schema
http://monica.noor.jp/schema

「こーら、アイギス!」

 1月某日、タルタロス。本日は深層モナドにて、それぞれのスキルアップを図るべく、散開の上それぞれ戦闘をこなす手筈となっていた。(もちろん、無理はしないが鉄則。厳しいと思ったら、逃げるかすぐに通信機で人を呼ぶべし。)

 なのに、この子と来たら。気が付けば、50メートルほど後ろをこそこそついて来ている。より人らしい感情が目覚めた今、以前と比べて遠慮がちで、足音忍ばせているものの。あからさまにしょげる表情が申し訳なくて、こちらがハッキリと「ダメ!」と言えなくなってしまったことが、少しやっかいといったところか。

「ち、違うであります!たまたまであります!ちょうど私も、こちらへ向かおうと......っ」
「たまたまじゃないでしょー!さっきからずっと同じ方向に来てるの、バレバレだってば!」
「あ、あう......。」

 しかも最近は、"ごまかし"も覚えた。(まぁ、全くごまかしきれていないことは、この際置いておいて。)正論で指摘をすれば、反応を返すことが出来ず、慌てふためく姿はとても可愛らしい。って、いや、今はそういうことを言っているんじゃない。

「今日は、個人個人のスキルアップを図るって約束だったでしょー!?一緒に行動しちゃったら、意味ないじゃない!」
「で、ですが、母似香さんっ!私の一番の大切は、あなたを守ることでして......」
「だから何度も言ってるけど、......!」

 その最中、真後ろから聞こえるシャドウの咆哮。

「――――母似香さん、後ろっ!」

 途端に戦闘形態へと腕を変形させ、構える彼女。数は三体、アルカナは刑死者。ああ、もう、人が話している間くらい、待てないものなのか。

 ホルスターから召喚器を抜き、こめかみに銃口を向ける。引き金に人差し指をかけ、

「シヴァっ!」

 パリィイン、とガラスが割れるような音と共に現れしは、破壊を司る最高神。その手からは風と雷が紡ぎだされ、それは大きな刃となってシャドウに襲い掛かる。

「プララヤ――――っ!!」

 あっという間に切り刻み、そして、闇へ溶けて消える。周囲は再び静寂を取り戻した。

「......さすが、母似香さんであります。」

 出番のなかった武器を再びその身に納め、こちらへと駆け寄ってくる。銃をホルスターへと納め、腰を屈めてシャドウが落としていったアイテムを回収する。

「わたしばっかり、力をつけても仕方ないんだよ。」

 ここ最近、皆よりも抜きんでた力を手にしてしまったのには、訳がある。最強の敵がここ、モナドの頂上にいる。それを一人で討伐してほしい、というあの依頼。一人で最強を相手にしなければいけないと息巻き、真田先輩的に言わせれば、正直鍛えすぎた。最近手に入れたこのペルソナも、強力すぎる。封印してしまえばいいと言えばそれまでだが、もうじき来る1月31日、何が起こるかわからない以上、皆にも個人個人、たとえバラバラになっても対応しきれる力を持っていてほしい。もちろんわたしだって、今以上、もっともっと力が欲しい。後悔しないために。

 だというのに、この子は。

「アイギス!散開のメリットって、なんでしょう?」
「はい!各自がそれぞれシャドウと戦闘することにより、皆で戦うよりも効率よく己の戦闘レベルを上げることができます!」
「ん、よろしい。」

 正解したご褒美、と自分より少し背の高い彼女の頭をなでれば、少し照れくさそうに、微笑みを返す彼女が可愛いと思う。けれど、ふ、と彼女の表情から微笑みが消える。

「......真田、さんも、貴女を守るために、強くなれるとおっしゃっていました。」
「うん?」
「でも、この作戦は......危険と隣り合わせであります。」

 彼女の頭から離れた今もまだ、宙に浮いたままの私の手を、彼女の少しゴツゴツとした両掌が包み込む。体温は通っていないはずなのに、なんだかとても暖かな、手のひら。

「少しの判断ミスで、有利だった戦況は途端に不利へと引っ繰り返り、最悪の場合、死を招くケースだってあります。」
「......うん。」
「確かに、先ほどのようなメリットもあるでしょう。けれど、この状況で、わたしはどうしてもそれが、最良の選択だとは思えないのです。」

 確かに、彼女が言っていることは正しい。少し前の自分なら、散開指示など粗方シャドウの片付いた階層で、脱出装置探索の時以外に出すことはなかった。けれど、

「確かに、アイギス。あなたの言っていることは正しい。」
「でしたら......!」
「でもね、あらゆる状況を考えたときに、こうして、自分自身で選択して行動して、そしてその責任を負うということ......。きっと、わたしだけじゃない、皆にとって必要なことだと思うの。」

 あの日、わたしの中にいた少年と交わした契約。あの青い部屋で、長鼻の主と交わした契約。

「1月31日、ニュクスはこの塔に降りてくる。その時、みんな一緒で戦える、なんていう保障は......どこにも、ないもの。」

 もしも全員が全員、同時にその場で戦えるのならば、わたしはニュクスを倒すために、そしてニュクスから皆を守るために戦う。でも、もしも。もしも、バラバラで各個撃破しなければならない状態に立たされたら?

「わたし、皆誰一人として、死んでほしくなんかない。もちろんアイギス、あなたも。」
「私、は、死にません!」

 トン、と赤いリボンを突く。その奥には、格納されたパピヨンハート。彼女の、核。

「これが破壊されて、中身のパーツが全て一新されてまた動き出しても、それは、わたしの知ってるアイギスじゃない。死んでしまったことと、同じなんだよ?」

 じわり、と彼女の瞳が涙で濡れる。ほら、涙を流す機械なんて、この世で貴女ただ一人なんじゃないかな?

「母似香さ......」
「わたし、わがままでしょ?今わたしの目の前にいるアイギス以外を、アイギスだなんて認めたくないんだ。」

 えへへ、ごめんね?と、心にもない謝罪を、彼女に贈る。それを否定するかのように、ぶるり、と首を振った。

「アイギス、確かあなたの名前は、女神アテナの防具からきてるんだよね?」
「は、はい......。たしかに、そのように教わりました。」
「ねぇ、だったらさ、」

 彼女の心音に耳を傾けるように、そのまま彼女自身を抱きすくめる。無機質で冷たく固い皮膚、体中を巡る真っ黒な血液。それらは全て、貴女の命を形作る大切な肉体。

「わたしだけじゃなくて、皆を守れるように、アイギス自身が生きるために強くなって。そうすれば、アイギスは死なない。わたしも、死なない。」

 ポツ、ポツと、わたしの頬に、彼女の両目から溢れ出る暖かい雨が降り注ぐ。まったくいつの間に、そんなに泣き虫になっちゃったの?そう言うと、「母似香さんや、みなさんのせいであります」と、両掌で、隠すようにその顔を覆った。

 その体から両腕を離し、そっとその天岩戸を開こうとした瞬間、

『真田先輩、敵四体に囲まれてピンチです!至急、援護をお願いします!』
『山岸っ!必要ないと言っている!!』
『いくらなんでも、無茶です!リーダー、ゆかりちゃん、アイギス、お願いします!』
『お、おい山岸、待っ......!』

 彼女の怒号と彼の情けない声が響き渡り、そのままブツリ、と通信が切れる。恐らく、これ以上ゴネられないよう、風花が強制的に切ったのだろう。やれやれ、ご苦労をおかけします。

「......ほら、こういう無茶な人もいるし、ね?」

 いつの間にか開かれた天岩戸の向こうにある彼女に微笑み、はーやれやれ、と薙刀を構え直す。彼の位置を聞くべく改めて通信機のスイッチを入れようと手を伸ばす、と、それを遮るかのように、

「真田さんの気配は、こちらから数十メートル先、十字路を左に曲がったところにあります。」

 ガチャリ、と音を立てて、その右手を戦闘形態へ変換する。

「彼を、守るのも......私の大切な、仕事でありますね。」

 さぁ、行きましょう!とそちらの方へ向かって駆け出そうとするその背中に、まずは答え合わせを。

「......ブッブー。」
「え?」

 進みだした足を止め、その眼を皿のように大きくしながら振り返る。

「お仕事、じゃなくて、お願い、ね?」



my dear
ceramic girl

その想いは、作りものじゃないでしょう?



 そう言い終えるや否や、今度はわたしが答えを待たずに駆け出し、呆けたままの彼女を追い越す。 

「――――はいっ!」

 少しの間の後、後ろから嬉しそうな正解音と共に、軽やかな足音が聞こえてきた。








うちの女主ちゃんにとって、コミュMAX後のアイギスは妹のような存在。いつもはゆかりに世話を焼かれる彼女が、世話を焼きたくなるそんな感じ。
meg (2012年5月 9日 13:15)

Mail Form

もしお気づきの点やご感想などありましたら、
mellowrism☆gmail.com(☆=@)
までよろしくお願いいたします。

Copyright © 2008-2012 Meg. All rights reserved.