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「セイバー、そこ! そこに隠れたわっ!」
「こちらですね、わかりました! 凛は下がってくださいっ」
 ばたばたばた、と畳の上を騒々しく駆けまわる音がここ、衛宮邸で響き渡る。ああ、今日も平和だなぁと居間で茶をすすりながら、屋敷の主である士郎は新聞を捲った。その先にあったのは、いつも楽しみにしている料理コーナー。今日のメニューはなんだろうと湯飲みを置き、切り取るためのハサミを探す。
「逃しましたか。大きな図体をしているくせに、素早いものですね……」
「ちょっと、感心してる場合じゃないわよ! 今度はこっち、戸棚の下!」
 ああ、あったあった。どうしてちゃぶ台の真下になんかあるのだろう。さてはイリヤのやつ、切り絵に挑戦するだかなんだか言っていたが、やり始めて途中で投げ出したのだろう。使い終わったら仕舞うようにいったのにまた置き去りにしたなと、ため息をつきながらそろりそろりと引き摺り出した。うん、今日のメニューは"ひじきときのこの炊き込みごはん"。栄養も満点、食材を確認しつつ、今日はこれにしよう。
「あああ、また逃げた! ちょっとスプレー貸して、私が隅に追い詰めるっ」
「承知しました、凛。その際には私にお任せを!」
「もちろんよ、頼りにしてるわセイバー!」
 線に沿って綺麗に切り抜いて、少しかさばったノートに貼り付ける。米はある。しいたけ、しめじは桜が使いかけにしていたものがあったはず。しょうが……は、この間藤ねぇが風邪ひいた時に、大量に買ったものがまた残っている。調味料については問題ないだろう。となると、残りは芽ひじきのみ。これを今日の買い物で買えばいい。
「よぉっし、追い詰めたわ……。さぁセイバー、出番よっ!」
「ええ、任せてください、凛!」
 ああ、ようやくこの騒動も終わりを迎える。やれやれ、今日は少し長かった。冬に近づくにつれ、あちらも必死に暖かい住処を探しているということか。まぁ確かに、我が家は隠れるにうってつけなのだろう。暖かいし、備蓄も十分。このように少々騒がしいところが、玉に傷だが。
「凛の手を煩わせた罪は大きい……。私の持ち得る力すべてを持って報いるとしよう、お覚悟をっ」
 まぁ、これに懲りたからには、どうか別のお宅へ行ってくれ。さて、買い物の支度をするかと士郎は腰を上げる。そろそろ茶の間に置く煎餅が切れるころだ。忘れずに買い物リストへメモをする。
 と、そこで何やらぞわぞわと悪寒が背筋を走り抜けた。
 ちょっと待て。彼女は今何と言った。
 彼女の全力を持って、報いると、言った?
「エクス……」
 手にあったノートを放り投げ、現場に向かって一目散に駆けだした。
 ああ、やはりだ。どうしてもっと早くに気が付かなかったのだろう。そもそも、アレの成敗担当は赤い弓兵あるいは現在急ぎその場へ向かう士郎に他ならない。
 急ぎ全速力で廊下を駆け抜ける。こういう時ばかり、無駄に広く感じるんだここは! 曲がり角で足を滑らせて、うっかり転倒しそうになる。こんなところで時間をロスしている場合ではない、これは危機なのだ、衛宮家存続の一大事なのだ。
 ようやく輝く黄金と、その後ろに控える赤いあくまが見えてくる。まさしく彼女は、その剣を振り上げたところで――。
「ストップ! ストップ、セイバァァアーー!」
 だが士郎の叫び声空しく、その黄金の剣は振り下ろされる。清く。正しく。弧を描きながら、垂直に。
「カリバーーーーッ!」
 巨大な雷が落ちたかのような(いや、実のところほぼその通りなわけだが)轟音を響かせて。三センチメートルほどの大きさがある虫が動きを止めるのとほぼ時を同じくして、祖父の残した財産である屋敷の一角が、砂塵と消えた。

 *

「……で、こうして部屋だったものの欠片集めをしていたというわけか」
「誠に面目無い次第です……」
 幸い、あらゆる魔術に精通した我がマスターと、彼女にそれを習う士郎の二人がいれば、半日程度で修繕可能なレベルであるらしい。しかしマスター曰く、「G退治に半日分の魔力を使い果たした」とのこと、本格的な着手は明日以降となりそうで。少しでも円滑に進むことができればと、こうして罪滅ぼしがてら、飛び散った素材をかき集めていたところだった。そこへ、彼が訪ねてきた。
「折角訪ねてきてくださったところに、申し訳ありません、ディルムッド……。貴方の手を煩わせてしまうなんて」
「俺とお前の仲だろう、遠慮などするな。それに、俺はお前の役に立ててうれしいぞ、セイバー」
「ディルムッド……」
 そう言って彼は最後の木材を、ガラクタの山となっているその上へ乗せ、これで終いかと両手を叩いた。彼のおかげで、随分と早くに終わった。魔力でいくら筋力値を増幅させようと、やはり元から持つ力と、そして彼の敏捷値には敵わない。
「本当にありがとうございます、ディルムッド。おかげで、予定よりも早くに終わりました」
「そうか、それは良かった。ではこのまま、手合わせといくか?」
 見てみろ、このようにとても良い天気だ。これならば良い汗を流せよう。それに今ならば、お前から一、二本は獲れそうな気がするが、如何に? と彼は挑戦的に笑む。何を言うのです、そういうことは私かから一本取れた時に言うといい。
「望むところです! ……ですが、その前に。何か、貴方にお礼を差し上げたいのですが」
 この件は彼に一切関係ないにも関わらず、こうして手を貸してくれたのだ。
 私が出来ることで、何か希望はありませんか。貴方の気持ちに報いたい。そう乞うと、ならば俺と手合わせを。それで十分だと彼は笑う。
 しかしそれは駄目だ。何故ならそれは、私と彼の日常であり、なんら礼になりはしない。
「俺は、普段お前や凛殿、士郎殿によくしてもらっている身。こうして恩を返せることほど、嬉しいことはないのだ」
「そうと言われましても、それでは私の気が収まらない」
「いやしかしだな……」
 のれんに腕押し、ぬかに釘。この押し問答は、どうにも終わりが見えない。
 申し訳ないが、私は気の長い方ではない。それに、一度そうすると決めたからには、達成するまで気が収まらない。

 と、ふとそこで、彼がこの場に現れる少し前のやり取りを思い出す。

『セイバーは私の騎士様なんだから。お礼は感謝の――が一等、なんでしょう?』

 頬に蘇る、柔らかい少女の感触。
 ふむ、なるほど。騎士への礼は、あれが一番、か。
 目の前にいる彼も騎士である。それも、物語の中から抜け出してきたかのような騎士の中の騎士。
 なれば、私も彼にそれを贈ろう。恥じることなど何一つない。
「ディルムッド」
「む、何だ」
「少し、屈んでくださいませんか」
 ちょいちょい、とシャツの裾を引く。何故、と彼は解を求める視線で私に問うた。いいから早く、と返さぬまま、さらに強く裾を引く。
 その双眸に戸惑いの色を宿しながらも、わかった、このくらいか? と彼は腰を落とし、私を見下ろす。いやだめだ、そもそも見下ろす高さがあってはならない。せめて、私と同じくらいの目線で……そう、そのくらい。
「では、貴方に感謝を……。本当にありがとうございました、ディルムッド」
「う、うん……?」
 彼の左耳に顔を寄せ、そっとそう囁いた。耳たぶの後ろから、ほんのりと甘い柑橘系の香りがする。香水なんてつけていると言っていたかな、彼は。いや、これは違うのだろう。きっと彼独特の、香りなのだと。
 そして視線をずらし、今度はその頬へ唇を寄せる。少しだけ躊躇い、しかしこれは礼だと自分に言い聞かせ、そして――。

 感謝を込めて、口づけを、一つ。

「――――っ!」
 唇が頬へ触れて数秒後。動かぬなと思い、声を掛けようとしたところで、まるで兎のように彼は飛び跳ねた。背筋を正し、一歩退き……そして、恐る恐る頬へと手を添える。
「せ、セイバー……。こ、これは、いったい……」
「力を尽くしてくださった騎士へ感謝の意を贈るには、頬への口づけが一番であると聞きました。……よもや、違いましたか?」
「なにっ! あ、いや、まぁ……確かに、間違いではないが……」
 よかった、私の行動は正しかったらしい。もし間違いであったなら、とんだ無礼を働いていたところだった。しかし、それならば何故、
「でしたら、何を狼狽えることがあるのです。私はただ貴方に感謝をしているのです」
 心なしか、触れたところを中心として彼の頬が赤い。いつも吊り上っている形の良い眉は、少しだけ下降気味である。心の中で、灰色のもやが広がり出す。
「それとも……迷惑でしたか?」
 これは、私のような者がするべきではなかったか? もしやこの行いは、彼女の様な姫が騎士に贈るものであったか。彼と同じく騎士であり、王であり、そして友である私が、すべきではなかったか。
「! そ、そのようなこと……っ」
 彼はぶるりとかぶりを振って、息を吐く。そして、ぽんと私の肩に手を置いた。見上げれば、その顔は私のよく知る輝く貌。先ほど見せた戸惑いは、もう一切見られない。
「この祝福、有難く頂戴しよう、セイバー。王からの祝福なれば、この俺の士気も高まろう」
 ただ、あまりに突然のことで驚いてしまったのだ。いらぬ心配をかけ、済まなかったなと彼は笑う。
「そう……ですか」
「ああ! で、では、早速手合わせを。お前の剣技、楽しみにしている」
「うむ、心得た!」
 拳と拳をガツリと交わす。ああ、なんという心地よさ。なんという晴れやかな気分。
 さすがはディルムッド、彼とは永遠によい友でいられると信じて疑わない。
 もし彼に何か困るようなことがあったなら、その時こそ存分にこの力を振るおう。彼のためならば何だってする。そう、心に誓った午後だった。

 その後、行われた彼との手合わせで。
 若干広くなった敷地で行われたそれは、私の全勝、彼の全敗という結果を持って、幕引きとなったのであった。

 *

「……なぁ、セイバー」
「何か」
「その、先ほどのあれだがな……。よもや他の男にも、感謝の意を表す際にああいったことをしているのではあるまいな」
「何を言います、あれは貴方が騎士である故だ。騎士でない者には贈りませんし、貴方が初めてです」
「そ、そうか……。ならば、一つ。このようなこと、相手が騎士といえど、俺以外の者には決してするな。無論、士郎殿にもだ」

 何故彼がそう必死に訴えるのか、よく解らない。
 しかし、確かによくよく考えてみると、もしも相手が騎士ならば、彼でなくとも贈るのかと問われれば……。あまり、気乗りはしない、気がする。

「……貴方が、そう言うのなら」

 俺とお前の約束だぞ、と彼は片眉を下げてくしゃりと笑う。
 どうしてだろう、何か……その時何かが私の中で、弾けた気がした。

 いったい何が弾けたのかという答えを得るのは、またしばらく後のこと。



貴方に祝福を









凛剣凛という、裏設定あり...。可愛い女の子がセットでいるの、いいですよね。
meg (2012年10月18日 16:31)
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