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 彼女がいなくなったあの日から、明後日で丸二年が経とうとしていた。

 やらなければならないことは山ほどあった。ギムレー復活の際に、被害がでた近隣の村への手当や、ヴァルム帝国、ペレジアへの復興支援。そして記憶をなくした姉の待遇について、臣下との話し合い。(こちらについては、もともと皆より親愛を得ていた姉のこと、特に混乱なく納めることができた。)
 こうして自分一人で政務に当たってみると、これまでこれらを一人で振るってきた彼女の手腕に舌を巻く。いや、もちろん任せきりにしていたわけではない。自分に振って沸いた問題を彼女に相談すれば、見事にさばいてしまうものだから、ついつい頼り切りになってしまっていたのだ。
「クロム様」
 ひとまずひと段落し、どかりと王座に座り込む。フー、とため息を吐き、ぐしゃぐしゃと頭を掻き回す。そんな様を、さして気にする様子もなく、かつて自警団副長であり、現在も自分の片腕を務める気難しい騎士が進み出た。
「お疲れのところ、申し訳ありません。フェリアから、使者の方がいらしております」
「使者……?」
「ええ、クロム様もよく知っているお方ですよ」
「わかった、通せ」
 一つ咳払いをして、姿勢を正す。知っている顔なら特に気張る必要もないが、まぁ、王城だしな。かしこまりましたと一礼し、少し距離のある大扉へ歩み、いいですよと声を掛ける。外側で待機する左右に並んだ兵士が重々しい扉を開け、現れたのは、確かに見知った顔だった。
「……失礼する」
 扉をくぐりこちらへ歩み出れば、脇に控えるメイドたちが感嘆の吐息を漏らす。女は嫌いだと言い、極力距離を置こうとしたものの、軍の女性陣には全く通じず、逆に、絶えず振り回される日々を送っていた彼にとっては迷惑な話であることこの上ないであろうが、諦めてもらうしかない。というか、かつて我が軍にいた将たちは、彼女たちに言わせてみれば、上玉揃い、だったそうだ。戦争が終わり、それぞれの帰る場所へ方々に散っていったことを、残念ともらす者もいる始末。平和になったものね、と、彼女なら笑うだろうか。
「久しぶりだな。バジーリオやフラヴィア、それにノノは元気か?」
「お二人は、まぁ忙しくはしているが、元気にしている。あいつは……言うまでもないだろう」
「相変わらずなんだな。」
 くっくと、喉の奥で声を噛み殺すように、小さく笑うと、愛想のない顔を憮然とさせ、ため息を吐いた。
「……お前は、少し痩せたな」
「そうか? あまり自覚はないが」
「いや、そうだな……やつれたと言った方が、正しいか」
「…………」
 王からの親書だ、と、意外と丁寧に差し出してくるそれを受け取り、ぱらぱらと開く。フェリアの現在の情勢や軍備、また他愛もない世間話など、いかにも豪快な文字と案外神経質そうな文字が並んで綴られている。
『また近々四人で、酒を酌み交わしてぇなぁ。』
 そう書かれた箇所を見て、目を細めた。
「――フェリア国王からの親書、確かに受け取った。遠路はるばるご苦労だったな」
「いや、久しぶりにいい運動になった。こう平和では、腕がなまる一方だ」
「なんだ、近隣の賊でも狩りながらきたのか? 相変わらずだな」
 そういえば一刻前に、ざわざわと兵士たちが城門に集まっていったようだが、そうかそういうことだったかと、肩をすくませる。
「なぁ、だったら、この後剣の相手をしてくれないか。特に予定もないんだろう?」
「……別に暇だから、使いに寄越されたわけではないぞ」
「ははっ、わかっているさ」
 眉間に皺を寄せたものの、特に断るつもりではないようだ。傍に控えたフレデリクに「ほどほどにしてくださいよ」と小言を言われるものの、こちらもさして咎める様子はなく、三人連れだって王の間を後にした。

   *

「なっにが、腕がなまった、だ……」
 手に持った木刀を地面に突き刺し、近くのベンチに腰を落として肩で息を繰り返す。彼も構えを解き、フン、と鼻を鳴らした。
「お前こそ、政務に明け暮れてばかりかと思えば、意外に勘は鈍ってはいないようだな」
 顔色こそ変わってはいないものの、首筋を汗が一粒滴り落ちる。行軍の中何度か鍛錬に付き合わせたが、勝負が決することは一度としてなかった。そしてまた今回、その数に一つ加わることになった。
 もう夕暮れ時。そろそろ宿屋へ向かわねば夕食にありつけない。ここに泊まればいいと言うものの、そういうわけにいくかとすげなく断られる。自分が使ったものと、未だ地面に突き立てられていたそれを抜き、合わせて木刀立てへ立てかける。
「戦局を変える、は、あいつの口癖だったな」
 決まって必殺の一撃を繰り出す際に、彼女はそう叫んでいた。そして彼もまた、先ほどそう叫んだ。
「……運命は変わったからな。しばらく、借りることにしたんだ」
 そうすることで、戦う最中も彼女と共に在るような、そんな気がするから。口には出さなかったものの、彼には伝わっているだろう。剣で全てを語り、そして全てを理解する、彼はそんな男だ。そして恐らく、かつて自分が彼に感じていたつまらない嫉妬心すらも、見抜かれていたに違いない。こちらに関しては、今後もずっと、黙っておくことにする。
『決めたわ! あたし、絶対にもう一度あなたを笑わせてみせる!』
(早く、戻って来てやれ。)
 フェリアまで続いているであろう夕焼け空を仰ぎ見て、瞼を閉じた。

   *

「おとうさまっ!」
 ロンクーを城門まで見送り、再び城内へ入ったところで幼い娘に捕まる。つい最近三つになったばかりの、可愛くて仕方のない、俺達の娘。
「待たせたか、ルキナ。父様の今日の仕事はこれで終わりだ。」
「ほんとう? じゃあ、るきなのおうた、きいてくれる?」
「ああ、もちろんだ」
 よいせ、と抱き上げる。どうやら、母親の絵も歌も下手であった点は、彼女に受け継がれなかったらしい。毎晩飽きずに彼女に可愛らしい歌を聞かせてもらえる自分は幸せ者だ。そしてまた、すでに大きくなった彼女の姿を、彼女の婚礼の儀を一足先に見られた自分も。
(お前はまだ、俺の傍にいてくれよ。)
 でなければ俺は、ヴィオールのところに生まれたばかりのあの男を、粛清しに行かねばならん。



Day After Tomorrow

運命の交差まで、あと二日



 こうして一国の王の一日は、幕を閉じる。








クロムを婿にもらうかロンクーを婿にもらうか、ぎりぎりまで悩んでいたのはわたしです。
meg (2012年6月 5日 17:01)

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