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「みんな、そろそろ引き上げよう!ゆかりはみんなにメシアライザーかけて、順平は脱出装置探して!先輩は......」

 周囲を見回して、今日はここまでと判断を下す。引き際を見極めるのも、リーダーの立派な仕事だ。特に、この中ではゆかりが一番体力に不安がある。(もちろん、一般女性やあまり運動をしていない男性に比べたら、体力は彼女の方が格段上だろうが。)彼女の息が上がってきたところで、本日の探索は終わり。

 順平が、「ちょっくら行ってくらぁー」と意気揚々と脱出装置探しの旅へ出る背を見送り、もう今晩は使用しないだろうと、召喚器を収納するホルスターに付けられた留め具をパチンと留める。......留めようとするも、片手ではうまく留められない。持っていた薙刀を壁にそっと立てかけて、今度は両手で挑んむ。

 そう、つい手元に集中しすぎて、自分の後ろでうごめく影に、気が付く余地が、なかった。

「―――斗南っ!!」
『......リーダー、後ろ、シャドウが!!』

「......?」

 後ろを振り返れば、強大な角を持つ刑死者のシャドウ、ミノタウロス参号。つい先ほど、倒したと思っていたシャドウだった。気が付いたときにはもう、両手が振り上げられ、

「―――!!」

 油断していたところに重い一撃を食らい、受け身を取りきれず吹き飛ばされ、尻もちをつく。(しまった、武器と離れちゃった...!)召喚器はホルスターの中、きっちりと留め具で施錠されている。奴はすでに次の攻撃の準備を終えている模様。―――魔法攻撃が来る。構えが、間に合わない!

『ゆかりちゃん!お願い、すぐに回復の準―――え?』

 自分の周囲を、冷気が取り囲んでいく。ああ、今私の中にいるペルソナは氷が弱点じゃない、よかった、と意外にも頭は冷静なまま、ぎゅっと目を閉じた。






「母似香ちゃん、これ...よかったら飲んで?」

 湯気の立つマグカップを持って、彼女はキッチンから出てきた。あ、味は大丈夫だと思うよ、ちゃんと確認して砂糖入れたから!と、慌てて添える。大丈夫、最近の風花の腕は信用してます、と受け取り、一口。

「優しい、味がする。」

 そう、まるで彼女のように。じんわりと、心の底から暖かくなってくる。ホッとしたような顔をして、彼女は微笑む。少し、寂しそうに。

「...これね、荒垣先輩に、作り方教えてもらったの。」

 ついこの間まで生活を共にし、今は病院で意識の回復を待っている、大切な仲間。

「わたし、ちょっと色々悩んでしまっていた時期があって...。何も言わずに、これを作ってくれて、飲めって。」

 もう一口、口に含む。甘ったるいその味は、その香りと共に、心に突き刺さった無数の氷の刃を、ゆるりゆるりと溶かしていく。はぁ、と零す吐息も暖かい。人半分くらいのスペースを開けて、隣に風化がゆっくりと腰掛ける。ソファのスプリングが、少し揺れる。彼女の手には、同じものが入っているのであろうマグが、握られていた。

「最近の真田先輩、あんなことがあってから、これまでよりもより一層、強くなることと守ることとに躍起になっている気がして...それが余計、危なっかしくて、心配だったんだよね?」

 一言一言、慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと彼女は口にする。そう、その頼もしさが、余計に心配で。もっともっと、注意しておかなければいけなかったのに。そのわたし自身が注意を怠って危険にさらされ、先輩に怪我を負わせてしまった。本末転倒、何のためのリーダーだ。

「...風花の時も、そうだったの。救える命があるなら、救わなくてどうするって。」

 自分の手は、たくさんのものを抱え込めるほど、長くはない。そう言っていたのは彼自身なのに、結局、手を伸ばそうとする。

「だからわたしは、先輩の手になろうと思ったの。...先輩の手がちぎれてしまわないように、先輩の手がとどかないところは、代わりにわたしが、掴む。」

 先輩だけじゃない。順平やゆかりにだって、もろいところがたくさんある。それでもなお、無理矢理に進もうとする。だからわたしは、補わなければ。皆以上に周りを見て、動かなければ。

「なのに結局、先輩の手を煩わせて、挙句の果てに......怪我、させちゃった。」

 声が、震えた。手も、足も。自分の目の前で崩れ落ちる先輩の姿が、焼き付いて離れない。幸い、未だ召喚器を手にしていたゆかりの一撃で、シャドウを沈めることができた。なのに、先輩は動かなかった。息は、している。エントランスへ戻ったあと、「大丈夫、じきに目を覚ますさ」と美鶴先輩に声をかけられるも、心の中は波立ったまま。本当に、本当にそうなのだろうかと何も信じられず、半ば、ゆかりと風花に引きずられるようにして、寮まで戻ってきた。

「大体、先輩は氷結属性に弱いんだからさ...。わたしが受けるダメージなんかよりも、先輩が受けるダメージの方が大きいに決まってるのに...。も、先輩ってば、ホントバカ......。」
「母似香ちゃん......。」

 バカはわたしだ。どうしよう、どんな顔をして会えばいい。早く、早くこの夜が明ければいいと思うと同時に、永遠のこの夜が明けなければいい。そう思う、わたしがいる。

 コツン、コツンと、誰かが階段を下ってくる音が響く。この寮に住む人物は、誰一人として、足跡が他人と同じ人はいない。ヒールほど軽くない無機質な音は、彼女特有のもの。金色の髪を持つ、機械の乙女。

「真田さんの呼吸と脈拍が、睡眠時と同様の状態になったであります。恐らく、明日の朝には目覚めるかと。」

 意識を失った彼を、エントランスに戻って以降、軽々と背負い上げ帰ったのは彼女。その姿は、なかなかにシュールなものだった。彼の意識があったなら、さぞ顔を真っ赤にして抵抗をしただろう。彼を部屋のベッドに寝かした以降も、念のため、安定が確認されるまではと美鶴先輩が観察をお願いしたのだ。(あの事件以降、こういったことには、やはり皆これまで以上に神経を尖らせるようになった。)

「そっか、よかった......。ありがとう、アイギス。あなたももう、ゆっくり休んで。わたし達は、もう少しだけ、ここで話していくから。」

 その言葉は、わたしを気遣ってのことだと容易に想像できる。少しずつ、少しずつ人間らしい心を芽生えさせ始めた彼女ではあるが、まだまだこういった感情には疎い。

「......母似香さん、ひどい顔色です。早く、お休みになられた方が、よろしいかと。」
「うん、そうだね。そんなに、長くならないようにする。......だからお願い、アイギス。」

 こういう時、彼女はS.E.E.Sの中で一番強い。普段弱弱しい声に、凛とした筋が通った時。有無を言わさぬ気配を漂わせる。それは、今のアイギスにとっても、十分伝わるものらしい。

「......了解しました。お休みなさいであります。」

 ぺこりと一つお辞儀をして、くるりと来た方向へ帰っていく。来た時と同じ音を鳴らしながら、今度は階段を上がっていき、やがて、聞こえなくなった。

「ありがと、風花......。」

 今、彼女に正論で諸々言われると、辛い。わかっていても、どうしようもないことだって、あるのだ。

「ううん、お役に立てたようで、よかった。もう少ししたら、わたしも上がるから。」

 そう言ってマグに口を付ける彼女を見て、ああ、お見通しなんだな、敵わないな、と笑みがこぼれた。






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meg (2012年4月18日 11:14)

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