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「ただ今帰りました~~......っと?」

 勢いよく扉を開ける。が、人っ子一人視界に入ってこない。おかしい、確かにそんなに遅い時間ではないが、そんなに早い時間でもない。少なくとも、帰宅部である順平は、帰ってきていてもおかしくはない。うーん?と首を傾げ、がちゃり、と想像よりも軽い扉を閉める。

「君か、おかえり。」
「美鶴先輩!」

 一歩進み出たところで、真横から声がかけられる。PCデスクにあるその存在に気が付いて、安堵の微笑みを漏らす。彼女も丁度作業が終わったようで、トントン、と束になっている数十枚はある用紙を机に叩き揃え、席を立った。

「普段遅い君にしては、早い帰宅だな。今日は特に、用事はなかったのか?」
「いや、まぁ、ないと言えばないんですが、あると言えばあるんです。」
「と、いうと?」

 ずい、と目の前にあるものを突き出される。中身を容易に想像することのできる、白いボックス。

「今日、あのケーキ屋さんで、限定スイーツ販売日だったんですよー!」

 ちょうど二個しか買えなかったんで、今のうちに、二人で食べちゃいませんか?そう、いたずらっぽく笑う彼女の提案に、「では、私は紅茶でも淹れるとするか」、と乗ることにした。





 机の上に並べられた、紅茶とケーキのセット。可愛らしく飾り付けのされた、モンブランと、苺のショートケーキ。ただそれらがあるだけで、薄暗いこの空間が、華やかな空間へと様変わりする。お菓子の威力は想像よりも、凄まじいものだ。

「あっま~~い、おいっし~~~!!」

 それを、極上の至福、といった顔で頬張る彼女を見て、ふっと、笑みが漏れる。本当、なんて顔をしているんだ。どちらかといえば釣り気味の彼女の眉が、これでもかというくらい、八の字に垂れ下がっている。

「本当に美味しいな、これは。うまい具合に甘さのバランスがとれている。」
「あ、モンブランですか?」
「ああ、そうだ。一口食べるか?」

 ほら、とフォークで一口分すくい、彼女に差し出す。「いただきまーす!」と口をあけ、ぱくり、と吸い付いてくる。

「ああっ!モンブランもおいっしーー!」

 まったく可愛いな、君は。

 フォークを持つ指先には、そんな可愛らしい彼女には似つかわしい、無数の切り傷と、絆創膏。そういえば、この間つけていた額の傷は、随分ともういいらしい。岳羽の処置がよかったのか、傷痕は残らないで済みそうだ。(代わりに、彼女に大目玉を食らっていた姿は、この先も脳裏に残り続けるだろうが。)気を使いで、しかし無鉄砲な彼女の姿は......誰かを、思い起こさせる。

「――――君も、何かを背負っている人間なんだな。」
「え?」
「あの時......君も、躊躇うことなく引き金を引いたろう?」

 あの時、とは、寮では初めての、満月の夜のことだろうか。大型シャドウが出現し、わたしが初めて......覚醒した夜のこと。

「君も......ってことは、わたしより前に、躊躇わずに引き金を引いた人がいるんですか?」

 しまったな、と静かに苦笑する彼女。どうやら、そちらに関しては、無意識に口にしてしまっていたらしい。彼女が入れた紅茶を、一口、口に含む。すこし渋みのある、口当たりのよい綺麗な味。

「ああ、まぁ......君たちよりも覚醒が前で、私以外に君たちが知っている人物と言えば、一人しかいないが、」

 カチャリ、とティーカップをソーサーに置き、机に戻す。半分まで食べた、モンブラン。甘い香りが漂う。

「明彦、が......そうだった。」

 拳銃の形をとる召喚器。弾丸は装填されていないとはいえ、引き金を引くには、多少なりとも覚悟が必要となる。その覚悟を持って、ペルソナを召喚する。そういう意味が込められた召喚器だ。岳羽と伊織はもちろんのこと、自分も、そしてその当時メンバーとして参加していた彼も、引き金を引くには相当の時間と勇気が必要だった。

 それを、彼はいともたやすく、口元に笑みまで浮かべて、打ち抜いたのだ。

「君も気が付いているだろうが、あれは強くなることに貪欲だ。ペルソナを得るということは、新たな力を得るということ。......あれが追い求めている、自分自身の持つ究極の力だ。」

『これが......俺の、ペルソナ......。』

「臆せずに引き金を引いた明彦を、頼もしく思う反面、恐い、とも思った......。」

『これで俺は、さらに強くなった......そういうことなのか?』

 ギラギラと、手にした力への歓喜に輝く銀色の瞳。ボクシングの試合で勝利を得たときに輝かせるそれとは、また違うもの。ひどく、手が、膝が震えたことを、今も覚えている。何故、そうまでして彼が力を追い求めていたのか、を知ることとなったのは、それからしばらくしてのことだった。理由を知って、納得をしたはずの今でもやはり、恐怖は拭いきれない。あの満月の夜など、いい例だ。

「力を目の前にすると、あいつは周りはもちろん、自身をも全く省みなくなる。そのせいでいつか取り返しがつかないことをしでかしやしないか。最悪、あいつ自身の命を摘み取るようなことにも......」
「大丈夫です!!」

 最後の言葉を遮るように、彼女の綺麗な声が、二人きりの空間を通り抜ける。

「......大丈夫、です。真田先輩は、大丈夫です。」

 それはまるで、自分にも言い聞かせるように。

「先輩、ちゃんと周りを見るようにしている、と思います。す、少なくとも、わたしのことは、結構気にしてくれているみたいですし......」

 お前一人に全てを背負わせるつもりはない、と、あの時先輩の言った言葉に、嘘はないと思う。だって、初めて一緒に探索を行った時から、先輩は幾度となく、先頭を走るわたしと同じ位置まで肩を並べ、「無理はないか」、と聞いてくれる。わたしが討ち漏らした時、さりげなくフォローを入れてくれていることも知っている。

「......明彦が、斗南を?」
「あ、ええと、その......この間"はがくれ"に連れて行ってくれて、その、イロイロと......。」

 頬を少し赤く染めながら、しどろもどろ話す彼女に、さらに目を見開く。あの男が。自分以外の異性と二人きりで、しかも"はがくれ"。

「あ、そ、それにその、先輩がもしも突っ走っちゃったりなんかしたら、先輩の背中は、わたしがきちんと守りますから!」

 至らない点もたくさんありますが、その、リーダーですし、それくらいは先輩のお役に立ちます!と息巻く彼女。どちらのお役に、かなんて、聞くだけ野暮だ。

「......そうか、そうだな。」

 そうか、そういえばあの晩、君が引き金を引いたのは、彼女を守るためでもあったんだったな。彼は前に進む力を得る為に、彼女は誰かを守る力を得る為に、その引き金を引いた。

「その後は私が直に、奴へとっておきの処刑をくれてやるさ。」
「はいっ!」

 途端に表情が明るくなる。まるで、お日様のような笑顔。こちらまで、気持ちが暖かくなってくる。そう、そうやって、この特別課外活動部にそびえ立ついくつもの氷山を、溶かしていってくれればいい。

 再びまた嬉しそうに、ショートケーキの残り全てをフォークで突く。そのまま口へ持っていき、ぱくり。今にもとろけてしまいそうな、至福の顔。おっと、少しばかり、口にしたピースは大きかったようだ。

「......斗南、口元にクリームがついているぞ。」
「えっ?」

 慌てて、手の甲で右側の口元を拭う。いやいや、そちらではない。

「逆、だ。」

 それを親指で拭い、そのまま口へと持って行った。――甘い。この分だと、彼女の食べたショートケーキは、さぞかしとても甘かったことだろう。



エーグルドゥース

本当は、逆なんです。
先輩が手に入れたのは、誰かを守る力。
わたしが手に入れたのは、前に進む力だってこと。

そのことに気が付くのは、もう少し先のこと。



「何をしているんだ、何を......。」

 真っ赤な顔をしてこちらを見る彼女と、扉の方から複雑な表情をしてこちらを見る彼に気が付いたのは、これまた複雑そうな声を掛けられてからのこと。








もう、S.E.E.Sメンバーみんなすき......!ハム子とメンバーの交流を書こうシリーズ。次はアイギス!(の、予定!)
meg (2012年5月 8日 10:38)

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