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 あの景色が、忘れられない。

 どこまでも続くように見える緑の平原を、漣のように風が渡っていく。幾重にも重なりながら、まるで楽しむように追いかけてゆく。
「どうだ、」
 先を行く主は、光を溶かしたかのような髪をその風に靡かせて振り返った。
「よい国だろう、ディルムッド」
 その、少年のごとき笑顔を見たときに。
 ずっと探し求めていた、忠誠を尽くすべき主を、王の中の王を見つけたのだと思った。
 俺はずっとこの方の傍らにいよう。主の刃となってその敵を葬り、盾となってその身を守ろう。

 あれから、数年が過ぎた。





Papilionidae





 宮廷は不穏な空気に包まれていた。
 彼ら騎士団がどれだけ働こうと、その実力を発揮しようと、どうにもならないものは多い。外交、内政、この国には問題が多すぎた。それらを一度に解決する策がここのところあちこちで取り上げられ、囁かれ、宮廷、ひいては国中の雰囲気をより重いものにしていた。
 女王・アルトリアの結婚問題である。
 それはこれから先の――すくなくとも彼女の在位中の国のあり方を大枠で決めることであり、小競り合いだけで収まっている多種の争いの幾つかを、表面化することでもあった。
 今日も今日とて回廊のあちこちで囁かれる憶測に耳を塞ぎながら、ディルムッドは知らずため息を零した。
 いくつもの求婚があり、そのどれもに主は明確な答を返していないという。傍近く呼ばれることの多い彼にまで、陛下は一体どうされるおつもりなのかと、詰め寄る者も現れる始末だ。彼自身はなにも聞かされていないし、聞くこともできない。だから、その問題は知らぬ振りをしてきた。
 彼女が誰を選ぼうと、彼の主であることは変わりない。
 最初に誓ったように、彼女の敵を打ち倒すために自らの力を尽くすだけだ。
 それ以上は――己の考えるべきことでは、ない。
 軽く頭を振って前を向いたディルムッドを呼び止める者があった。
 振り向いて、それが主付の侍女であることを確認し、近づいてくるその姿に彼はほんの少し後退りし、小さく眉をひそめた。本当にそなたは女が嫌いなのだな、と、からかう主の声が聞こえたような気がした。
 侍女は潤んだ瞳で彼を見上げ、礼儀に乗っ取った礼をした。そして、陛下がお呼びです、と少し残念そうに告げた。
 
 指定されたのは玉座でも執務室でもなく、教会だった。
「...来たか」
 華やかで神聖なステンドグラスの光の中に、主は立っていた。入り口すぐで跪こうとしたディルムッドを手で制し、「こちらへ」と、傍の床を指さした。彼女がそうするのは珍しいことではなかったので、素直に従う。
「お呼びでしょうか、わが主よ」
「うむ」
 女王陛下は鎧を着てはおらず、片時も離さず手にしている宝剣も持ってはいなかった。
 床に投げられていた光の帯が細くなり、やがて重く鈍い扉の閉じる音と共にかき消える。
 靴先が床を叩いた。視界に、真っ青なドレスが映る。
「立て、騎士ディルムッド・オディナ」
 臣下は主君の前で立つことを許されてはいない。これは抗弁すべきかと考えていると、意外と気が短い主はその苛立ちを表すように、つま先で強く床を叩いた。
 ディルムッドは立ち上がり、戸惑ったように主の顔を見つめた。
 その、青緑の、湖面のように澄んだ瞳が、
 
「一度しか言わぬ。心して聞け」

 つよく輝いている。

  あなたに逢えた それだけでよかった
  世界に光が満ちた
  夢で逢えるだけでよかったのに

「我が求婚を、うけるがいい」


 世界が、表情を、変えた。










ふんぎゃあ。ふんぎゃああ!!!
また私が女王と騎士パロを妄想するに至った偉大なる祖、
志良さんよりいただきました!!
私、志良さんとこちらの小説がなければ、
槍剣二次創作なんて始めていなかったんです……素晴らしき元凶!
半ば強奪する勢いでいただいてしまったこちらの小説...
本当、キラキラと輝いていて、もう大好きな作品です。
志良さん、本当にありがとうございました……!

志良さんの素敵なサイトはこちら⇒<レトロニム
meg (2012年9月26日 09:36)
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