schema
http://monica.noor.jp/schema

 それは寒い寒い、とても寒い、雪の吹雪く朝のことだった。
『……母親が、死んだ』
 お父さんのいつも暖かい手のひらが、その日ばかりはとても冷たい気がした。それでも幼いながらに、この手を離してしまえば、もう二度と触れることが出来ない気がして、必死に掴んで、たどたどしく歩いていた。
『――様、今、何と……』
『ああ、この子の母親、――が死んだ』
『な、なんという……まだこんなに幼いのに……』
 その兵士は膝を地面につき、私の顔を覗き込んでくる。度々私とお母さんの遊び相手をしてくれた、心優しい兵士だった。この時の私は、まだ"死"を理解できておらず、またどうしてこの兵士がこんなにも悲しそうな顔をしているのかわからず、ただただ不思議そうな表情を返すだけだった。
『悪いが、俺が戻るまで、この子の面倒を見てやってくれないか』
『え! で、ですが……』
『この子の援助は国が行うと陛下が約束してくれた。決して悪いようにはしない』
『いえ、そういうことではありません!』
 ずっと繋いできた手を離され、トン、と背中を押し、一歩前へ歩みだされる。背中から、温かい手のひらが離れていく。
『――様は、自分にご息女を託し、どうなさるおつもりですか』
『……俺、は、』

 俺は、この手であいつの仇を、討つ――――





「ンーン、起きて、ンンー!」
 ゆさゆさと体を揺さぶられ、がばりと上体を上げる。暖かい空気が流れている。肩からは、いつの間にかかけられていたショールが、ずるりと落ちた。
「あ、あれ、ここ……」
 両目を擦って、改めて周囲を見渡せば、天幕の隙間からは暖かい日差しが差し込み、自分の座る机の上には数冊の書物。少し離れた場所に、紅茶の入ったマグカップが置かれ、目の前には大好きな友人から借りたばかりの、一冊の書物が開かれたまま置かれていた。どうやらそれを、枕にしてしまっていたらしい。
「んもう、やっと起きたー! ねぇねぇ、今日はロンクーも一緒に、ピクニックに行くよ!」
 そして右隣には、幼い笑顔(いや、むしろ全体的に幼いのだが)の母の姿。毎回勉強をするたびに邪魔をされていたが、それを見かねた父にあることを提案され、それを飲んでからは、こうして決められた時間になると誘いをかけるようになった。
「サンドイッチ作ってくれたんだよ、ロンクーってすごいよねー! ……あれ?」
 ただ茫然と彼女の顔を見つめていた私に、突如手を伸ばしてきて、びくりと肩を揺らした。その手は私の頬をとらえ、親指でゴシゴシと、目元を擦る。
「ンン、怖い夢見てたの?」
 え? と自分の手で目元を触る。他の場所とは違う、少しカサついている感触。
「え、えと……どんな夢か、忘れちゃった、ですよ……」
 笑ってみせる。我ながら、ぎこちなかったと思う。変なところで鋭い彼女には、そんなごまかしなどまるで通じないこと、わかってはいるけれど。先ほどよりも増して、じぃっと見つめてくる彼女の視線を、そのまま瞳で受け止めるには少しばかり気まずくて、ついつい俯き自分の手を眺める。あの時、彼の手をもう一度掴むことが出来なかった、小さな手。
 と、優しくポンポン、と頭をたたく、彼女の手。
「大丈夫だよ、ずっとノノが傍にいるよ!」

『大丈夫だよ、ずっとノノが傍にいるよ』

 今の彼女から少し大人びた声が、重なる。向けられる笑顔も、優しさも、同じ。そう言ってあの日、彼女は戦いへと赴き、そして二度と、帰って来なかった。
「おい、こっちの支度はもうできたぞ。そっちは……って、お、おい」
 ぼろぼろと零れ落ちる涙。ちょうどその瞬間に顔を出した彼は、そんな私を見て慌てだす。あっという間にこちらまで歩いて来て、よいしょ、と私を持ち上げた。
「どうした、何か悲しいことでもあったのか?」

『大丈夫だ、父さんはこの国で一番強い。だから、すぐにまた会える』

 そう言って翌日出て行った彼もまた、二度と自分の元に帰ってくることはなかった。それからの自分の生活の恨み辛みを、彼らにぶつけたって仕方がない。わかっている、わかっているけれど、縋らずにはいられないのだ。
 そんな、在らん気持ちを込めて、彼の逞しい首筋にしがみ付く。暖かい、本当はずっとこうしたかった。
「あー、ンンずるい! ノノも、ノノもーっ!」
「お前な……」
 そう言いながらも、空いているもう片方の手で彼女を抱き上げる。ちょうど同じ高さまで来た彼女は、そのまま私と彼を上から抱きしめた。
「三人ずーーーっと、一緒だよ!」



RE:PROMISE



 時間を超えて、今再び結ばれた約束。今度は待っているだけの子供じゃない。お父さんとお母さんと一緒に、私もその約束を守るため、出来ることがたくさんあるのだから。








書き終わってから、ロンクーとンンの支援会話A「物心ついた時には、二人共そばにいなかったですよ」を、思い出したですよ。Oh...
meg (2012年5月28日 17:07)

Mail Form

もしお気づきの点やご感想などありましたら、
mellowrism☆gmail.com(☆=@)
までよろしくお願いいたします。

Copyright © 2008-2012 Meg. All rights reserved.