schema
http://monica.noor.jp/schema

「おはようございま~す。......先輩、もう起きて大丈夫なんですか?」

 現在朝の7時半。毎朝6時には起きてロードワークへ出かける自分としては、明らかに寝坊だ。こうして岳羽と階段下で遭遇することすら珍しい。

 実は、昨日のある瞬間から、今朝起きた瞬間までの記憶がない。確かにあの時、彼女に攻撃魔法が降りかかる直前、この身体が勝手に動いた。その魔法を、直接この身に受けた。彼女を守るためとは言え、行き過ぎた行動だったことは、言うまでもない。

「ああ、そんなにヤワな身体じゃないさ。心配かけて悪かった。」
「イヤまぁ、心配は心配しましたけど。そういうことはまず、彼女に言ってくださいね。」

 と、「何のことだ」と聞く間もなく、背を向けたままヒラヒラと手を振り、サッサと一人玄関から出て行く。バタン、とその扉が閉まるのとほぼ同時に、階段上から慌ただしい足音が。このリズミカルな足音を持つ主は、一人しかいない。

「ちょ、もぅ待ってよ、ゆかり~~?!」

 一階まで勢いよく駆け降りて、その勢いのまま、自分を見た。笑顔だった顔が、一瞬にして強張った。"ゆかり"のつもりで視線を投げたつもりが、俺だったのだ。まぁ、仕方がないことかもしれない。その変わりようが可笑しくて、少し笑みが漏れてしまう。

「......おはよう、斗南。」
「おはよ...う、ございます。もう大丈夫なんですか?」
「ああ、もちろん。......心配かけて、」


「悪かったな。」
「ごめんなさい!」


 二人の声が重なる。彼女はその言葉と共に、またも勢いよく頭を下げた。その様子に、今度はこちらが驚く番だった。

「それと、ありがとう...ございます。庇って、くれて......。」

 彼女は、90度上体を折り曲げたまま、続ける。ぎゅっと鞄の持ち手を握り締める、彼女の小さな手が見えた。

「わたし、ダメですよね。本当、リーダー失格というか...。もっと、しっかりしないと......。先輩にもこんな迷惑をかけて、本当に、ごめんなさい......。」

 頭を下げると同時に、勢いよく揺れたそのポニーテールが、ふわりと風に揺れる。ああ、俺は傷付けてしまったんだ、彼女を。守ることと、傷付けることは、紙一重。改めて実感させられる。

 彼女の小さな頭に、ポンッと、自身の手を乗せた。こんな時は、この黒の手袋が、邪魔だと思う。

「もう、謝らないでくれ。今回の件については、何も考えずに飛び出していった俺に責任があるとも言える。」

 シャドウが唱えようとしていたのは、明らかに自分が最も苦手としている氷結魔法だし、彼女を守りながら自分が受け身を取ることで、お互いに最小限の被害で済んだはずなのだ。自分はどうなっても、彼女は無傷でいて欲しい。そう思うのは単なる自分のエゴで、あの状況で最も正しい判断とは言えない。

「で、でも......。」
「それでも、お前の気が済まないと言うのな、ら......、」

 そこまで口にして、不意に鼻についた彼女からふんわりと漂う香りに、体中の血液が、沸騰したかのような感覚に襲われる。途中で止まった俺の言葉を不審に思ったのか、おそるおそる、彼女が顔を上げる。そんな目で、俺を見上げないでくれ。なんだ、この気持ちの高ぶりは。本当に突然、一体何だというのだ。

「あ、あの......?」
「......お前、昨日俺の部屋に、来たか?」

 目が覚めた時、確かにこの香りが、自分を包み込んでいた。それはひどく自分を高ぶらせ、また、落ち着かせた。その香りが、意識していないと気がつかない程度にではあるものの、彼女から漂ってくる。強すぎない、媚びない、静謐な、それでいて非常に癖になる、この香り。

 彼女はそんな突然の質問に、パチパチと瞼を瞬かせ、

「......そんなこと知られたら、わたし、美鶴先輩に処刑されちゃいますよ?」
「え、ああ、まぁ......そうだ、な。」

 確かに、影時間も明けた深い夜に、女が男の部屋に一人立ち入るなど、不謹慎極まりない。処刑とまではいかずとも、そんなことが知れては、彼女に雷が落とされることは間違いない。(どちらかというと、雷は俺の専売特許なのだが。)大体自分に意識がなかったからよかったものの、意識がある時に来られては、自分の理性が保てるかどうか......。......ん?それにしても彼女の回答、どこかおかしくないか?

(「覚悟......しておいて、ください。」)

 脳裏に蘇える、暗闇の中響く、彼女の声。鼻先をくすぐる、彼女の香り。―――柔らかい、唇の感触。

 いや、違う、あれは夢だ。夢なんだ。なんて夢を見ているんだ、俺は。いや、彼女のはず、ない。そもそも理性だって、保てるだろ。だからさっきから、何を考えているんだ、俺は。ほら、彼女だって不審そうに俺を見ているじゃないか、その、綺麗な紅い瞳で......。だから、そんな目で俺を見るな。

「あ、ああ、そうだった。ええと、今日の放課後なんだが、その......時間は、あるか?」

 そんな邪な考えをぶるりと振るい落とすように、無理矢理話題を先ほどのものに戻す。いつもの自分へスイッチを切り替えるのに、その台詞分丸ごと、かかった気がする。

「......はい?」
「もしあるのなら、その時間を、俺にくれないか。......話したいことが、ある。」

 そう、聞いて欲しいんだ。いつからかこの胸に巣くう、正体不明の、この気持ちを。俺の過去を受け止めてくれた君なら、この正体を知っている、教えてくれる気がする。

「―――はいっ!」

 そんな俺の心中を知ってか知らずか、ここ数日目にしていなかった、花のような笑顔を持って、大きく彼女は頷いた。


ホットミルク


「あの、先輩。」
「なんだ?」
「わたし、先輩に伝えたいことがあるんです。」
「......伝えたいこと?」
「はい!なので......、」


「今日の放課後、先輩の時間を、わたしにください!」



(それは、わたしの背中を押してくれる、甘く優しい、魔法の飲み物。)






PREV | MENU | END
meg (2012年4月18日 11:20)

Mail Form

もしお気づきの点やご感想などありましたら、
mellowrism☆gmail.com(☆=@)
までよろしくお願いいたします。

Copyright © 2008-2012 Meg. All rights reserved.