ぽかぽかと暖かい春の午後、草原に寝転がりながら、うーんと背伸びをする。確か、お兄ちゃんがルフレさんを見つけたのも、こんな風にうららかな春の日だったような気がする。お兄ちゃんがとった彼女の左手には、当時は気にしもしなかった、邪竜の聖痕があった。そしてお兄ちゃんの右肩には、聖竜の聖痕。さらに言えば、お姉ちゃんには額に聖痕、二人の子供であるルキナには左目に聖痕。
「…………」
聖竜の血を引いていれば、現れるという聖痕。
「気持ちよさそうですね、リズさん!」
不意に上から声を掛けられ、思わず体全体が宙に浮きそうになる。上体を上げて振り返ってみれば、柔らかい、彼女とそっくりの微笑みをその顔にたたえた少年。
「なんだ、マークかぁ、びっくりしたぁ~~……」
心臓に悪いなぁ、もう、と眉を吊り上げて苦言を呈すも、あはは、すみません、と、悪いともなんとも思ってもいないような声で謝罪が返ってくる。しかも、隣いいですか?と聞きながら隣に腰を落ち着けてくるあたり、拒否の言葉を受け入れる気はなさそうだ。
「マークってばほんと、ルフレさんそっくりなんだから!」
そう言って頬を膨らませれば、
「僕も、そう思います」
そう言って、笑う。そんな風に嬉しそうに笑われてしまっては、言い返す気力など、どこへやら飛んで行ってしまった。
その後、しばらく無言の時間を過ごした。ゆるやかに風が凪ぐ音と、マークの持っていた魔道書のページが、彼の指先により、時折パラリとめくられる音だけが耳に入る。風に揺られて、目の前まで飛んできたタンポポの種を、ふっと小さく息を吐いて、さらに上へと飛ばした。
「……考え事ですか?」
返事は返さなかった。無言は肯定であるということは、博識である彼なら承知だろう。こういう時、お兄ちゃんやルキナなら、なんて言うだろうか。「悩みがあるのなら、お前さえよければ話してくれないか。力になりたいんだ」とか、そんなところだろうか。そしてこれがもしルフレさんだったら……やっぱり、このまま彼と同じように、わたしが口を開くまで待つ、のかな。
「ねぇ、マークはさ……お兄ちゃんとルフレさんの子供だよね?」
「えぇっ? あ、え、まぁ、そうなりますね……」
あまりに予想外だったのだろう、ここへきてようやく、まともに驚いたような顔をした。まぁ、そりゃあ誰だって、親子関係を疑われるようなことを言えば驚くだろう。語尾の切れ味が悪いのは、彼がここへ至るまでの記憶を失っているからに、他ならない。
「そしたらさぁ、その……」
そう、記憶を失っているのだ。そうなると、わたしがこれから彼に行おうとしている質問は、
「…………」
意味を成さない、答えを得ることはできない。いや、むしろ彼を、
「んん、やっぱりなんでもないっ!」
傷付けてしまうかもしれない。
ぶるりと首を振って、うん、大丈夫!といつも通り笑いかける。(笑えてる、よね?)そろそろ駐屯地に戻ろうかと腰を上げたところで、彼がパタンと音を立てて魔道書を閉じた。
「……リズさんの聞きたいこと、当ててみましょうか」
「え?」
「僕の体に、聖痕があるかどうか、でしょう?」
勢いよく彼の方に顔を向ければ、またもその顔いっぱいに広がる笑顔が待っている。もう少し休んでいきませんか、と、それまで座っていた地面をぽんぽんと、二、三回軽く叩く。スカートがめくれないよう、手で庇いながら、おずおずと今一度腰を下ろした。
「先に解答を述べてしまえば、ありませんでした。……両方とも」
両方。先ほどからわたしが拘っている聖竜と、そして
「あ……」
母である彼女がその身に宿していた、邪竜の、聖痕。
「わかりますよ、リズさんの気持ち。しかも僕は、ここに降り立った時、母さんの記憶以外持ち合わせていませんでしたから。」
もしも、この身に聖竜の聖痕を宿していたのなら、それはクロムの子であるという、確固たる証拠となる。また逆に邪竜の聖痕を宿していたのなら、それはルフレの子であるという、確固たる証拠にもなり得る。
「だけど、僕はどちらも宿していなかった。母さんの子であるという記憶も……怪しいものです。」
目の前に生える数本の雑草を、プツリと千切り、そのまま掴んだ手を広げ、風に流す。
(あ……。)
その時、ふと見せたその表情が
(どこかで、見たことが……)
「でも、こんなこと言ってたって、仕方ないですよね!」
その次の瞬間には、いつもと同じ笑顔が戻っていた。人懐っこいはにかんだ笑顔を見せて、お兄ちゃんと同じその青い髪を、ポリポリと掻いた。
「母さんを見たときと同じように、顔も姿かたちも忘れてしまった父さんを見て、直感で、この人が父さんだって思ったんです。だから、僕はその直感を信じますよ!」
と、今度はマークがすっと立ち上がる。そしてこちらに、右手を差し伸べてくる。
「リズさんには、リズさんのことを妹だと断言してくれる父さんとお姉さんが、いるじゃないですか。それが全てだと、僕は思いますよ」
ね、と、語りかけられる。ほら、と催促する右手に、おずおずと、自分のそれを重ねた。ぐい、引っ張らりあげられ、多少ふらつきながらも、両足で自分を踏みしめる。
(ああ、やっぱり……)
自分ではない、でも見たことのある、この光景。
(お兄ちゃん、なんだな……)
Proof
紛れもない、血の証
「二人共、こんなところにいたのか」
「お兄ちゃん!」
「父さん、どうしてここに?」
野営地の門を出て、数十メートル離れたこの場所。近くもなく遠くもないこの場所へは、用事がない限りそう人が寄ってこない場所だろうに。彼の少し後ろには、数十人の、将と兵士たちが連なっている。
「ああ、近隣の村に賊が入ったという緊急の知らせがあってな。出発しようにもお前たちが見当たらないもんで、出発ついでに探しにきた。」
ここへ来るからには、武器は持っているんだろうと踏んでのことだ。たしかに、私は手に杖を、傍らには雷の魔道書を携えている。
「そうなんですか! よーし、がんばるぞ……って、あ!」
「ど、どうしたの?」
そして、マークも魔道書を手にもっていた。だが、当の本人は、その魔道書を前にして、顔を真っ青に染めていた。
「この魔道書……僕じゃまだ扱えないものでした……」
ええっ! と声を上げて表紙を覗き込めば、古代文字で、『ファラフレイム』と書かれている。古の魔法戦士の炎魔法、これを扱える人物は、軍の中では彼の母一人だけだ。
まったく、とため息を吐き、
「……早く取ってこい!」
「は、はい、すみませんっ!!」
呆れたような父の声に、あたふたと駐屯地へ向けて走り出す。どこか抜けているところと、その走り姿は確かに彼の母親そっくりで、
「まったく……」
「――――ふふっ!」
でも、わたしは知っているんだ。
「マークって、お兄ちゃんそっくりだよね!」
驚いた顔をして、勢いよくこちらを見る。ほうらね、わたしの言うとおり!
そうしてその後、賊討伐先のその村で、わたしは運命の出会いを果たすのであった。
誰もが恐らく考えるだろう、マークの聖痕ネタ。このあとウード登場。ウードがナイスキャラすぎてどうしようかと。
meg (2012年6月15日 19:40)
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ファイアーエムブレム 覚醒