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わたしはいつ、死んでしまうのかしら?





















『・・・預言の授業の際、申し上げましたでしょう?人の一生に関わる預言は、例え詠むことが出来ても他言無用。ましてご当人様に申し上げることはできないのですよ。』


でも、わたしは今知りたいの。
だって、いつ死んでしまうかわかるなら、それを回避する手立てもそれまでに考えれば、きっと避けることだってできるはずでしょう?


『・・・では、一つだけ教えて差し上げます。』


なぁに?


『太陽と水の恩恵に授かった金色の稲穂・・・。それらを持つ高貴なるお方と貴女様はきっと結ばれ、幸せな生涯を遂げることでしょう。』


それはわたしの質問に答えていないわ。それに、それはもう決められたことでしょう?
―――様との婚約は、わたしにとっても不満一つありませんし、
彼の性格上、不幸になるなんてありえませんもの。


『預言は単なる道標に過ぎません。それをどう活かし歩いていくかは・・・結局のところ、貴女自身に委ねられるのですよ。』






















『貴女は。』


























玉座を最後の皇帝の血で汚し
高々と勝利の雄叫びをあげるだろう
















「―――――っ」

「・・・・・?目が、覚めたのか?」

 右肩が、瞼が、頭が重い。視界がまだはっきりと映し出されない。だた認識できたのは、傍で揺れる金色の

「へい、か・・・?」

 大きく優しく、そして弱弱しくこの手が包まれる。ああ、この人はどうしてそんなにも辛そうな表情を映しているのか。

「お怪我は、ございませんでしたか・・・?」

 フラッシュバック。
 空からの銃声と、自分に覆いかぶさる彼女、そして鮮血。

「―――な・・・」

 どうして

「い・・・」

 どうして・・・っ―――


「・・・っ!!」


 そんなことで、そんなにも安堵したという表情を、その顔に浮かべないで。違う、だめだ、だめだ!そんな資格は、貴女に護ってもらう資格なんて、自分には持ち合わせていないのだ。
 もうだめだ。知ってしまったからには、そして黙った矢先こんなことを引き起こしてしまった後には


『何があろうとこの国と陛下はわたくしが御守りいたしますから』


「―――、聞け。・・・ホド戦争は、ホドの崩落は・・・キムラスカじゃない、このマルクトが・・・っ」

 この台詞を吐いてしまえば、貴女は間違いなく自分の傍からいなくなる。いや、それどころかきっと、刃を向けるだろう。そうなった時、自分は彼女と向かい合うことができるのか。彼女を刺し殺して尚、この国の為生き続けなければならない使命を背負う自分は、それでも

「マルクトが、やった・・・俺の親父が、そう命令を下したっ!!」

 それでも、貴女がそんな重き罪を継ぎ、背負う自分を護るためならば軽がるとその命を放り投げることさえ厭わないと

「だから、お前は俺を護るべきでないっ・・・俺は、お前に護られるべきでない、その資格などどこにも存在しない・・・!!」

 明かせば傍から離れ、敵となり自分の命を狙うだろう。明かさねば、傍に居、いつか自分の為にその命を落とすだろう。

「なぁ、だから・・・だから、もう・・・」

 生きていればそれでいい。そう、誰かのように言い放つことはできない。だって、自分はこんなにも彼女を欲しがっているから。彼女なしでは生きていけないほどに、身体が、心がそうなってしまっているから。




 ふと、彼女の手を取っていたこの両手に、暖かいものが重なる。白く、細い手。それは間違いなく、確かに彼女のもの。

「・・・?」

 おそるおそる、彼女の顔を見やる。今自分の言い放った台詞に対し、彼女がどんな表情でそれを聞いていたか・・・きっと驚愕し、そして憎しみに色を染めていくだろう、自分が彼女の立場ならばそうに違いないそんな顔を、見たくなかったから、見てしまえばきっともう自分はその場に居られなくなってしまうから

 けれど

(どうして、暖かい・・・?)

 驚愕するのはこちらの方だった。どうして、どうしてそんなにも

「陛下・・・」

 穏やかに、笑っていられる・・・?












「知って・・・います」




 その一言に、ただただ目を見開いて、彼女の顔を食い入るように


「知って、いますから、陛下・・・」


 ただ、呆然と見つめることしかできずに



「へい、か・・・」
「・・・・・」

 彼女に呼ばれ、しかし応えることができない。応えようにも、喉の奥で言葉が詰まって、上手く紡ぐことができない。それでも尚、彼女は微笑をその顔に湛え続け、

「金、の・・・い・・な・・・」
「・・・?」

 ようやく絞りだした、彼女の名。けれども最後まで紡がれることはなく、再び彼女の瞼が閉じられた。暖かい手は自分の両手の上そのままに。

「・・・・・・っ、!!」

 立ち上がり、彼女を呼ぶ。今度は彼女が応えない番だった。瞼を縁取る長い睫毛は影を落としたまま、開かれることはなく。

「誰か・・・誰か、誰か来てくれ!誰か!!」

 自分はすぐ彼女の横にいるのに。すぐ傍にいるのに。うろたえることしか出来ない自分は、もう本当に、本当にこれが一国の主の姿なのか。

「陛下!」
「ジェイド、医者はどこだ!!」
「陛下、落ち着いてください」
「落ち着いていられるか!ジェイド、早く医者を呼べ!早く!!」
「陛下っ!!」



「―――――っ」

 珍しい彼の怒声に、声が喉奥深くへと飲み込まれる。

「陛下、落ち着いて彼女をよく見てください。」

 言われるとおりに、そっと彼女の方を見やる。意識はないもののその胸は、緩やかに規則正しく上下運動を行っている。顔色は多少まだ悪いものの、それでも微かながら穏やかな寝息も聞こえてきた。

「あ・・・。」

 そのまま脱力して、再び椅子に座り込んだ。生きている。ただ、眠っているだけ。そのことに安心したからなのか、それとも


 ・・・わからない。わからないんだ。

「何故だ・・・何故だ、ジェイド・・・。何故、彼女は知っている・・・。何故、知っていて・・・俺に微笑みかけるんだ・・・」

 こんな自分には、彼女から優しさを受ける資格などない。

『何があろうとこの国と陛下はわたくしが御守りいたしますから』

 彼女によって護られる資格など、ない。ましてや・・・
















『お怪我は、ございませんでしたか?―――』




































「―――――"生きる意味を自分で決められるのなら、彼の為に生きたいと思った"」











 彼の方を見やる。自分によって少しずれた眼鏡を治しながら(そういったそぶりを見せる彼は、至極真剣なことを考えている証なのだ)、静かに言い放った。

「・・・彼女があの日、私に言った台詞ですよ」






































「―――――陛下?」

 多少虚ろいながらも、しかし今度は意識がはっきりとしている。

「目が、覚めたか?」

 とはいえ先ほど目覚めていた時に起こった出来事を、彼の言葉を覚えていないなどということはない。むしろ確りと残り、頭の中で木霊し、

「陛下、泣いていらしたのですか・・・?」
「・・・何故そう思う」
「瞳が赤く、瞼が腫れ、頬に涙の筋が残ってございます」
「・・・それは、困った・・・な」



 片眉を下げて、笑う。それはこの人が、無理に笑っているということ他ならない。

「陛下・・・」

 シーツの中から左腕を取り出し、そのまま彼の人の頬へと差し伸ばす。その跡を、消そうと

「・・・許して、ください・・・」












 それは門違いであるといった表情。「何を、言っているんだ」と瞳がわたしに語りかけてくる。いいえ、でも。

 これが、正解。

「今まで・・・そうであることを知らせずに黙っていた私を・・・」

 だって、このことを貴方が知ってしまったら、きっと、きっとわたしはもう

「貴方様のお傍に在りたいが為、今までお話すべきことを話さず、欺き黙っていた私を・・・」

 貴方の傍に、いられないと思ったから。わたしを見る貴方のその澄んだ瞳が、疑惑や嫌悪といったものに変わってしまうと思ったら、恐くて怖くて仕方がなかった。例え、どんなに貴方が構わないとおっしゃってくださったとして、それでもこれまでの関係を続けることはきっと難しい。関係を崩すことはいとも簡単に成せるものだ。関係に信頼を成すことは、非常に困難であるというのに。けれど、それでも

「貴方様のお心の平静を、こんなにも乱してしまった私を・・・」

 わたし一人の問題ならば、他人からどう疑惑と不信の目と声を浴びせられようと、構わない。貴方の傍にいることがこの先ずっとできるならば、どうして耐えられないことがあろうか。けれど、違うのだ。生じた不の感情が、わたしに対してのみに収まるならば、それでいい。けれど、それが貴方に及んだら?わたしの蒔いた種が、貴方にまで害が及んだら?

 そう考えるだけ不毛だ。もう、知られてしまった以上、ここを立ち去るが上策。これ以外に出口など見つかりはしない、などということは誰に言われるまでもなくわかっているのだ。わたしが去れば、種がなくなる。護衛兵一人消えたところで、代わりはいくらでもいるのだ。良いことずくめではないか。

「それでも、それでも尚・・・」

 わかっている、わかっているのに
 心の奥底でどうしても、どうあがいても望んでしまう。

 貴方の笑顔が、こびりついて掴んで縛って離れない、離さない。


「貴方様のお傍に在りたいと願ってしまう私を・・・許して、くだ・・・」












 最後まで言い切ること叶わず、突如、とても熱いものに強く掻き抱かれた。心臓の音が、伝わるほどに密着し、そして今まで知ることのなかった強い力で。傷を負う右肩が熱を持つ。しかしそれ以上に、彼に触れている箇所全てがどうしようもないくらい熱い熱を帯びていく。

「いい・・・いいんだ・・・!」

 言葉は音となり、音は声となる。背に回された手に、更に力がこめられる。

「俺が許す―――傍に、いろ・・・!!」


 体中にそれらは浸透していく。半ば叫び声に近いそれは、五感全てを用いて全てを余すところ無く拾い上げられ

 宙に浮いたままの左手と、無様に垂れ下がった右手。

 わたしは、どうすればいい?このままでは、このままではきっと

「へい、か・・・」

 貴方のその暖かさに、甘えてしまう。



「傍に・・・いてくれ―――」












 もう、何も見えなくなった。10%の罪悪感、その残り90%全ては喜びに彩られ、高揚し涙が溢れる。

「あ、ああ・・・あああああ・・・」

 嗚咽が止まらない。言葉を形成することなど不可能、ただ赤子のように叫ぶだけ。

・・・!!」

 離さないで、そのままずっと離さないでいて。
 貴方が望むならば、この命いつでも喜んで差し出そう。とうに、そう、護衛役を拝命したあの時からすでにこの体は、命は―――貴方唯一人のためだけに存在しているのだ。

 ただ、今だけは。そう今だけは。

 こうして抱きしめてわたしの為だけに涙を流してくださる貴方は(そして、ただただ感情に身を任せ無様な泣き声をあげるわたしをずっと放さない貴方は)、今この時だけは、唯一人わたしのためだけに存在しているのだ、と


 自惚れてしまうことをも、優しい貴方は許してくださるのだろうか?





















「―――これはまた、大胆なことですねぇ」

 朝となり様子を見に来てみれば。
 ベッドの上に仲良く二人で倒れこみ、そのまま眠り込んでいる。の方は元よりベッドの中にいたのだろう、きちんとシーツがかけられているが、
(陛下には何もかけられていない・・・となると、先に眠りに落ちたのはの方ですか)
 ご丁寧に、腕枕までして差し上げて。おおよそ、彼女の寝顔を眺めているうちに自分も眠りの国に足を踏み入れてしまったのだろう。しかし、寝ている間も決してその手を離すことはなく
(このような場面を使用人や私以外の大臣などに見られたらどうする気ですか)
 まぁこの男のことだ。どうする気もなく、むしろ強気に「だからどうした」とでも言い放つのだろう。顔を耳まで真っ赤に染めて弁解しようとする彼女にお構いなしで。

 彼女の身の上が周知のこととなるのも時間の問題。つまらん貴族の蔑む視線や噂話、臣下の猜疑心の的となることは、今や明白であるというのに。

「・・・陛下、貴方が守って差し上げるのですよ。わかっているのですか?」

 しかし、戦いが始まるその時までは・・・今だけでも、取り戻したその安息を好きなだけ堪能するといい。
(やれやれ・・・)
 一度部屋を出、傍にある使われていない客室から薄地の毛布を剥ぎ取り舞い戻る。起こさぬよう細心の注意をはらい、(どうして私が男のためにこのようなことを)と少々呆れつつもかけてやる。

「朝会の時間ギリギリになったら起こしに参りますので、その時はとっとと起きてくださいね。」

 それまでは、どうぞゆっくりとお休みなさい。












 扉を閉める微かな物音に小鳥のさえずり、小窓からもれた優しい光を浴びて目を覚ました。


 目の前には貴方。どきり、と音が出るくらいにこの胸が高鳴ったけれども、なんとも安らいだその寝顔を見てしまうと否応無しに胸一杯に広がる甘く優しいこの感情。決して口に出すこと許されない言葉は、誰もいない、聞いていない今ならば紡いでしまっても許されるだろうか。

「ピオニー・・・さま、」

 シーツの海と、貴方という名の太陽に照らされ、途方もないくらいの幸せに酔いしれる。たまには、流されてみてもいいですよね?

「・・・お慕い、申し上げております・・・」









『傍にいてくれ―――』

 未だに胸の中で木霊するこの言葉。嘘ではない、夢ではないと自分自身に言い聞かせるのが今でも精一杯。けれども、







貴方の傍にいられるという事



他の何を失ったって、構わなかった





わたしにとって、これ以上、今以上の幸せは御座いません。


meg (2011年6月 5日 14:18)
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