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「母さん、植物の本って持ってませんか?」
「植物?」
 突然我が息子が部屋へ訪れたかと思えば、綺麗に平積みにしてある書物をかたっぱしから崩して、内容の確認にかかる。あなた好みの戦術書なら、そこにあるもの全てがそうだというのに、これも違う、あれも違うと、次々に放り出していった。
「ここ最近は、戦術書くらいしか目を通してないわね」
「そうかぁ~~、母さんなら持ってるかなと思ったんですけどねー……」
「あ、でも、たしかこないだリズが、この辺で花について調べていた気がするわ」
 行軍中に珍しい花を見つけたと言って、植物図鑑を片手にここへ来ていた。(なんでも、皆がいる場所では気が散って調べ物ができないとかで、その点あたしの部屋は、本に囲まれており、かつ部屋の主であるあたしも大抵調べ物をしているので丁度いい、とのことだ。)調べ物を終え、部屋から出ていく彼女の手には、その図鑑はなかった。
「あ、ほらこれよ。これでどう?」
 部屋を見渡せば、その戦術書の群から外れた片隅に、申し訳なさそうにひっそりと置かれた書物が一冊。
「うわぁ~、さすが天才軍師!」
「おだてたって何も出ないわよ。お礼ならリズに言うことね」
 受け取った途端、どかりとその場に座り込み、勢いよくページをめくっていく。後ろの方にある、あとあるページでその動きが止まった。そのまま微動だにせず、食い入るようにそのページを見つめる。
(これが……!)
 100年に一度、満月の夜にしか咲かないという、神秘の花。絵で紹介されているそれは、非常に繊細で、神々しいものだった。薄桃色の花びらで守られた蜜は、水色に淡く光るという。周囲を徘徊する動物や虫も、その花だけは避けて通るだとか。
「……ナーガ草?」
「はい、どうやら滅多に見られない花なんだそうです。どこに咲くのか見当もつかなくて……」
「なんでその花を探してるのよ」
「ンンさんが、ナーガ様から供えるようお願いされたらしく……って、わ!」
 今更、母が真上から覗き込んでいることに気が付き、思わず本を膝から落としそうになる。
「ンン? ンンに頼まれたの?」
「わっ、あっ、えっ、いやっ、その、違うんです!」
「へ?」
「あ、違う、あえと、違わない、違わないです! そう、ンンさんに頼まれたんです!」
「どっちよ……。」
 真っ赤な顔をして狼狽する彼の、膝の上に置かれたその図鑑をひょいと取り上げ、ナーガ草についてのページをまじまじと見る。ふーん、確かに、どこに咲いているかについては、不明と書かれている。だがこうして記録が残されており、またナーガ様ご自身が所望してきたということは、確かに存在しているのだろう。
「うーん、そうねぇ、時の遺跡や龍の祭壇……」
「え、母さんわかるの?」
 母の口から飛び出す地名の数々に、目を丸くして飛びついた。いくら読み直しても、そういった記述はまったくなかったのに。母レベルの軍師ともなれば、これくらい読み解くことは造作もないということか。
「いえ、例えばの話よ。どちらにせよナーガ草は、名前の通り、ナーガ様に関わりのある場所に生えていると思うのよね」
 なるほど、それは一理ある。決して先述のようなことではなかったことに安堵しつつも、そこまで思考が回らなかった自分にやはり、歯がゆさを感じる。本当は、誰の助けも借りず、自分の手だけで彼女の力になりたかった。けれど、そうはいってられない。
「今夜は満月……」
 今日という日を逃せば、次のチャンスが巡ってくるまでに一か月という長い時間を要してしまう。その時の自分に、こういったことをしている暇はないかもしれないし、あるいは、別の誰かが彼女のためにその花を手に入れてしまうかもしれない。それだけは絶対に、避けなければ。
 ナーガ草の咲く場所。ナーガ様の由縁が一番色濃い場所。そうなると、もう虹の降り注ぐあの場所しかない。一晩で複数か所は廻れない。一点に絞らねば。
「……ようし、決めたぞ!」
「きゃっ!」
 こうやって突然自分の中で自己完結させてしまうクセは、間違いなく夫から遺伝している。(逆にルキナはというと、考えていることが全て口に出るというクセがあり、そちらはあたしから譲り受けたものだろう。)瞳をキラキラと輝かせて、「これ、しばらくお借りしますね!」と颯爽と出て行こうとする。
「ちょ、何を決めたのよっ!」
「秘密です! あ、母さん、ンンさんにもこのこと、くれぐれも内密にお願いしますよっ!」
 だから、何のことよと口にするよりも早く、彼は天幕をめくりあげ、走って出て行ってしまう。もうすぐ日が沈む。軍一番の行動派は、この調子だと恐らく夕食時までには戻らないだろう。口をつむぐ報酬に、彼の分のデザートをいただくくらい、罰は当たらないはずだ。
 やれやれ、と頭を掻いて、彼が散らかしていった哀れな戦術書達に、救いの手を差し伸べた。

   *

「あの、ルフレさん……マークを知らないですか?」
 夕食を済ませ、皿を台所へと運ぶ最中、小さなおさげの可愛らしい少女に話しかけられた。今日の食事当番は、どうやら彼女の母と、父だったらしい。とはいえ恐らく、この具の綺麗な仕上がり具合からすると、ほぼすべて彼の方が行ったに違いないけれど。料理中の様子を想像するだけで微笑ましい。
「ああ、マークなら多分、虹の……」
 と、そこまでうっかり口を滑らせて、むぐ、とつぐむ。危ない危ない。そうだった、息子から、他の人はもちろん、特に彼女には内緒だと念を押されていた。
「え、えぇっと……ごめんなさい、わからないわ!」
 ですか~、と項垂れる少女に、申し訳ない気持ちと同時に、興味が首をもたげる。確か息子は、彼女に頼まれてと言っていた。だが、この母を侮ってもらっては困る。きっと彼には、それ以上の事情があるに違いないのだ。
「マークに頼み事? よかったら、戻った時にでも伝えておくけど……」
 基本的に、家族はまとまってテントを宛がうようにしている。そして、彼女達の家族とこちらの家族は、割り当てられたテントの区画が異なっていることから、今日中に二人が再会できる可能性は極めて低い。
「あ、いえ……大丈夫です。ただ、ごはんの時姿が見えなかったもので、気になったですよ」
「あの子、何かに夢中になると、それしか見えなくなるものね」
 それは、むしろ自分にも言えることなのだが。二人の変なクセばかり遺伝しているなぁ、と苦笑する。
「……私のせい、かもしれないです」
「え?」
「私、マークに無茶なお願いをしてしまったですよ」
 嬉しいような、申し訳ないような、そんな複雑な顔をして、頬を染めて俯く。ああ、なんて可愛い。もう今すぐ抱きしめてしまいたいという衝動を、辛うじて抑え込む。これじゃあ彼も大変だ。
「も、もちろん、探してくれたら嬉しいなって思っているですが……それでマークが怪我でもしたら、私……」
 ぎゅう、とスカートを掴む手に力がこもる。そういえば、彼女が仲間になってからこれまで、誰かを頼る姿を見たことがない。戦闘でも誰かが気が付かない限り、ひとりで敵に向かっていこうとする。言いたいことがあっても、我慢して飲み込んでしまう。それが心配で仕方がないと、彼から聞いたことがある。
(こうまで必死に探しているのは、初めてこの子に頼られたから?)
 たとえそうだとしても、それだけの理由で、あそこまで必死に、しかもあたしにまで内緒にしてここまでやらないだろう。あの子は基本的にいい子だから、頼られれば叶えようとする。でもそれは、自分一人の力でなく、時には他人の力も借りて、成し得る。でも今度ばかりは、自分一人の力で得たい。そう感じた。
(そう、そういうこと……。まったく、いつの間にそんなに大きくなっちゃって。)
 もちろん、出会った時からすでに大きかったけれど。母としては、少しばかり寂しいものがあるものよ。それは、ルキナとジェロームの時も同じだったけど。(あの時はクロムも大変だった。)
「大丈夫よ」
 ぽんぽんっ、と、優しく形の良い頭を撫でてやる。絹のように艶やかな髪の毛。色は父親譲りでも、触り心地は母譲り。
「なんたって、あたしの子だもの。あたしにはまだ敵わないとはいえ、十二分に頭の良い子よ。無茶なことはしないわ、あたしが保証する!」
「ルフレさん……」
 ただし、帰ってきたら叱ってやんないとね。こーんなに可愛い子に心配かけて、マークもまだまだね。そう言うと、まるでピンク色のガーベラのよう、笑顔が花開く。
 もうダメ。限界。そのままぎゅうっと抱きしめて、その滑らかな頬に、己の頬を寄せる。
「んも~~、早くマークも素直になればいいのに!それで早く、ンンもわたしの娘になってよもう~!」
「え、えぇぇえええぇぇ~?」



LOVELY BABY

この子達に、惜しみない栄光と幸あれ!



「……どういう意味だ、それは」
 彼女の愛らしさに夢中になるあまり、自分の後ろに忍び寄る不穏な影に気が付かないとは、我ながらまだまだだなぁ。と、思い知らされることになるのは、それから数秒後のことだった。







二人の支援会話ネタ第二弾。ンンのパパはロンクーです。さらっとジェローム×ルキナも。総じてパパは大変だ。
meg (2012年5月31日 16:57)

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