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 あてがわれた天幕の中で、寝床に横になって、天井をぼんやりと見つめる。こんなところを仲間に見られようものなら、口々に珍しいと言うだろう。自分ですらも、そう思う。けれど今は、いつものように机で戦術書を眺める気にはならない。先ほどからずっとこうして、ナーガ様に言われた言葉と、クロムに言われた言葉を、頭の中で反芻し続けている。

"あなたがギムレーを殺せば……あなたもまた死ぬことになるでしょう"

(――素晴らしい旦那様、素晴らしい子供たち。そして、素晴らしい仲間たち)

 贖罪とも言えるけれど、世界のために働き、そして世界のために役立つこの命。

(とっても素敵な終わり方じゃない。こんな幸せ、他にはないわよ?)

 この時代に甦りしギムレーは、あたしの過去の弱さそのもの。忌まわしい現実に縛られ、クロムとの絆を信じきれなかった自分自身。だからある意味、あの時彼女があたしの心に介入して、結果記憶がなくなってしまったことを感謝しなければならない。記憶がある状態で彼と出会い歩いてきた過去のあたしが、どう感じ、どう思って過ごしてきたのかはわからないけれど、少なくとも今のあたしとは、同じように見えて全く違う道を歩いてきたことに間違いないのだろう。

"自分が犠牲になってみんなを救おうなんて思わないでくれ。いいな、ルフレ?"

 すっと、天に向かって左手を伸ばす。薬指には、聖王家の紋章が入った指輪。
 不器用だけど、正面からぶつかってきて、ずっとあたしを守ってきてくれた。あたしのことを、あたし以上に信じてくれた。

"……わかったわ。ごめん、クロム"

「ごめん、クロム……」
 過去のあたしがしでかしたことの尻拭いは、現在のあたしが行う。本来の時代を、過ごしてきた月日を捨てて、ここまで来てくれた未来の子供たちのために、彼らの両親が結んだ約束と同じよう、今、あたしもここで誓おう。
(あたし達の愛する人は、あたし達が、守る――)
 だから、この命と引き換えに、<過去のあたし>を殺すということに、躊躇することも、恐怖することも、ない。
 そう思った途端に、まるで走馬灯のように、これまでの幸せだった日々が脳裏に甦る。全ての始まりの日、あたしの手を掴んだその大きな手のひらの暖かさ。お互いが異性であると認識したあの日、そしてお互いの裸を目撃してしまったあの日。絆を確かめ合ったあの日、にも関わらず、彼に避けられ続けたあの日々。嫌われてしまったのかと思い悩んだ、苦しかったあの日々、そして一転して、一気に幸福に包まれたあの日。

「やめ……てよ」

 初めて手をつないだ日、初めて口づけを交わした日。初めて一つになった日、そして、初めて愛する娘をこの手に抱いた日。

「行きたく……なくなるじゃ、ない――――」

 両目から止め処なく涙が溢れだす。かすかにどこからか、「ごめんなさい」と涙に濡れた、己の声が聞こえた気がした。



Kyrie Eleison

母を亡くしたあの日以来、初めて一人で泣いた夜だった。









クロムについた、最後の嘘。記憶がなかったということも、彼女がファウダーの術に多少なりとも抗えた要因の一つであると思うわけです。
meg (2012年6月11日 16:03)

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