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「――――……ん」
 足元から伝わる、ひやりとした床の感触。けれど冷たく感じるのはホンの小さな面積だけ、後は至極暖かく、柔らかい。
(あれ、私、寝ちゃってた……?)
 頭がぼんやりとする。視界はぼやけたまま、はっきりとしない。
(えと、確かジュネスで人参と玉ねぎを買って、でもルーを忘れちゃって……)
 つい先ほどまで自分が体験していたはずの出来事を、順を追って言い聞かせる。仲居さんや板長さんの、私が料理をするということに対する普段とは違った反応だとか、なぜジュネスから急に旅館の台所に場面が切り替わったのかだとかは、曖昧な記憶ということで、とりあえず考えないことにする。
(それで、カレー粉なら代用できるかもって取りに行こうと、秘密基地に……)
「――天城?」
「秘密基地に、カレー粉……」
「何言ってるんだ、天城」
 笑みを含んだような、聞き覚えのある男の人の声が耳に入った瞬間、思考と視界がクリアになる。瞼を開け広げた視界に飛び込んできたのは、眼鏡をかけた、端正な顔立ちに灰色の髪を持つ少年。
「とっ、ととととと、斗南くんっ!」
「おはよう、天城。よく眠れた?」
「ご、ごめんなさいっ、だって今探索ちゅ……っ!」
 と、勢いよく姿勢を正そうとした瞬間、背筋にビリリと痛みが走る。思うように、体が動かない。そういえば、上体はあげられているものの、それは自分の意思でなく、彼の腕により支えられていた。
「動かないで。表面の傷は癒せたけど、内部の傷は、俺の力じゃ及ばなかった……ごめん」
 そう言って、眉間を歪ませ頭を下げる。ここまで来て、ようやくこれがどうしてこのような現状に至ったのか、頭の回転が追い付いてきた。
「そんな、違うよ! 私が勝手にやったことだから、斗南君が謝ることじゃない!」
 そうだ、そうだった。先刻の戦いの際、バランスを崩した彼めがけて飛んできた攻撃を、咄嗟に飛び出して代わりに受けたのだ。しかも、不幸なことにそれは氷結魔法。強化したペルソナでも克服できなかった、私の弱点。私の名前を呼ぶ彼と、突然のことに混乱する千枝の姿を目にしたのが最後、意識を手放してしまったのだ。
「斗南君が、無事ならなんでもいいの。ね、だからお願い。顔を上げて?」
「天城……」
 それは本心。自らが生み出した鳥籠から私を救い出してくれて、そして、私と同じ想いを抱き、打ち明けてくれた。そんなあなたがここに在ってくれるなら、わたしはなんだって構わない。
「それは……駄目だ」
「え?」
「次それ言ったら、本気で怒るよ、雪子」
 顔を上げたと思った途端、ぐいと引き寄せられ、きつく抱きしめられる。とても強い強い抱擁に、体のあちこちに戦った時にできたものだろう、痛みが走る。けれどそんなことよりも、彼が泣いているようで、そればかりが気にかかった。
「斗南く……!」
「頼みから、俺が無事なら雪子がどうなってもいいだなんて、そんなこと二度と言うな」
 声色は冷静さを失ってはいないものの、その言葉の奥に、強い怒りのような、それでいて深い悲しみのような、そんな感情が綯交ぜとなって自分に降りかかってくる、そんな感覚を覚えた。自分を抱く腕に、さらに力が込められる。思わず痛みの為の悲鳴が口から洩れた。
「俺は、雪子が俺の為に傷つくなんて、耐えられない。雪子が傷つくくらいなら、いっそ、特別捜査隊から外してしまいたい」
「零君!」
 分かっている、それだけ自分を大切に想ってくれていることを。そしてそれだけ、この短時間で彼をここまで不安定させてしまった原因は自分にあるということも。(それを言えば、きっと彼は私でなく、自分の不出来によるものだと否定するだろうが。)
「……冗談だよ、最後の方は。半分くらいだけど」
 そう言って、ようやく腕を解く。半分どころか、全然冗談ではないことぐらい、分かるけど。
「それだけ、雪子のことが大事なんだ。もう二度と、こんな真似はしないでくれ」
 こんな真似。彼がいなくなってしまうかもしれなかったのに、ただその場で、それを眺めていろということか。ただその場に立ちすくんで、涙を流していろということか。
 まっすぐ自分を貫いてくる視線。少し前の自分だったら、その強い瞳に、恥じて頬を染めて俯いて、何も言えなくなってしまったことだろう。
「……ごめん、それは無理」
 でも、そんな瞳に立ち向かえる力を私は手に入れた。自分の意思で物事を決め、自分の力で何かを成し、自分の足で歩いていく。そんな力を私にくれたのは、一体誰だった?
「これからも私、零君が危ないと感じたら、誰が止めようとも、零君が嫌だと言おうとも、絶対に零君を守るために飛んでいく」
 決めたんだから。守られるだけの姫は、もう嫌なの。君がいつも私を守ってくれているように、私も君を守りたい。
「雪子……」
「それが嫌なら、もっと周りに気を配って行動してね?」
 零君、しょっちゅうシャドウに一人突っ込んでいくんだもん! と両頬をつねる。いたいいたいいたい、とうめき声をあげる彼に、ふわりと笑みが零れる。ごめんね、いっぱい心配させて。その気持ちが、実はすっごく嬉しいなんて言ったら、君は怒るかな……。

「おーいゼロく~~ん! ……て、雪子、目ぇ覚めたー!」
「やっべ、俺らもうちょっと空気読むべきだった? わりぃな、相棒!」
 どたばたと奥の通路から、こちらに向かって走ってくる二人を発見する。それと同時に、『脱出経路にいたシャドウの掃討は終了しましたよ、先輩!』という、明るいりせちゃんの声も響きだす。二人の雰囲気お構いなしに私へ抱きつく千枝に、苦笑いを浮かべながら憮然とした表情の零君の肩を叩く花村君。
 私が倒れたことにより、今日の探索はここまでにして脱出経路を確保しよう、という話になっていたらしい。花村君と千枝の二人にりせちゃんが付き、経路に立ちふさがるシャドウを掃討する。(ここまで来るに至る道のりで相当の数を倒してきたから、二人で大丈夫だろうという彼の判断だった。)彼は動けない私と共にここに残り、うっかり部屋に迷い込んできたシャドウがいれば迎え撃つ。(見る限りでは、そんなことにはならなかったようだ。)
 立てる? 肩貸すよという千枝の言葉に甘え、彼女の肩に手を掛けようとした瞬間、体が浮いた。

「天城は俺が連れて行く」

 ぽかーんと口を開けて呆ける千枝と同様、しばらく呆けてしまったが、花村君の茶化すような口笛に、我に返る。
「ちょ、も、待って、大丈夫だからっ」
「大丈夫じゃない」
「いや、歩けるし、その、重いしっ!」
「全然。むしろ想像より軽いけど。ちゃんと食べてる?」
「た、食べてる……って、そういう問題じゃなくて、もうっ!」
 雪子先輩ズルーイ! と、声だけ不貞腐れたようなりせの声。呆けていた千枝もようやく我に返り、雪子、顔真っ赤! と吹きだす。お構いなしにずんずん前を歩いていく彼。
「雪子が俺を庇って怪我するたびに、こうするから」
「!」
「だから……」

 俺も、ちゃんともっと気を付ける。そう聞こえるか聞こえないかくらいの音量で呟いた彼のその顔も、きっと自分に負けないくらい、真っ赤に染まっていた。



らしくないことをした。

本日三度目の"らしくないこと"は、とても幸せな気持ちにしてくれた。









雪子ちゃんて、お嬢様そうで、まぁたしかにそうなんだけど、口調が意外にふつうなところとか、天然なところとか、でもすごく芯が強いところとか、好き。もう大好き。うちの番長も雪子さん大好き。
meg (2012年6月13日 17:14)
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