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///Epilogue ~
スカーレット・フレーズ


「……つまりだ。余は親切心で、あやつの手伝いをしてやったにすぎぬ。我が愛する妹の夫君となるべき男を横取りなど、全く持って美しくなどない!」
「ふぅん。でも、腕組んで歩いてたじゃない?」
「何だ、そんなところも見ておったのか」
「むしろ、そのシーンしか見てないわよ」
 士郎の手作りケーキは、生クリームにたくさんのフルーツが煌びやかに並べ立てられ、それはそれは美しい。まるで、宝石魔術に用いる原石そのものが、ケーキの中に埋もれているみたい。それでいて甘さ控えめ、クリーム特有の嫌な後味も残らないあたり、本当に彼は憎らしい男だこと。ある意味、女性の敵だとさえ思う。
「それはもちろん、あの店の者の目を眩ますためだ! 余が皇帝であると知られては、金を払わせてはもらえなくなろう。それでは、あやつらの為にならん。なれば、余は町娘であり、あやつと恋人同士であると思わせれば、その心配はあるまい!」
「そんなことしなくても、誰もあなたが皇帝だなんて思いやしないわよ……」
 最後の一口を放り込み、フォークについた生クリームを舌で舐めとる。
 ああ、おいしかった。これならもう一つや二つくらい、軽くいけそうである。どうせ今晩あの子たちは戻らないのだ。生ものは持たないと言うし、食べてしまったって文句を言われる筋合いなどないだろう。そう、むしろこれは善意なのだ。彼らへとってはもちろん、このケーキの制作者である彼にとっても――。

「こーら、遠坂」

 真上から後頭部をノックされ、目の前に置かれていた皿をうわっと上へ持ち上げられる。
 口をとがらせて右手を上にあげたところで、届きはしなかった。お前、悪いとこセイバーに似てきたぞ、とまで言われてしまう。

「いいじゃない、今頃あの子たちだっていいもの食べてるわよ」
「それとこれとは話が別だ。イブは恋人たちのものかもしれないけど、クリスマスは皆で祝うものだろ?」
「そういうものかしらね」
「そういうもんだ」

 だったら、私たちはなんなのかしらね。
 ……なんて口には出さないけれど、代わりにプイと顔を背け、ひどくそっけない声でご馳走様を言う。

 離れではイリヤが舟を漕ぎ、それに付き合って桜も転寝を始める頃だろう。藤村先生はクリスマスなど敵だーなんだーと言いながら、道場で素振りを続けている。この赤い子は……テレビの中で繰り広げられる戦いに、今だ、そこだ! と夢中になって、もはや私たちの姿など眼中にない様子。
 平和よねぇ、と一人ごちる。
 いや、幸せなことであると思う。つい去年までは、ひとりきりのクリスマスは当たり前だった。広すぎる部屋の中で、買ってきた一人用のケーキをつつく。
 どんなに美味しいと有名で、どんなに高級なケーキも、何の味も感じなかった。

 そう、私は幸せなのだ。この幸せに感謝しこそすれ、不満を持つだなんて罰当たりも甚だしい。
 これ以上は、それこそ心の贅肉。これで十分。十分すぎるくらいに、幸せ――

「はい、遠坂」

 彼の私の名を呼ぶ、いつもと変わらない優しさを含む声が、この後ろ向きな思考を遮った。
 ケーキの代わりにこれ、とソーサーを置き、その上にカップを添える。中に注ぎ込まれるのは、芳醇なマンダリンオレンジの香り漂う、褐色の液体。普段、食後にあまり出すことのない、高級な茶葉だ。
「お前、これ好きだっただろ?」
 座布団を敷かぬまま隣に腰を落ち着けて、高い位置から自分の分のカップにとくとくとく、と注ぎ入れる。そのなりをしばらく見守り、再び水面へ視線を映した。ゆらゆらと揺れるそこに映るのは、少しばかり情けない表情をした私の顔。
「……ありがと」
 すーっと鼻から香りを吸い込んで、では遠慮なく、とスプーンに手をかけた。
 手をかけた、ところで。

「…………?」

 カチリと、何かこすれる音がした。
 よくよく見ると、シルバーの輝きが少し多い。細かい何かが、スプーンの柄の下に隠れて……。
「え……」
 そうっと指先でつまみ上げ、ゆっくり、ゆっくりと上へ持ち上げる。隣りでは、うっすらと口元に笑みを浮かべた士郎が、お先にとカップに口をつけていた。
「うそ、士郎これ……」
 気が付いたか、と微笑みで返される。何と返せば良いのか分からず、視線を彼とこれとの間を行ったり来たりさせると、何やっているんだよ、と改めて笑われた。
「今日は、イブだからな」

 恋人たちの為の、クリスマス・イブ。

「メリー・クリスマス、ミス遠坂」

 シンプルなシルバーの鎖に、真っ赤なルビーが三粒、ハートの形を模るように並んでいる。フックに取り付けられた、楕円形のプレートに添えられたセンテンス。

 "Crush on You"

「……ばかね」
(――私だって、負けないわよ)

 口から出た言葉と同時に、心の奥でそっと落としたこの言葉。
 私の手からそれを拾い上げ、フックを外し、まるで抱きしめるかのように首の後ろ側へと手を伸ばす。

「知ってるさ」

 カチャン、と錠がかけられると同時に優しい唇が降ってくる。マンダリンオレンジの香りを移したそれは、少しばかり乾燥した私のそれを、あっという間に潤していった。



クリスマスカードには、
ロイヤルブルーの
インクで









クリスマス三部作。私の大好きなものを詰め込んでみました!全員永遠に爆発しろ!
meg (2012年12月25日 14:03)
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