『ナイマッハ殿!ガイラルディア様は・・・』
『ご無事だ、しかし・・・』
『・・・・・』
その瞳に光は宿っておらず、何も映していなかった。
『ガイラルディア様・・・』
少女は一瞬悲痛な表情を宿したが、すぐにキリっと無理矢理に戻し、少年を負ぶうその将軍へ目を移した。
『ナイマッハ殿、わたくしはこれよりお嬢様を探しに参ります。』
『し、しかしこの戦況では・・・』
『いいえ、あのお方の居所はつかんでおります。きっとそちらへはまだキムラスカ兵の魔手は及んでいないはず。必ず救い出し、必ずやこの地を脱出いたします。』
そして遠く、小さくなっていくその背中。それが、幼い自分の見た彼女の最後の姿であった。
『・・・・・・?』
「冷めた瞳してやがるのが可愛い方のジェイドで、それの下敷きになって鼻水たらしてんのがサフィール。あそこでメシ食ってんのがルークで、隣で水のんでるのがゲルダ。日向で寝てる奴がアスラン。そんで、俺の隣にいる一番の美人がネフリーだ!」
「はぁ・・・」
自分にとっては初めての経験である貴族デビューに緊張して彼の元へ来てみれば・・・まず最初に行われたのはお披露目でもなんでもなく、彼の飼っているブウサギの紹介であった。
「世話の仕方についてはあそこにいる部屋係に教えてもらってくれ。・・・と、お前は女性恐怖症なんだっけか」
やっかいなやつだなぁ、と笑う。が、少し待っていただきたい。自分は一体この国に何のために戻ってきたのかを思い出すため、しばらく時間をいただけないだろうか。
「なんだ、どうした浮かない顔をして。なぁに、そんなに難しいことじゃない。」
「いえ・・・そうじゃないんです、陛下・・・」
まずはどこから説明したら良いのか、真剣に悩む。こんなことで悩むという機会は、ファブレ公爵より暇をもらったその瞬間からしばらくはないだろうと思っていた矢先であったというのに。
「・・・その、陛下は何故俺をこちらにお呼びくださったのか・・・」
「ん?それはお前が誠のガルディオス家跡取りだからだろう?お前に貴族社会というものを叩き込まねばならんからな。」
その、叩き込まなければならない貴族社会、というものは陛下の飼っておられるブウサギの世話とどう直結するのか、三十字以内で是非とも述べていただきたいところだ。とは、もちろん言えるはずもなく、(もしかして陛下は単に暇つぶしのために俺をお呼びになったんじゃあないだろうな・・・)、ただ不安は募るばかりである。
こう煮詰まっていてもらちがあかない。溜め息を一つ吐いてから、確認のためさきほど教わった名前とその固体をそれぞれ呼びながら確認していく。
「ジェイド、サフィール、ルーク、ゲルダ、アスラン・・・」
と、足元に何かがぶつかる。
「ネフ・・・リー?」
見下ろせば、じゃれつく小さなブウサギ。
(あれ?)
確かに今自分は教えられたブウサギ達全てを呼び上げたはず。それとも、まだ他に飼っておられたのか。
(けど、今日以外にも何度かここに来たが、こんな小さいのは見たことがないな・・・)
「なんだお前、いつの間に部屋から出てたんだ?」
ひょい、と抱き上げる。
「ほんとにお前はすばしっこい奴だなぁ。なんだ、餌の時間はもう終っただろ?」
部屋係であるメイドを見やれば、くすくすと笑っている。どうやらこれはいつもの光景であるらしい。
「あ、もしかしてお前、俺がまたいなくなったもんだから寂しかったんだろ。なぁ?」
""
「―――――。」
ふと脳裏をある少女の顔が過ぎった。ぶるり、と何かを振るい落とすように頭を左右に振る。
(あの直前の出来事を、まるで一つ覚えていない)
霧に覆われているようなその深層直後に、存在する確かな悲しい記憶。
(それならば、いっそそれすらも忘れてしまいたかった・・・)
「ガイ?」
「あ、いや・・・すみません、そのブウサギも陛下が飼われているんですか?」
と手を差し出すと、にやりと笑ってそれを自分から遠ざけた。
「へ、陛下?」
「こいつは、ダメだ。は俺のだからな」
その言葉に反応したのか(もちろんブウサギにおおよそ人間の言葉などわかるはずがないとは思うが)、傍のネフリーがなにやら不機嫌な鳴き声をあげる。「もちろんお前のことだって愛しているぜ!」としゃがみこみ撫で回す。
「・・・と、おっしゃるんですか」
不思議な偶然もあるものだ。その由来の人物は間違えても自分の知っているあの少女ではないことは明白ではあるが。だいたいファーストネームが同じであることなど、いくらでもありうる話である。
「ああ、本物は俺のガードでフリングスと同じく少佐の位についている。ちなみに、そこが彼女の部屋な。」
陛下の部屋へ通じる扉の隣に、見たことも無い真新しい扉が一つ付け加えられていたのはそういうことか。陛下はこうでは、そのガードである女性もさぞ苦労なさっていることだろうと。親しくなれたなら、お互い愚痴を言い合いながら良い酒を飲み交わすことができそうだ。
「今運悪くジェイドに使いを頼まれてしまっていてな・・・だがそろそろ帰ってくる頃合いだ。」
と、そういい終えると同時に回廊の向こうから規則正しいヒールの靴音と警備兵の声が聞こえてきた。「ほうら、俺の予感は正しいだろう?」と得意げに、そして嬉しそうに笑う。
「紹介しよう、彼女は―――」
影でしか判断できなかった彼女の姿は、みるみるうちに現れだす。
「陛下、只今戻りました」
優しいアルトの声が響く。そして、全貌が明らかとなった。
「彼女の名は"・"。なんとな、彼女も実はホド出身の身だ。顔ぐらい見たことがあるんじゃないか?」
『このひとは?』
『ええ、彼女はわたしのガードなの。ほら、彼が話したガイラルディアよ。』
彼女が伴って現れた(自分達よりも一回りは上であろう)その少女は、一つ礼をし穏やかに微笑んだ。
『お初にお目にかかります、ガイラルディア様。本日より―――様の護衛役を担わせていただきます、・と申します』
「・・・だって・・・?」
(失礼だとは思いつつも、)彼女の顔を、姿を隅々まで眺め見る。陛下が「どうした?」と怪訝な顔でこちらをみる。自分の知るところであるその名を持つ女性は、髪の色、瞳の色、そして見た目の年齢や面影などまるで似ても似つかない。
しかし、見覚えはあった。そう、むしろ彼女は―――
「・・・あの、お客様でしょうか?」
ああ、その声色も聞いたことがある。あの頃に比べ、随分と大人びたものだが
「ああ、まぁ・・・おいガイラルディア、そんなにじろじろと見ては失礼だろう。というかそれ以上見るな。」
と、こちらの視界を遮る。はっと我に返り、非礼を詫びるべく彼によって隠された彼女の顔を臨もうと足を踏み出したその時
「いま・・・なん、て・・・」
微かに聞こえたその声は、大層震えていた。
「?」
その様子に、確信を持った。改めて表情と姿勢を正し、「失礼します」と陛下に断りをいれ彼女に歩み寄る。
「・・・ガイラルディア・ガラン・ガルディオスと申します。」
途端にその表情が真っ白になる。あの時・・・彼女の出身地がホドであると露呈した時でさえ見ることのなかったその表情に、ピオニーですら声を失った。
「貴女は・・・」
「やめて!!」
悲鳴に近いその声に、一瞬足が止まる。しかし、どうしても確かめたいことがあった。
「やめて・・・」
もう一度歩み出す。自然と彼女に向かって手が伸びる。
(お前、女性に触れることができないんじゃ・・・)
だが声をかけようにも憚れた。その指先が頬に触れ、ビクリと体を震わせ瞼をぎゅっと閉じる。
お願い、その名を呼ばないで―――――
「―――――だろ」
手に持っていた書類全てを滑らせ、大きな音を伴い地上へ落下すると共にその手を振り切り背を向けて、逃れるように走り出す。
「・・・!!」
慌てて追いかけようとする彼を、止めた。
「お前・・・」
だが分かっている。彼を今詰ったところで、彼には決して非のないことを。生じた熱を一度冷ますべく頭を左右にふり、あくまでも冷静に問いかけた。
「・・・彼女の何を、知っている。今、彼女を""と呼んだな。」
口をつぐむ。王は溜め息を吐く。そして
「言わないのはあいつのためか」
答えない。答えない代わりに
「・・・俺に、彼女の後を追わせてください」
どうしても、彼女に聞かなければならないことがある。
meg (2011年6月22日 16:38)
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Cherish