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 虹色の庭園・・・正式名称は別にあるが、そうと呼ぶ場所に彼女はいた。以前ピオニーの決意を聞き、涙を流し、またその神秘的な光景を目の当たりにした場所である。涙を流してはいない、が、今にも溢れ出しそうな面持ちでしゃがみこんでいた。

「・・・?」

 何かが足元をくすぐる。見れば、""という名を与えられた小さなブウサギ。

「・・・貴方が、追いかけてきてくれたの・・・?」

 優しく頭を撫でる。けれどもそれは、ただただ心配そうに鳴いては頬を擦り寄る。

「慰めようとしてくれてるの・・・?優しいね・・・。」

 そう、何も言わないけれどただただ頭を撫でて話を聞いてくれた。

「""と、おんなじね・・・」




 楽しかった思い出の方がたくさんある。けれど、内容の深さはあの悲しい思い出一つにどれをとっても、また積み重ねても敵うことはない。思い出したくもない辛く悲しいものはとうに封印していた。けれど、楽しかった思い出すら、脳裏に浮かべば涙が溢れる。憎しみや怒りといった感情は、この国に来て陛下や大佐と出会い、様々な想いを通じてこの胸に沸き立つことはなくなった。けれど、依然として深い悲しみだけはこの胸に巣くってなくなることはない。そう、憎しみの感情を抱えていた頃は、それに置き換えることにより涙が流れることは少なかった。しかし、今となっては悲しみしか残っていない。ぶつけるものが、何もないのだ。ただ一つあるとすれば、あの頃の自分。何もできず、ただその言葉に甘え逃げることしかしなかった自分自身。

(ねぇ・・・わたしは、あれから少しでもあなたに近づけた・・・?)





















『ガイラルディア様は、既にナイマッハ殿がお連れになり脱出されました。お嬢様も直にこの国から脱出を。わたくしが御守りいたします』
『だめよ・・・』
『お嬢様!』
『父上と、母上が・・・まだ、来ていらっしゃらないわ!』
『・・・・・』

 そこは秘密の花園。貴族の屋敷には、一つや二つほど何者かに襲われるなど緊急時に用いるため人知れず脱出経路がたいてい用意されているものだ。むろん、少女の住む屋敷にもそれは存在した。彼女の父親と母親が、『すぐに彼女が追いつくし、自分達も後からすぐに行く。だから先に行きなさい。』と背を押した。彼女は何度も『必ずよ』と念を押し、幾度か振り返りながらも走った。どんどん遠くなっていく父と母の姿。優しく微笑む母の瞳から、涙が流れているような気がした。
 出口のすぐ傍には、この島の当主とその重鎮にしか知られることのない船着場がある。だから少女は、ここで待っていた。父と母と彼女のガードが追いついたらすぐに舟を出すことができるよう、丘に上がっていたそれを幼い力ながらも必死に引き摺り、着水させて。

『父上も母上も、すぐに追いつくといいました・・・二人は一度だってわたしとの約束を破ったことなんて、ない・・・!』

 それは悲鳴に近かった。けれど、頭のどこかでわかってしまっていた。あれが最後、もう永遠に出会うことができない。特に母の流した涙はそれを物語っていた。だがそのような事実を、大人びているとはいえまだ齢七つの子供が受け入れられるはずもなく

『お嬢様・・・』

 泣きじゃくる少女に触れようと手を差し伸べたその刹那、顔色が変わる。確かに、聞こえた。

『―――――っ』

 入り口が、見つかってしまった。もう、こうしてはいられない、じきにここも見つかってしまう。
 そうと気付かず涙を流し続ける少女を、あらん限りの愛情を持ってその腕で抱きしめた。

『お嬢様・・・これからわたくしが言うことを、よくお聞きください・・・』
『・・・?』

 突然の行為に多少驚くも、彼女の抱擁は決して嫌いではなかった。寧ろ、大好きであった。夜、恐い夢を見れば必ず彼女に抱きしめてもらった。おかげで今、すこしだけではあるが安堵感を手に入れることができた。しかし、まさか

『お嬢様はこれより、お嬢様であることをお捨てください』




『・・・どういう、こと・・・?』

 突然そのようなことを言われるとは思いもしなかった。密接していた体を離す。瞳を真っ直ぐ見据えて
 (その時の彼女の瞳はどこまでも澄んでいた)

『貴女は。』



























「―――こんなところにいたのか」

 後ろからかけられた、声。とても懐かしい声。二度と出会うことはないだろうと思っていた。寧ろ、ここで出会いたくなかった。

・・・」
「わたしはです」

 ぴしゃりと言い放つ。今ここで頷いてしまえば、今まで必死に自分がしてきたことが、今度こそ全て無駄になってしまうような気がして

「わたしは、です・・・!」

 彼の前では、この約束は意を成さないものであるのは承知の上だ。それでもわたしは、"彼女"でなければならなかった。

 そして彼は、やはり彼であった。

「・・・、元気だったか?」

 彼の優しさに心が痛む。年齢的には自分の方が一つ年上ではあるが、あれから16年もの月日が経った今、あの日々と同じように接することなどできやしない。わたしも彼も、姿かたちは同じだけ大人になった。もう、とうに"彼女"の年齢など追い越してしまっている。

「貴方こそ・・・今迄、どうしていらっしゃったんですか・・・?」
「母上の兄である・・・父上と母上の仇であるファブレ公爵家の使用人として、その息子にお仕えしていた。」
「・・・・・」
「わかるだろ?」

 そうであった。彼はまだ、ファブレ公爵が彼のお父上を亡き者にしたこと。そして、キムラスカがホドを滅ぼしたと思っている。
(・・・知らなくても無理はないわ)
 自分だって、グランコクマに流れ着いた時に偶然街で噂を聞き、情報を求め歩き回り、その末事実をつきとめたのだ。それがなければ今頃自分も憎しみを晴らすべくキムラスカへ出向いていたことだろう。陛下と出会うことすらなかっただろう。

「・・・それで、貴方はどうして今ここに?」

 ファブレ公爵もそのご子息も未だご存命である。彼にはナイマッハがついていたのだから(そしてきっと彼も共にファブレ公爵家へ使用人として仕えたのだろうから)、亡き者とする機会はいくらでもあったはずだ。

「・・・ルークと出会って、俺は過去に縛られるのはやめたのさ」

 脳裏に移るのは、ただ無我夢中に罪を償おうと奮闘する、かつての主である友。記憶をなくし、その成長を一挙に引き受けていた自分は、それまで生じることのなかった感情を抱くようになった。無条件に自分を慕ってくれる彼。毎日毎夜、長い間思い悩んだ。そして、彼に賭けたのだ。
 結果、まだそうと言い切るには早いが着実に進んでいる。彼だけ進ませて、自分が立ち止まっているわけにはいかないと。

「―――同じね」

 ポツリ、と落とすように紡がれた言葉。気がつけば、彼女の腕の中には先ほどの小さなブウサギ。愛しそうに抱きしめて、

「わたしもあの人と出会って、やめたのよ・・・」

 そうか、と彼はあの日々と変わらない、柔らかい微笑みを見せた。




























 一方、その頃領土内に住まう人物の戸籍を一挙に掌握する元老院では、思わぬ人物の出現に場は騒然としていた。しかも、その人物が求めた資料というのが

「ホド戦争犠牲者の目録を出せ」

 理由を尋ねることができないほど張り詰められた空気に管理人は恐れを成し、言われるがままに両手をもってしても抱えきれないほど大量の名簿帳を彼に差し出した。ドサドサドサッと大きな音をたて机の上にそれらを放り出し、無我夢中に次から次へと一冊ゆうに5百項は超えると思われる名簿をめくりだす。

「あ、あの陛下、恐れ入りますがお探しの方がいらっしゃいますならばなにも陛下御自らなさらずとも我々が・・・」
「・・・るさいっ!」
「ひっ・・・」

 いつもの穏やかなその表情からは到底考えられない剣幕に、その部署の長であると思われる人物の顔色がみるみるうちに真っ青に変わる。

「おやおや・・・血相を変えた兵士が部屋に飛び込んできたと思えば・・・。陛下はこちらにいらっしゃいましたか。」
「か、カーティス大佐殿・・・」
「申し訳ありませんね、陛下は頭に血が上ると周りが見えなくなる性質でして・・・この場は私に任せてどうぞあなた方は執務に戻ってくださって結構ですよ。」
「しかし・・・」
「むしろ、そうしていただけるとありがたいのですが?」

 口元は笑っているものの、その血の色を映した眼はネクロマンサーの名にふさわしく氷のごとく冷たい視線を投げかけている。もとより青ざめていた顔色がさらに輪をかけ、これ以上ご機嫌を損ねるわけにはいかないと大人しくその通りに従い、それぞれが方々に散っていった。

「まったく・・・何があったのか、その原因くらいしか検討はつきませんが、せめて私に一言くらいかけていただきたいものですね」

 返事はなく、ひたすら視線は紙面を追っている。やれやれ、これは目的の物が見つかるまで自分の存在にすら気が付くことはなさそうだと、溜め息を一つ控えめにつき壁に寄りかかる。と、

「―――――あった・・・。」

 息を呑んだようなその声に反応し、静かに後ろからその名簿に目をやる。男の視線を追えば、そこに書かれた名前は




「・・・・・?」

 家の名は知っている。ガルディオス家の右腕たる家名で、特にガイの父親であるジグムント・バザン・ガルディオスと当時の卿はお互いを誰よりも信頼し合い、また、

家のご令嬢でしょうか・・・となると、ガイの婚約者であるといったところですね。戦争の際、この目録に名を連ねているということはお亡くなりのようですが・・・」
「―――婚約者?」
「ルークとナタリアのようなものですね。当主二人は誰もが羨むほど仲が良かっただとか。」

 二人の勇名は、雪の降り積もる街に封ぜられていた自分でも聞いたことがある。いや、当時のマルクト領内に住む者誰もが知る事実だろう。ホド戦争の際、あのファブレ公爵ですら二人の猛攻に一時撤退を余儀なくされたという話は有名である。
 そして、その娘が
(・・・それが、の本当の名前なのか?)
 ショックかと聞かれると、意外にそうではない自分がいる。そう、すでに彼女がホド出身であると知った時点で、彼女がこの国に来た理由は憎しみからだということを知っていたから。自分を、憎んでいたことも、そして




『貴方様のお傍に在りたいと―――』




(・・・その名を偽っていたのは、ホドの、しかもガルディオス家と縁のある者だと知られない様にする為か)
 たしかにガルディオスの名と共にの名は世に広まりすぎた。ホドの秘密を完全なるものとするため、亡き者にせんとマルクトに忠誠を誓う者は言い出し兼ねない、例え皇帝である彼がいかんとしても、秘密裏に抹殺することすら考えられる。それらは全てこの国に対する忠誠心からくるものであるため、彼らを責めることなどできない、だが
(くそ・・・っ)






 またも、この国が彼女に対して害をなす。



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meg (2011年6月22日 16:41)
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