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「ランサー、これを機に箸の使い方を勉強しましょう」
 夜の見回りから戻った俺を待ち受けていたのは、桶一杯の寿司と、箸を構えた彼女の姿だった。

 事の始まりは、士郎殿と凛殿、アーチャー殿に御子殿、そしてセイバーと回転寿司なる店へ食事に行ったことに起因する。
 流れてくる寿司を手にとっては平らげていく。セイバーの横に並べられる皿が二十枚を超えたあたりから、士郎殿の顔色がみるみるうちに青くなっていくのを御子殿と秘かに笑いつつ、こちらも豊富なネタを満喫していた。
 彼女がその山に三十枚目の皿を置いたところで、ふと俺と御子殿に目を向け、首を傾げた。
「……貴方たち、箸は使わないのですか?」
 は? と、顔を見合わせる。
 手元を見ると、なるほど、箸を使わず手で食べているのは御子殿と俺だけだ。他三人は、綺麗に箸を使い寿司を食べている。
「別に使えねぇってこたぁねぇけど……。寿司って手で食うもんだろ?」
「いえ、それを悪いと言っているわけではありません。ただ、貴方がたが箸を使って物を食べているところを見たことがない気がして」
「……まぁ、共に食事をする機会など滅多になかったからな」
 そこまで答えて、ふと俺と御子殿の食生活を省みる。
 どちらも同じケルトの英霊ということもあって、同じような食事を好んできた。ケルトの食事といえば、魚は少し、豚肉はたっぷり、オイルは少し、そしてバターはたっぷり。形式はナイフとフォーク、スプーンを用いるか、葉ものを使ってそのまま手で頂くか、だ。
 そう考えると、ああ、そういえば確かに箸はあまり使わない。
「ま、別にいいじゃねぇか。箸なんてうまく使えなくても死にゃしねーよ」
 そう言ってまた、一度止めた手を再び動かしだす。
 いや、お待ちください御子殿。その発言は、彼女達に誤解を与えかねません。
「ふむ……なるほど、な」
 彼女と言えば、顎に手を添え何か考え込んでいる。
 ああ、これはもう間違いなく誤解されたに違いない。一体どのタイミングでそれを訂正すればよいかと思いを巡らせながら、お気に入りとなったサーモンのトロを口に放り込んだ。

 改めて、現在の状況を確認しよう。
 リビングルームにあるローテーブルの上には、桶一杯に敷き詰められた寿司。醤油刺しと小皿まで丁寧に用意されている。そしてその目の前に正座する、騎士王の姿。
「セイバー、何故ここに……」
「凛に頼み、寿司の出前をとっていただきました」
「いや、それは見ればわかる。だが、こんな遅くに、しかも箸の使い方とは、その……」
「何、遠慮することはない。私と貴方の仲でしょう」
 瞳を輝かせながら座り、さぁさぁ早く座れとラグを二、三度叩く。
 ちらりと掛け時計に目をやる。長針と短針はちょうど十時を指していた。もちろん夜の、である。
 いくら彼女が騎士王とはいえ、女性が夜一人で出歩くのには感心しない。士郎殿といい凛殿といい、何故お止め下さらなかったのか。前もって連絡の一つくらい寄越してくれれば、迎えに行くことくらい何でもないのに。
「……そういえば、御子殿は?」
「ああ、何やらアーチャーと飲みに行く約束があると言って出て行ったぞ」
 嘘だ。絶対に嘘だ。
 今日は俺が見回りを終え次第、宅飲みをしようと蜂蜜酒やシードルを買い込んだばかりだ。
 その証拠に、彼女の座るローテーブルより手前にあるダイニングテープルの上には、それらの瓶、缶が山のように並んでいる。うちの二、三本は、きっと待ちきれなかったのだろう、空けて飲み干された形跡まである始末。
(逃げましたね……)
 普段尊敬しこそすれ、滅多に悪態などつくことのない御子殿に対し、珍しく苛立ちを覚えた瞬間だった。
 ともあれ、さてこの状況をどうするか、だ。
 少なくとも彼女と寿司からは逃れられそうにない。
 箸の使い方に関しては、知らないことない。というか、使えるのだ。この時代に現界する際、聖杯より一通りの生活の知識を与えられるという事実を、彼女は忘れているのだろうか。
「剣以外のことを誰かに教えるというのは初めてだ。上手く伝えられるか不安だが……貴方の為に、頑張りたいと思う」
 そう言って気合を入れる彼女に、つい頬が緩む。
 誰かに何かを教えるという彼女の姿には、確かに興味がある。しかも、他の誰でもない、俺の為に、だ。これは乗らない手はないかもしれない。
「……では、ご教授に預かるとするか、騎士王よ」
 腹をくくって彼女の隣に腰を下ろす。
 さて、どうして彼女の悟られないよう知らないフリを通すか、思いを巡らせながら。

 あれから数十分。桶の中の寿司は僅か三貫を残し他全て彼女の腹に収められ、床の上には俺の空けた酒の瓶やら缶が転がっていた。
「ですから、箸と箸の間に、少しだけ薬指を入れるようにして……」
「フム、こうか?」
「違う、入れすぎだ! ああ、もうだから……」
 使えないフリをする、というのは意外と骨が折れる。少し気を抜くと、正しく使いそうになってしまう俺がいる。
 彼女の可愛らしい小さな指が、一生懸命俺の大きな指に差し入れられ、正しい形へ直そうとする。ああ、こそばゆいな。このまま手を取り口づけを贈れば、彼女は頬を染め口を尖らせるだろうか。
 ……見てみたい、な。
「って、何を笑っているのですか、ランサー!」
 彼女のそんな姿を想像し、つい口元から笑みが零れてしまっていたようだ。彼女の口を尖らせる姿を見たい、という願いは何をするまでもなく達成された。
「笑ったつもりはなかったのだが……すまん、どうも俺は物分りがよろしくないらしい」
「いえ、それはその……私の教え方もいけないのだと思います。当たり前にしてしまっていることを教えるというのは、どうも難しい……」
「ならばその当たり前に使う様を、近くで見せてもらえないか?」
「近くで?」
 こうか?と、これまでもしてきたように、華麗に箸を操り桶からマグロの赤身を取って、ぱくり。無意識なのだろう、随分と可愛らしい顔で頬張るものだ。
 沸き立つ悪戯心をどうにも諌めようにない。その場をすっくと立ち上がり、彼女の座る左隣、彼女の真後ろへ移動した。口にまだ物を詰めながら驚いた表情をしてこちらを見上げる彼女をよそに、その場へ彼女を両足で挟むように座り込む。
「失礼」、と彼女の細い腰を抱きかかえて正座を解かせ、そのまま自分の太腿の上に座らせた。
 ごくり、と彼女の喉が鳴る。
「う、ら、ランサー、何を……っ!」
「さぁ、もっとよく見せてくれ。……ああ、それとも」
 桶にあるサーモンのトロを一つ、手で掴む。小皿に注がれた醤油を付け、彼女の口元へ持っていく。
「俺が、直に手での寿司の食べ方を教授して進ぜようか……?」
 その頭で彼女の閉じられた割れ目を裂き、無理矢理開かせ喉奥までそれを挿し入れる。
「ら、んぅ……」
 少し大きかったか、苦しそうに息を漏らしつつも、それが受け入れられたことを確認すると、俺はゆっくりと自身を引き抜いた。
 彼女は翡翠の双眸を涙で満たし、必死に舌と顎を動かす。その顔は羞恥に色を染め、じろりと俺を睨みつける。
 俺はというと彼女のその様子にひどく満足し、この指先にこびりついてきたご飯粒を払うべく、己の舌でそれを舐めとった。
 数秒してようやく、ごくり、と彼女の喉が鳴る。
「っ、先ほどから思っていたが、貴方は酒の飲み過ぎだ!酔っているのでしょう……!」
「フフン、それはどうかな。酒好きな妖精王の膝元で鍛えられた身、そう簡単に酔いはせんよ」
「戯言を……!」
 緩んだ彼女の手から箸を奪い取り、それを正しく用いて桶の中の最期の一貫を拾い上げる。呆気にとられている彼女を尻目にそれを口に放り込み、「うむ、美味だな」と笑って見せた。
「な……貴方、まさか……!!」
「さてと騎士王よ、もう寿司は仕舞いだ。そろそろ俺は食後の甘味を口にしたいところだが、如何か」
「待ちなさいランサー、人の話を……っ」
 聞くまでもなく、彼女の足の下に右腕を差し入れ、左手で背中を支えて立ち上がる。
 ああそうだ、後ほど忘れずに御子殿へメールをお送りせねば。「今晩はお戻りになることのないように」と。俺を一人残し敵前逃亡した、当然の罰である。

 未だ腕の中で暴れる子猫の耳に、戒めを一つ落とし大人しくさせ、意気揚々とリビングルームを後にした。




CHOPSTICK LOVE








ツイッターにて某様よりいただいたネタから。指ぺろぺろが書きたかったとも言う。
meg (2012年9月19日 16:49)
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