こんなにも分かりやすい反応を見せてしまう、自分がいる。

 けれどここは、神聖な作戦室。そんなことをする場所じゃあ、決して、ない。

「ま、待ってせんぱい!ここ、じゃ......ッ。」
「いいから、少し、黙れ――――」

 その瞬間、フッと部屋中が明るくなる。暖房は音を立てて温かな空気を吐き出し、けたたましい音楽が流れ始めた。



First catch your Rabbit

(まずはウサギを捕まえろ。後の話はそれからだ。)



 やがてそれがゲームオーバーの音楽に変わる頃、彼女が部屋から持ってきたものは全て彼の手によって回収され、彼女もろとも、彼の部屋へと導かれた。







どこまで書こうか悩んだ作品。R18にしきれなかった、わたしの小物っぷりが伺えます。ちなみに女主ちゃんがやってたゲームの中身は、モンh(略。
meg (2012年4月25日 13:08)

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