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 心地よい風が、部屋の中でそよいでいる。白を基調とした、薄いカーテンがたなびく。外の木々に留まる小鳥の鳴き声が響くほど、室内は静まりかえっていた。

 一時的に部屋の主となっている彼女は、固く瞼を閉じたまま、穏やかな呼吸を繰り返す。自分は何をするでもなく、意味もなくただそれをじっとベッド傍の椅子に座り眺めていた。

『生憎、今日は岳羽も私も彼女の様子を伺いにいけない。明彦、お前は今日病院で肋の検査だろう?ならば、様子を見てきてくれないか。』

 そう彼女に請われて、こうしてやってきた。何も考えずに了承してしまったことを、今更ながら少し、後悔する。

 どう見ても、自分がいるうちに目を覚ましそうにない。だからといって、何か別のことをするにも気が引ける。たとえ目が覚めたところで、彼女にどう声をかけていいかわからない。彼女にとって、正真正銘の初対面なのだ、自分とは。......とりあえず、「おはよう。」と言っておけばいいか?初対面でそれは、なかなかに気障すぎないか?

「いや、別に普通でいいだろ、普通で......。」

 言い聞かせるように、口にする。そうして、あの日のことを思い返した。

 満月の夜、彼女が入寮してきた二日目の夜のこと。これまで見たことのない大きさのシャドウに、二体のペルソナを発現させた彼女。さすがにその反動は大きかったようで、今もこうして眠り続けたままだが。

(力、か......。)

 確証はないが、どう鍛え力を付けたところで、彼女のような能力を手には出来ないのだろう。大体ペルソナとは、所有者の深層心理から出でし者。どちらかというと、一人につき一体、が正しいはずだ。それなのに、複数体持てるという事実は、一体何を差しているのか。

(......いや、もうやめよう。)

 どちらにせよ、こうして自分一人で考えたところで、答えが出るはずがない。こういうことは、理事長や桐条の研究機関が考えればいいこと。自分はこれまで通り、更に力を磨けばいい。

「もう、こんな時間か。」

 面会終了時刻まで、あと30分。どうやら少し、考えすぎてしまったようだ。彼女を見やれば、相変わらず瞼は閉じたまま。

「......また来る。」

 そう言って立ち上がり、背もたれに掛けていた上着を手に取る。いつも通りそれを背負う形で肩に引っ掛け、病室の扉のドアノブに手をかけようとした。

 その時。

 一陣の風が、室内を駆け抜けた。これまで感じたことのなかった、気配が背中を駆け巡る。―――─まさか、影時間外にもシャドウか?そう思い、慌てて来た方へ振り返る。

 その視線の先に在ったのは、思いがけない存在。

『......どうも。』

 月光館学園高等部の制服を着た、青い髪、青い瞳の男。首には、青いヘッドホンを下げている。

「お前、は......。」

 微かに、彼の体からその奥が見通せる。実体ではないということか、俄には信じがたいが。それにその顔かたち、どこかで見た覚えがある。そう、あの満月の夜だ。

「彼女の、ペルソナ......?」

 オルフェウス、といったか。確かあれも、そんな顔かたちだった。

 両方の手をズボンに突っ込んだまま、スタスタと彼女の枕元まで移動する。そうして、彼女を見下ろして、

『そうと言えばそうだし、違うと言えば違う。』
「......どういうことだ。」
『俺は彼女と共に在るけど、俺は彼女自身じゃない。』
「じゃあ、本来彼女が持つペルソナは、あの一体だけということか。」
『いや......。』

 そこまで言って、口を閉ざした。彼の視線の先には、彼女の顔がある。ひそかに呻き声を上げて、眉をひそめたのだ、彼女が。意識を失ってから見せる、初めての反応だった。

『じきに目が覚める。そうしたら、分かるよ。』

 さらり、と細い指先で彼女の前髪を梳く。うぅん、と苦しげに首を動かした。

「おい、彼女、苦しんで......。」

 悪い夢でも見ているのか、その額には脂汗が浮いている。

『......母似香を、よろしく。』

 ザァァ、と再び、風が吹き荒れる。カーテンは音を立ててたなびき、桜の花びらが室内まで舞い込んでくる。

「ま、待――─っ!!」

 彼に向かって、手を伸ばす。けれど、何かを掴み取る前に、彼は瞼を伏せ、彼女の額から手を離す。その瞬間、ぶわっと大きな衝撃を持って、まるで魔法のように、存在がかき消えた。

「くそ、一体なんだって......」



「――――パパ、ママ。」



 反射的に、その声がした方へぐるりと顔を向ける。声の主は、未だに夢から醒めない眠り姫。

「お願い......。置いて、行かないで......。連れて、行ってよ......。」

 ただひたすら繰り返される、言葉。あまりにも、痛々しい表情。つぅ、と、頬には一筋の涙。咄嗟に拭おうとして、自分の手に付けられた手袋の存在に気付く。そのままでもいいとは思うが、そうではいけない気がして。慌てて外し、そっとそれを拭い取った。

『どうしてパパとママは、お兄ちゃんとわたしを置いていっちゃったの?』

 あの日の、幼い妹の声が蘇る。ひたすら涙を流していた在りし日の少女と、ただ一粒しか涙をもらさない、目の前の少女。

「置いていってなんか、ないさ......。」

 不幸が二人を分かつまで、ただ繰り返しひたすら聞かせた言葉を、こうしてまた辿っていく。

「父さんも母さんも、俺達を大事に思っているから、先に行ったんだ。......置いていったんじゃない。俺達の代わりに、行ったんだ。」

 涙を拭い取った手を、彼女の額より少し上へ移動させ、限りなく優しく、愛情を持って撫でる。以前、そうしたのと同じように。

「だから俺達は、父さんと母さんを悲しませない生き方を、心掛けなきゃいけない。......二人の悲しそうな顔、見たく、ないだろ?」

 すぅ、と、息を吸い込む音がする。それをきっかけに彼女の呼吸は再び緩やかとなり、表情は幾分か穏やかになった、気がした。





 彼女の呼吸が落ち着きを見せてからしばらくした頃、外から騒がしい靴音が聞こえてくる。そう言えば、面会終了時刻まで、あと10分ほど。この騒々しさから察するに、恐らく、彼女の方だ。(ほぼ毎日のように彼女に張り付いていた分、今日来られない、ということが嫌でたまらなかったらしい。必ず、少しの時間だけでも行く、と言っていた。)

 靴音は扉の前で急停止し、呼吸を整えているのだろう、一呼吸を置いて、

「し、失礼、します......。」

 ガチャリとドアノブが回り、顔を出したのは、予想通り。

「あ、先輩!......まだ、いたんですか。」

 相変わらず、この後輩は感情が顔に出る。「気まずい」という四文字が、ありありとその表情に浮かんでいる。

「もうじき、目を覚ますようだ。」
「あ、そうなんですか......って、え!?」
「......後は頼んだぞ。」

 ちょっと、と声をかける間もなく、すごい勢いで部屋を飛び出していった。

 部屋中に落ちている桜の花びらにゆかりが首を傾げたのは、彼が退室してからおよそ3分が、眠り姫が目を醒ましたのは、それから5分が経過した時のことだった。





"母似香を、よろしく。"

 それは、先ほどのことを指していたのか、それとも―――─。

「ああ、クソッ!」



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この日を境に
自分の意識の中で
彼女が占める割合が激増したのは、言うまでもない。



 そうしてお互いが改めて自己紹介をした後、S.E.E.Sへの加入を不安がる彼女に、

「いいから、ちょっと付き合えよ。」

 そう言った時に見せた、少しの笑顔。それを見て、なんだかひどく安心した理由は、この時は知る由もなかった。







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meg (2012年5月 1日 10:50)

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