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::CAUTION!::
女主ちゃんのお名前は、
志良さんのお宅の娘さんで、"高崎みずき"ちゃんです。
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「あっつい……」
 二人掛けのソファの隣に座るゆかりが、喉の奥からさも忌々しいといった風に絞り出す。いや、それは強ち間違いではない。というか、むしろそれには賛成だ。部屋の中でさえこんなにも暑いのだ、外の様子など考えたくもない。
 冷房をつけているのに汗ばむ肌。立派な皮のソファに素肌が触れるだけで、その不快感は増す。いっそこの時期だけ、木のベンチだとかに交換すればいいのにとすら思ってしまう。

 麦茶の入ったグラスを持ち上げ、喉に流し込む。口を離せば、カラン、と涼やかな音を立てて、氷が底へと落ちていく。全て、飲み干していた。手にはグラスの掻いた汗がまとわりつく。スカートの裾で、擦り取った。

「……ね、みずき」
「ン」
「大体の想像はついてるけど、本日のご予定は?」
 ラウンジに設置された時計の針は、丁度十四時であることを告げている。期末試験が終了したその翌日である今日、学生寮に残っている学生はほとんどいない。受験生だと言うのに、呑気なことだ。……まぁ、ルームメイトであり、なおかつ親友であるゆかりとこうして二人、ラウンジでダラダラと過ごしている分、そんな学友達と対して違いはないのだが。

 本日は海の日という名の祝日。学生ならば、ほぼ誰しもが平等に与えられる休日だ。そしてその日は、私にとって特別な日でもある。
「んーー……、特に、ない」
「ふーん、そう」
 グラスの中では、氷の融解が進む。麦茶の風味を少しばかり残したその水を、一気に喉に注ぎ込む。存外冷たくて、胃の中が急速に冷え込んでいった。
「…………」
 隣ではゆかりが、同じようにグラスを口に付けて、まだいくばくか残っていた麦茶を喉に注ぎ込む。口を離し、そして一拍置いて、

「なぁぁあんですって!!?」

 毎日欠かさず耳にしている彼女の叫び声を、本日はここで初めて耳にすることとなった。

 別に、予定がないということを対して気にはしていない。だって彼は"知らない"のだから、それはなんら不思議なことではないのだ。
 去年の今日は、旅行の準備を進める傍ら、ゆかりと順平が夕飯とデザートをおごってくれた。予め教えてくれていれば、もっとちゃんと計画たてたのに! とゆかりを憤慨させてしまったことは、記憶に新しい。祝われる、という行為をこの数年間受けていなかった私にとっては、"おめでとう"の一言が、何物にも勝るプレゼントなのだと心の中で噛みしめながら、彼女を順平と共に宥めたものだ。

 ……少し話が逸れた。繰り返すが、彼が"知らない"というのはなんら不思議なことではない。だってその情報を得るのは、当人からかあるいは間接的にか、目か耳にしないことには難しい。そして私は、彼にそれを告げた記憶がない。

 ゆかりの怒声が部屋中に響き渡る中、これまでの日常と同じようにそれを右耳から左耳へ流しながら、ふと考える。
(いや、だって聞かれなかったし……)
 去年の今頃は、まさかこんな関係になっているとは考えられない、何の変哲もないただの先輩、後輩だった。たまたま予定が合えば夕ご飯を一緒に食べに行く、くらいの。そんな中で交わされる会話の中に、誕生日について、が含まれるはずがない。大体がタルタロスの効率よい攻略法、といった、全く色気のない話題だったし。
(自分で言うのも、なんか……アレだよねぇ)
 うーん、とそのまま彼女の柔らかい太腿を枕に体を横たえる。ちょっとアンタ、聞いてるの!? と上から彼女の声が降ってくるも、さして気にしない。彼女こそこの暑い中、特に抵抗する気配も感じられないので、そのままこの素晴らしい太腿を堪能することにする。今のところ、コレを独占できる人間は、私一人しかいまいという優越感に浸りながら。
「ゆかりに彼氏ができたら、やだなぁー……」
 もしかしたらこの立場を脅かすかもしれない青い髪を持つある少年を思い浮かべ、ぽつりと不満を零す。すると、アンタがそれを言う!? と間髪入れずに降ってきた。

 *

 時計の針は、どちらも"11"の数字を指している。日付を跨ぐ目前だ。

 結局あれから暑い暑いと言いながらも彼女に連れ出され、ポロニアンモールにてショッピングを満喫した。一息つこうと入った喫茶店にて、今年はちゃんと用意してたんだから! と息巻く彼女より、飲み物を注文するより先にプレゼントを手渡される。なんと中身は、赤色の飲み口とオレンジ色の模様が入った可愛らしいタンブラー。私の好きな色と、そしてこれからも一緒にカフェに行こうという気持ちを込めて、と彼女は照れくさそうに笑った。その笑顔は、人目を憚らず彼女に抱きつくには十分な要因となったわけだが。
 もちろん、注文した飲み物はそのタンブラーに注いでもらった。いつもよりも何十倍、何百倍も、おいしかった。

 携帯電話をパカリと開く。いや、おかしいでしょう。おかしいでしょう。確かに彼は、普通の人ほどマメではない。でも未だかつてこれまでに、ここまで連絡を寄越さなかった日があっただろうか。どんなに忙しくても、メール二~三通のやり取りはしてきたはずだ。
「…………」
 メール作成画面へと進む。アドレス帳から彼の名前を選択し、件名は……なくてもいいや。そして本文に進む。"今何してます?"と打っては消し、"今日は何して過ごしたんですか?"と打っては消し。どれもこれも、最終的になんだか彼を責めてしまうような文面になりかねない指の動きに、はぁー、と溜息を吐く。
 いっそ電話をしてしまおうかとも考えたが、それでも結局のところ、喧嘩を売ってしまいそうな自分が怖い。ゆかりは、そういうのは予め彼氏側が調査しておくモンでしょ!? と、それこそ今にも彼に電話ないしメールで喧嘩を吹っかけようとしていたが。私が伝えていないのが悪いからと言うと、その我慢グセどうにかしなさいよ、と逆に怒られた。

 時計の針は、否応なく進んでいく。もうすぐ19日が終わる。

 ……まぁ別に、今日という日に拘らなくてもいい。いつか彼が気が付いたときに、その言葉を贈ってもらえばいい。

 そう自分に言い聞かせて、電源ボタンを押しメール作成画面を強制終了させる。パタンと携帯電話を閉じ机に置いて、そういえばやけに長いトイレだな、と約十分前に部屋を出て行ったきり未だに戻らない親友に思いを馳せた。

 と、その時。

 ズガガガガ、と恐ろしい音を立てて、机が震える。震源地を確認すると、紛れもなくそれは私の携帯電話。電話なのだろう、未だ鳴り止まないそれを慌てて拾い上げ、発信者を確認する。

"真田 明彦"

「…………!!」
 持つ手が震える。四コール、五コールと、時間は進む。躊躇している暇などない、自らを奮い立たせて、七コール目でようやく携帯電話を開き、震える手で通話ボタンを押す。耳に押し当て、彼が何かを発するよりも早く、一瞬でカラカラに乾いた喉から絞り出す。
「せ、せんぱ」

『このバカ』
 が、全てを紡ぐまでもなく、その一言で遮られた。
『こんな時間になっても電話、メールの一つも寄越さないとは、一体どういうつもりだ』
 パチパチ、と瞼を瞬かせる。台詞の内容と比べ、その声色は幾分か優しい……というか、どちらかというと呆れに近い。
「え、いや、その……先輩今日は、お忙しいなかと……」
『俺は一言も、"今日は忙しい"とお前に伝えていなかったように思うがな』
「う……」
 むしろ昨日まで忙しかったのはお前の方だろう、と鼻で笑われる。たしかに昨日までは期末試験。受験生にとっては誠に大事なソレであり、重く重く圧し掛かっていた。
『全く……、今日がお前にとってどれだけ重要な日か、お前自身が一番良く知っているだろうに』

 今日が私にとって、どれだけ重要な日、か。
 ドキリ、と心臓が高鳴る。手が、足が震えて、力が入らない。

「先輩、知ってたんですか?」
『知らないわけあるか』
「え、でも私、先輩には言って……」
『ああそうだ。……ったく、順平に知らされていなかったら、危うく逃すところだった』
 知ったのは去年のことだがな、と付け足される。ということは、おおよそ屋久島での旅行か何かで話題に上がったのだろう。
「じゃ、じゃあ、言ってくれたらいいじゃないですか!」
 ずっと待ってたのに、と口に出しかけて止めた。待っていたのは、きっと彼も同じだから。
『男から得た情報で、素直に言えるか! 俺はお前の口から聞きたかったんだ』
 どんな屁理屈だろうそれは、と少し噴きだす。変なところで嫉妬深いんだこの人は。何がおかしい、と不貞腐れたような声が耳元で響く。ああもう本当、本当可愛いんだこの人は。
 受話器の向こう側から、胸中に抱える複雑な想いを全て吐き出すかのようなため息が聞こえる。そしてそれを振り払うかのように、怒涛のラッシュが開始された。
『いいか、お前の予定など聞かん』
「え?」
『明日のみと言わず明後日も、丸ごとお前の時間をもらうからな』
「えっと、いやだからその、先輩……」
『外泊届けを提出しておけ。厳しそうなら美鶴にでも頼むといい、アイツなら何とかしてくれるだろ。明日は朝10時に寮の前で待ち合わせだ、忘れずにちゃんと二日分の荷物を持ってくるんだぞ。あとそれとな……』
 矢継ぎ早に降ってくるそれらを慌てて留めようと、机の奥に置いてあったメモ帳を傍に寄せ、無造作に転がっていたボールペンを引っ掴む。自分でも解読できないのではないかというくらい流した字で外泊届け、美鶴先輩、十時に寮前、荷物、と書き連ねていく。(……ん、美鶴先輩?)

 ようやく追いつき、"それとな"、の次に続く言葉を待つ。が、いつまで経っても聞こえてこない。携帯電話を耳に押し付けながら、おや? と首を傾げる。カチ、コチ、と、やけに秒針の音が耳に響いた。
 コホン、と軽い咳払いの音が聞こえる。

『いいか、一度しか言わないからよく聞いておけ』

――23:59:50

『今から18年前、お前が生まれてきてよかった』

――23:59:54

『お前と出会うことができて、よかった』

――23:59:58

『誕生日おめでとう、みずき』

――00:00:00


 受話器からは、ツー、ツー、と、回線が切れた音のみが響き渡る。ゆるゆると携帯を持つ手を下げて、無意識のうちにパタンと閉じた。ボールペンは右手から離れ、そのまま床へと転がり落ちる。

「――――あ、」

 ありがとうございます、と、彼には届かないと知りながら、ただただ虚空にそう言葉を返した。



Happy Birthday My Dearest Girl!









レトロニムの志良さんへ差し上げたお誕生日プレゼントです!ハピバースデイ☆
meg (2012年10月18日 16:12)

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