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「「は、はぁぁ~~!?」」
 よく晴れた空の下、グラウンドに二人の少女の叫び声が綺麗に重なった。
「な、な、なによこれ! どうしてあたし達だけこんな丈の衣装なの!」
「そうだよ! みんなだって今惜しげなく生足披露してるんだから、もったいぶることない!」
「母似香、そういう問題じゃないの!」
 ピシャリとテニス部部長兼リーダーである岩崎理緒に言い放たれ、しゅんと見えない長い耳を垂れる会計係、斗南母似香。二人して非難の声を上げつつも、論点は全く違ったということだ。時々この子はずれている。そう、二人を取り囲む部員たちは、心の中で呟いた。
「みんなは、トップスだけで黒いパンツをはくって書いてあるじゃない。なのに、どうしてあたしと母似香だけ、スリットのあるミニのドレスなのよ!」
 時は2010年5月。9月に控えた文化祭に向け、それぞれが動き出す頃だった。テニス部としては、外部の高校を呼んで招待試合を行うことはもちろん、喫茶店まがいのことをすることが恒例となっていた。去年は弓道部が部内一美人のゆかりを持ち上げて、メイド喫茶をしようとしていたことは記憶に新しい。今年は、学内一美人と呼び声高い少女と、爽やか系美人として同性にも人気の高い少女が二人揃っているということで、それを無駄にしない使い方をしようと部員たちは息巻いていた。該当する部長と会計係を差し置いて。
「しかも、部長印押してないのに、もう認可降りてるし!」
「そりゃあ、理緒に相談したら絶対却下されると思ったんだもん。」
「するでしょそりゃ! まったく、あの風紀委員長は何やってるのよ……!」
 文化祭での出店・異装の許可出しを担当とする、普段口うるさい風紀委員長こと小田桐秀利を落とすのは簡単だった。彼が彼女に骨抜きであるということは学年内では有名な話で、無論今回もそれをフル活用させてもらった。
「……母似香、あんたのせいだからねっ!?」
「ふぇえっ、な、何で?」
「うるさい、今日は部活終わりにはがくれ特製、もちろんアンタのおごりで!」
「え、えぇぇえぇ~! オーボー、オーボー!」
 そんな母似香の悲痛な叫びを綺麗に無視し、部員たちの方へ向き直る。
「アンタ達も、わかってるでしょうね……?」
 未だかつて見たことのない、絶対零度の微笑みを前に、今日はトラック回りランニング5周では済まされない、そう部員たちは覚悟を決めた。

   *

「つ、つっかれたぁ~……。」
 家に着いた瞬間、倒れ込む。時計の針は、すでに20時を回っていた。
 今日は金曜日。倒れ込んだ先のベッドは、いつもの二段ベッドで、かつ同室のゆかりのものではない。床に敷かれたカーペットも、華やかな黄色ではないし、並べられた二つのデスクは見当たらない。
「お前が音を上げるなんてめずらしいな」
 そう言って、寮の部屋にはないキッチンから、アイソトニック飲料とグラスを携えて出てきたのは、去年まで共に暮らし、共に戦い、そして高校を卒業し大学へ進学した男。眉目秀麗、超高校級ボクサーとして、月光館学園に数々の伝説を打ち立ててきた男、真田明彦その人であった。
「今日のメニュー内容聞いたら、誰だってこうなりますよ……。しかも、理緒の冷たい視線付きだもん。ラーメンの味すら冷たく感じました」
「ははっ、なんだそれ」
 空いたグラスに注がれたアイソトニック飲料をチラリと見、手を伸ばす。喉に流し込めば、じんわりとグレープフルーツの味が口内に広がる。今日初めて味のあるものを体内に取り込んだ気さえしてきた。
「お前は、嫌じゃないのか? ……その、例の衣装を着ることに」
 微妙に口ごもる。確かに、アレはメイド服やナース服、サンタ服と並んで、男性にしては口にしづらい単語ではあるなぁ、と思う。
「んー、タルタロスで鍛えた身としては、そんなに気にならないですかね。晒して恥ずかしくなるようなスタイルではない自信がありますし」
「まぁ、そうだな」
「そもそも、あんっっなに際どい装備を着たことのあるわたしが、あの程度で恥ずかしく思うことなんてなくなっちゃいましたよ、もう」
 そう言われ、いつぞやか目にしたあの際どい、白いアーマー装備が脳裏に蘇える。ああ、たしかにアレは、きつかった。いろんな意味で、精神力の鍛錬にはなった。もう二度と着ないで欲しい……いや、着るならせめて自分の前だけにして欲しい。
「まぁ、わたしとしては、理緒のドレス姿見られるなら、もうそれだけで本望ですけどねー!」
 フンフン、とそれまでの醜態はどこへやら、ご機嫌で鼻歌まで口ずさみだす。どちらかというと彼女は、岳羽や美鶴といった女子が愛らしい格好をすることを、まるでそこいらにいる男子のように喜ぶ。メイド服やサンタ服など、順平と共に調子に乗って彼女達へ着せた回数は、一度や二度では済まない。しかもその条件が、「まぁまぁ、ホラ、わたしも着るしさ!」と自分のことは二の次である。どれだけ自分が魅力を持っているかなんて、知る由もない。
「……行くからな、文化祭」
「え"……」
「なんだ、その顔は。俺が行くのは嫌なのか」
 大体彼女は、自分が言うのも何だが鈍すぎる。あの風紀委員に始まり、彼女に不純な想いを抱く男子生徒なんてそこいらじゅうにいるだろうに。
「い、いや~~……そういうわけじゃ、ないですけど……」
 彼が卒業したことにより、ようやく恐ろしいファンクラブが沈静し始めたというのに。彼が文化祭に姿を現した日には、その勢いがぶり返すことはもちろん、新たな敵が生まれかねない。
((ああ、誰にも見せたくないな……))



シャッター

スイッチを押した途端、自分以外の眼に映らなくなればいいのに。



 二人同時に、大きくため息をつく。その理由までも同じようなものだということに、二人が気付く由もなかった。








ちなみに、予想がついている方もいらっしゃるかと思いますが、例の衣装はチャイナ的なドレスです。
meg (2012年6月 6日 15:48)

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