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 あいつの顔が嫌いだ。

 ……いや、語弊があった。ふとした瞬間見せる、空虚感に満ちた表情を見るのが嫌いだ。表情には笑みを浮かべているはずなのに、まるで能面のよう、感情を何も感じ取れないのだ。それはこれまでにも幾度とあったが、あの大晦日以来、急に数が増した。
 影時間に入り、タルタロスと化した校内へ入る。向かったのは、いつもの塔ではなく、いつの間にか出現していた、モナドと彼女が呼ぶ扉の中。彼女と二人きりで、入った。
「約束の日まで時間はありません。各自一人一人のパワーアップを図るべく、交代で、わたしと一人で入りましょう」
 わたしがここまで、と感じた段階で引き揚げます。回るフロアは一階のみです。そう言う彼女の提案に、誰一人として異を唱える者は居なかった。皆それぞれが、限界などなく、つけられる力は全てつけて臨みたい、そう思っているのだ。
 大体一人当たり30分ほどで戻ってきた。天田から始まり、岳羽、伊織、アイギスと続く。(最年少の彼を一番に選んだのは、言うまでもない、彼女の気遣いによるものだ。)そしてコロマル、美鶴と行き、最後に俺の名が呼ばれた。彼女が言うには、
「さすがのわたしだって疲れます。疲れて判断力が低下している時は、一番安心して判断を委ねられる人と行きたいんです」
 とのこと。そう言われてしまうと、反論など思いつくはずがなかった。

 扉の奥に足を踏み入れた途端、沸いて出るシャドウに、息つく間もなく技を繰り出す。倒して少し進めば現れ、倒して少し進めばまた現れる。ようやく広間に辿り着き、シャドウの登って来られない高台へと到達したころには、すでに15分が経過していた。
「全く……俺に前に全員入って相当量を倒したんだろう? それなのに、なんなんだこの量は」
「本当、入るたびに沸いてくるんですもん、毎回びっくりしますよ」
 壁に背中を預け、肩で息をする。彼女もそうした挙句、ずるずると床へと腰を落としていった。さすがの彼女も、自分で言っていた通り、七回目のモナドとなると、疲れを隠せないらしい。ポケットから飴玉を取り出し、ぽいと口の中に放り込む。
「……シャドウは、人の感情が生み出しているものなんですよね」
「ああ、確かにそう聞いたな」
「倒しても倒してもキリがないくらい、絶えず皆そんな思いを抱えているんですね」
 困りましたね、そう言って笑みを浮かべた。
 …….いや、違う。
 表情を、殺した。

「……山岸。」
『え? は、はい!』
「すまない、俺がいいと言うまで、通信を切るぞ。」
『ええっ! ちょ、ちょっと待っ……――――』

 ブツリと嫌な音を立てて、こちらから通信を切った。ぽかんとした顔で、彼女はこちらをただ見つめている。きっと今頃、玄関口で彼女は混乱していることだろう。悪いことをした。もちろん俺も、女帝から処刑を受ける可能性は否めない。だが今、そんなことを気にしている場合ではなかった。
 お互いに無言のまま、彼女の細い腕を引っ張り上げ、そのまま抱きしめた。突然の展開に頭がついていかず、瞼を繰り返し瞬かせている様子が目に浮かぶ。
「……おい」
「は、はい!」
「なんで、そんな顔をするんだ」
 彼女の動きが、止まった。自分で気が付いていないのか、そう言うと、少し遅れて、いえ、と肯定とも否定とも取れる答えが返ってくる。
「そんな顔、してましたか」
「していた……というか、今もしているだろう」
「そ、そうですか……困ったな」

 弱弱しく、泣きそうな声で笑う。すみません、と小さく呟いて、背中に腕を回してくる。

「作ってる、んじゃないです」
「ン……?」
「どちらかというと、その……考えないようにしてる、っていうか」
 たどたどしい彼女の言葉に、ただ黙って耳を傾ける。自分でもどんな表情を浮かべていたのかはわかっていないのだろう、ただその原因だけは、分かっているようで。
「……ニュクスを倒したとしても、結局人のそういった感情がなくなることはないんです。だってそれは、"人"だから」

 なくすことはできない。それが在りつづけることが悪である、というわけではない。けれどその感情が存在する限り、ニュクスが訪れる可能性は存在し続ける。

「わたし達は絶対に、ニュクスを倒します。だけど……次もしまたこんなことになったら、わたし達のような人が現れるのか、そして今回と同じように選択するのか……倒せるのか……わからない」

 わたし達はいい、わたし達は。痛みも悲しみも乗り越えて、今がある。絆がある。存在がある。けれど、知らない誰かにこれを課すには、重すぎる。

「どうしたら二度とニュクスが訪れることがなくなるか……考えるんです」
「考えたら、得られるものなのか?」
「………….」

 倒しても倒してもキリがない。そんな存在を、どうしたら現れないようにするのか。

「いえ……」

 例えば、ゴールに向かって誰かが走り出す。どんなに距離のあるゴールでも、時間をかければ、誰だって辿り着く。それをどうやったら辿り着かないようにするか、考える。

「……何も」

 前から障害物を投げたって、避けたり障害物の出口を見つければ、時間はかかるけど這い出すことができるだろう。

「何も、わかりませんでした……」

 だったら、ランナーにロープを引っかけて、重たい重たい重石をのけてしまえばいい。あるいは上から、天井までつけた囲いを落としてしまえばいい。そうしたら、どんな人だって、それ以上進めなくなるでしょう?

 そこまで考えると、必然的に浮かんでくるものがある。

(ワイルドの力を持つわたしが、ここに居る意味)

 なんとなく、そういうことになるんじゃないかって

(わかってしまいたくなくて、)

 そんな考えを、封じ込める。

「だったら考えるな。前だけを見ろ。前を見ていれば、掴めるものがきっとあるはずだ」

 お前は一人じゃない。お前には俺がいる。そうしてさらに力を込めて、そんな想いを込めて、抱きしめてくれる。

「そう……そうですね……」

 だからわたしも、負けじとありったけの想いを込めて、抱きしめ返す。

「もう、大丈夫です」

 だってこの世界には、あなたがいる。

(ありがとう、先輩)



ストイシズム

そうしてわたしは、それを受け入れる覚悟を決めた。








二人でモナド登頂は、実際にプレイ中よくしていました。
meg (2012年6月14日 17:24)

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