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 くしゃみと同時に目を覚ました。
 肌に触れる空気は大分冷たい。夏はとうの昔に過ぎて秋も佳境。むしろ今の時期にしてはこの程度の気温であることに疑問を持つべきなのかもしれない。
 実際に、元々は地球上でも北の地域に当たる国の出身者である自分としては、些かこの国は暖かすぎるくらいだ。昔から住んでいる者に言わせれば、これでも少し前まではそれなりに季節の境ははっきりとしており、十分冷え込んでいたと聞き及んではいるが。
 ……御託を並べるのはこのくらいにしておこう。不満に思っているわけではないのだ。むしろ温かいことはよいことである。寒さのあまり風邪をひき、布団の中で苦しげに息を吐く者をただ見つめる事しか出来ない無力感ほど辛いものはないのだから。
 ああ、念のため断っておくと、先ほどのくしゃみは別に風邪をひいたとかそういうわけではない。というか、俺は風邪をひくことがない。別に強がっているわけではないのだ、事実として本当に風邪のひきようがなくて……まぁ今ここで必死に説明することではないか。
(髪が、乾いたのか……)
 目の前で細い金色の毛束が揺れている。それが風に煽られて、俺の鼻を擽ったらしい。傍に置いた時計を見やれば朝の十時を回っている。少し、寝過ぎた。誰かの腹の音が鳴る前に食事を用意してしまおう。恥じる姿を目にする分には可愛らしいが、耳にする分には可哀そうだ。
 もとより肩から落ちかけていた毛布をそのまま降ろし、けれどなるべく体と毛布の間に空間が出来過ぎないよう細心の注意を払ってゆっくりと這い出た。スラックスは履いているが、上体は晒したままとなっていたのでさすがに寒い。傍においた椅子の背に掛けていたシャツの袖に腕を潜らせてサッとボタンを留めた。あとは動いているうちにだんだんと体は温まってくるだろう。朝食でも食べればもはや寒さなど無縁となるに違いない。
 寝室を出る前に、今一度ベッドの枕元に腰を沈める。スプリングはギシリと鳴り、マットレスがその部分だけ深く沈み込んだ。ひらひらと相変わらず風に弄ばれているひと房を微笑ましい気持ちで見つめ、それごと毛布から飛び出している黄金の丘をサラリと撫でる。俺のものと同じシャンプーの香りがした。
「あと一時間ほどで起こそう。よい夢を」
 小声で告げて、剥き出しとなっている平地に触れるだけの口付けを落とす。そして平地を隠すようにもう一度金色を撫でて、俺は再び静かに立ち上がった。
 その時だった。小さな異変に気が付いたのは。
「……アルトリア?」
「…………」
「ええと、すまない。起こしてしまったか?」
 もぞり、と毛布の膨らみは小さくうごめいた。しかしそれ以上の変化は見られない。
 いや、変化はすでに起きた後だった。
 いつの間にか細く小さな指先が、俺のシャツの裾を引いていたのだ。
「その……どうした。寝惚けているのか」
「…………」
 回答は得られない。このままでは埒が明かないが、手を払うのはどうにも気がひけた(というよりできるはずがない)ので、今一度マットレスに座り直した。顔色をうかがうには毛布が覆いかぶさっているし、剥がそうかとも思ったが万が一寝惚けていただけとなると滑らかな柔肌を冷たい外気に晒すことになる。
 さてどうするかと考えあぐねていると、再び膨らみはもぞりと動きを見せた。
「……むい」
「ん?」
 確かに、何かが聞こえた。
 どうしたと努めて優しく聞き返し、耳を毛布の入り口に近づける。相変わらず顔色を見せようとしないが、しかし今度ははっきりと耳に飛び込んできた。
「さむい」
 些か不機嫌そうな声色で。シーツに埋もれた唇は、きっと今頃可愛らしく尖っていることだろう。
「それは大変ご無礼を。今すぐにもう一枚、羽毛布団をお持ちしましょう」
「……その必要はありません」
「しかし、それでは王がお風邪を召してしまいます」
「風邪などひきません。それに、私の持つ解決策なら貴方の手を煩わせることもない」
「解決策、ですか。内容をお聞きしても」
「許しましょう。つまりは――」
 ばさり、と。
 突如視界を遮られた。
 唖然としている間に、今度は強い力で手首を引っ張られる。
 次に我に返った時には、もうこの身は暖かいものでくるまれていた。身に覚えのある温かさだ。何故なら俺自身が、つい先ほどまでここにあった。
 腕の中には、これまたつい先ほどまで抱きしめていた温もりが一つ。
 違うのは、その温もりは俺に抱えられているのではなく、逆に俺に抱きついている。
「これで、温かい……」
 それだけ言葉にすると、すぐにすぅすぅと心地よさそうな寝息が聞こえてきた。
 アルトリア? と、もう一度温もりの名を呼びかける。反応がないのでそっと身を捩り今一度の脱出を試みるが、決して離しはしないと信じられない力で締め付けてきた。
 ――ああもう、これは駄目だ。降参だ、俺の負けだ。
 苦笑いを浮かべて、しかし満更ではない心地でそっと彼女を抱き返した。
 後で腹が減ったと不満を言ってくれるなよ、と。
 小さく耳元で囁いて、俺も再び瞼を閉じた。



秋眠、ぬくもりを欲す









布団から出られない季節になってきました…。寝惚けている時くらいあまえたなセイバーさんとか見たいですね…。
meg (2013年10月23日 15:55)
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