schema
http://monica.noor.jp/schema

 よく聞きなれている、無機質な呼び出し音が耳元で響く。
 一、二、三、とコール音は続き、待てど暮らせど相手の出る気配がない。八回目のコール音が鳴った後、無情にも留守番電話サービスに切り替わった。
 ため息を吐き出して、発信音が鳴る前に電話を切る。
「出ない……、か」
 珍しいなと思う。焼きそばやたこ焼きといった、彼女の好きな露店が立ち並ぶこのイベント事に、姿を見せないだなんて。去年だって例外なく一緒に訪れた。花火は好きだ、来年も是非見たいと瞳を輝かせて話していた彼女の顔が忘れられない。
「ランサー、セイバー出た?」
 ボタンエリアをスライドさせ、ディスプレイ下へと収納する。朝顔の柄が入った団扇をはたはたと扇ぎながら、赤い浴衣のよく似合う艶やかな黒髪の少女が歩幅短めに歩み寄ってきた。彼女が辿り着くのを待つまでもなく、こちらから女王を迎えにあがる。
「いや、残念ながら……。セイバーに用事があるというのは本当なんだろうか」
「彼女が自分で言ってたのよ、何でそう思うの?」と首を傾げる。蝶々のような髪飾りが揺れた。
 自分の知らない用が彼女にあるとは考えにくい。素直にそう言えば、彼女は呆れたように、「はいはいご馳走様」と口にした。
「でも確かにあの子、夕方見た時ちょっと様子がヘンだったわ。なんかすっごくぼんやりしてたって言うか……何とも言えない顔してたっていうか……」
「夕方?」
「ええ。ゴミを捨てに行ってたんだけど、掃除の時間が終わっても戻ってこなかったのよ」
 今日、俺は掃除当番ではなかった。だからいつものように、彼女の当番が終わるまで適当に時間を潰そうと、教室を出たのだ。その時、隣のクラスの女子生徒に声を掛けられた。
「ねぇ貴方、何か心当たりとかないの?」
 夕方の裏門。女子生徒から告白を受けていた自分。傍近くにあるゴミ捨て場に訪れていた彼女。
 ようやく解放され教室に戻ってみれば、彼女はいなくて。電話をかけても繋がらず、少し置いて現れた彼女に問うてみれば、先程一人で帰っていったと不機嫌そうに告げられた。

 心当たりがあるとすれば、唯一つだけ。
 彼女が"アレ"を、聞いてしまったかもしれない、ということくらい。

「凛殿、申し訳ないのだが……」
 目の前の少女は最後まで言葉を紡ぎきることを許さず、「いいからさっさと行きなさい」と、しっしと片手で俺を払った。

***

 風呂から上がり、そういえば脱衣所の外に鞄を放り投げたままだったと扉を開けたその時、真っ先に目に入ったのは鞄の奥で緑色に点滅する着信ランプだった。
 体が、震えた。湯冷めをしたわけでは決してない。いやな予感が頭を過ぎった。こういう予感は、大抵当たってしまうのだ。
 とはいえ放置しておくわけにもいかない。恐る恐る鞄から抜き出して、折り畳み式となっているそれをパカリと開く。映し出された画面に表示されたのは、不在着信が二件と、未読メールが一件。

 まずは不在着信の項目を選択する。ずらりと並べられた着信履歴の一番上とその次にあるのは、やはりよく知った彼の名前。着信時刻は、今から約二十分前と一時間半前。前者は凛から聞いていた集合時間かつ私が湯船に浸かっていた時間。後者は私が学校から逃げ帰り、丁度家に辿り着いた時間だ。
 私が来ないことを、不思議にでも思ったのだろうか。別に、いつだって一緒にいるわけではない。お互い別々の行動をとることだってあるだろうに。……でも、そう、確かに。今朝までの私で花火大会へ行き、そこへ来ていないのが彼だとしたら……確かに私は彼へ電話を寄越したかもしれない。
 留守番電話センターに、メッセージは残されていなかった。ならば、特に折り返し電話をする必要もないだろう。次に会ったとき……出来れば二学期の始業式にでも、「そういえば」と自然を装って用事を聞けばいい。
 彼と顔を合わせて、これまで通りの会話を楽しむことができれば、の話だが。

 続いて未読メールの項目にカーソルを当てる。開いていいものか、ひどく葛藤した。そもそもメールは、電話ほどの緊急性を持ち合わせていないはず。ならばここはわざと見過ごして、明日の朝にでも確認し、詫びの一つを送っておけばいいのではないだろうか。

 ……なんて、馬鹿な事を。一体どこまで落ちぶれるつもりだ、私という人間は。
 大きく一つ深呼吸をする。タオルでくるみ、頭へ持ち上げている湿り気を帯びた髪の毛から、雫が首筋を伝って滑り落ちてくる。
 やけに緊張する。心臓が煩い。
 これまでも、また今後もこのようなことはないだろう、何秒、何十秒と時間をかけて、決定ボタンを押した。
 愛らしいライオンの画像が設定された待受け画面から、白いシンプルな受信メールフォルダ画面へ遷移する。フォルダ名が「Friends」と表示されたそこに、新着を知らせるアイコンがチカチカと自己主張していた。速やかに未読メールへたどり着けるよう、開いた瞬間からそのフォルダにカーソルが当てられているという気の利いた仕様に、今ばかりは、余計なことをと悪態をつく。

(……ああ、やはり見るべきではなかった)

 差出人は、言わずもがな。
 受信時刻は、今から丁度三十分前。そろそろ花火大会が始まってもおかしくない時間だった。
 きっと今、内容を確認すべきでない。返信だって、早くとも花火大会の終了後で問題ないはずだ。さぁ電源ボタンを押してしまおう。携帯を折り畳み、鞄の中へ仕舞ってしまおう。

 なのに、それが出来ないなんて。

 顔を合わせたくないとか、声を聞きたくないとか思っている心の何処かで、顔が見たい、声を聞きたいと、彼から気にしてもらえて嬉しいと叫んでいる私がいるなんて。

 瞼を閉じ、ええいままよ、と力を込めて決定ボタンを押す。どうせ、顔と声は届かないのだ。私がそれを見てどんな顔をしようと、どんな言葉が口から出ようと関係ない。何が書かれていたって、大丈夫。

 大丈夫。私は、大丈夫。

 うっすらと双眸を開く。ぼんやりと画面が網膜に映りこんでくる。おや、想像よりも白い領域が多い。これは特に、危惧する必要はなかったか……。

 そんな僅かな期待も、次の瞬間、見事に打ち砕かれることとなった。

"新都公園で、待っている"

「――――っ!」
 携帯電話を持つ手が震える。実際、確認した瞬間手を滑らせ落としそうになった。
 ああどうしよう、どう理由をつけて断ればいいか、そればかりが頭を巡る。でも、どうがんばっても、彼を納得させられるようなうまい言い訳が見つからない。
(貴方は、ひどい人だ……)
 貴方の頼みを、私はどうがんばっても断ることなどできやしないのに。

   *

 結局、来てしまった。
 未遠川から流れてきているのだろう、秘かに火薬の匂いがする。
 髪の毛を乾かす暇もなく、近くにあった適当なシャツとスカートを掴んで身に纏い、飛び出した。毛先からぽた、ぽたと滴る雫が肩を濡らす。湯だったそれは、もうすっかり温度を失っている。おかげで幾分か頭が冷やされ、冷静にここまで辿り着くことが出来た。
「良かった、来てくれたんだな」
 公園の入り口ゲートを潜り抜けて、すぐのベンチに彼は居た。普段ならまだ多くの子どもたちが所狭しと駆け回っている時間帯なのに、今日はすっかり真夏恒例の大イベントに取られてしまっている模様。今この空間には、私と彼しかいない。
「……皆と花火へ行ったのではなかったのですか?」
「ああ行ったさ。でもお前がいなかった」
 制服ではない、私服姿。そんな彼の姿には見慣れているものの、その輝かしさにはいつまでたっても見慣れることはない。瞳と同じ琥珀色で、襟元と袖元に緑色のラインが入ったポロシャツと、チャコールグレーに縦の細いストライプが入ったタイトカーゴパンツ。彼が着ると何だって様になる。全く、不公平な話だ。
 そうしてしばらく二人の間を沈黙が支配する。それを打ち破ったのは、夜空に上がった眩い大火と、数秒遅れて響き渡った爆発音。報道陣が掲げるカメラのフラッシュの如く、彼の端正な横顔をいくつもの光が照らし出した。それらを浴びるたびに彫の深い彼の顔には影が差し、その美しさを私に知らしめる。さながら、かの有名なギリシャ彫刻にも劣らぬ芸術品。

「俺は、お前に言わねばならないことがある」

 ひゅるるるる、と夜空に向かって矢が放たれ、一際大きな花が咲く。一拍遅れて、ドン、という音が響き渡った。
「……お断りします」
 彼から目を逸らし、子どもの様に頭を左右に振る。では何をしにお前はここに来たのかと問われると、それに答える術は持たぬのだけど。
「セイバー?」
 普段の私からは到底考えられない言動に驚いたのか、ベンチから腰を浮かし、こちらへ向かって歩いてくる。
 二人の影が並んで伸びる。ただでさえ低いこの背丈が、更に縮こまってしまっているように思えて仕方がない。
「貴方の口からそんなこと、聞きたくありません」
「セイバー、俺は……」
「貴方にそれを言われてしまったら、私は……っ」
 数多の矢が撃ち放たれ、天上の星を目指し上へ上へと上り詰めていく。
「私はもう、貴方と共にいられなくなってしまう……」
 ゴールなどなく無限に続いているはずなのに、自身の抱えた歪みに耐えきれなくなり、また目に見えぬ何かに阻まれて、本意でない終わりへと導かれる。自分の存在を認めて欲しい、ただその一心で大きく大きく煌めいて、そして地へと落ちていくしかないのだ。まるで、涙を流すかのように。
「何故……」

 いや、私だ。

「私は貴方に変わらぬ友情を誓った。どんなことがあっても、私の貴方への友情は本物だと。……なのに、」

 涙を流しているのは、私だった。

「なのに、こんな……」

 無限に続くはずだった二人の関係。勝手に壁を作り、勝手に地に落ちていったのは私だったんだ。

「一番そうなってはならない私が、気が付けば、貴方の苦手な"モノ"に成り下がり、そのような目でいつしか貴方を見るようになっていたのです」
 士郎や凛達と出会う前、貴方は、私の傍が一番落ち着くと言った。私だけは彼をそのような目で見ない。私だけは彼に真正面からぶつかっていく。私だけは彼に偽らない。だから、心安らげると。
 確かにそうだった。確かに私はそうだっただろう。彼が最も信頼のおける友として、いつだって共にあった。
 でもだからこそ、今思えばそんな私の中にはそこはかとなく、独占欲という黒いものが潜んでいたに違いない。彼は、私の傍だけが一番落ち着く。彼は、私だけを頼る。彼は、私だけに真実を打ち明ける。

 彼には――……私だけだ、と。

「私以外の女性を苦手としていた貴方が、心から愛したい者を見つけたというのに、私はそれを祝うことができません」
 むしろ、悲しいと思う。果てには、呪ってしまうかもしれない。独占欲が嫉妬へと姿を変え、そしてそれは魔物となって刃を剥き出しにし、貴方へ、貴方の愛する人へ、襲いかかるだろう。
 だから、その前に。
「いつか、いつか必ず、祝えるようになりましょう。許されるなら、これまでと同じく貴方と剣を交わし、そして語り合える日が来ましょう。けれど、お願いですからそれまでは……」
 ひっ、と嗚咽が喉元から漏れ出て、そこから先を上手く紡ぐことができない。いやむしろ、体が拒否の意を示していたのかもしれない。
 彼との別離を。自覚したばかりのこの想いが昇華されるその日まで――……果たしてそんな日が、本当にやって来ることがあるのかと。
「待て、セイバーよ待て」
 気がつけばぼろぼろと溢れでていた涙を、必死に両手で拭う。違う、こんな惨めな姿を見せるために、ここへ来たわけではないのに。
「お前は先程から勘違いをしている」
「勘違いなど……っ」
「いいから、俺の話を聞くのだ、セイバー!」
 ぐいと、彼の節ばった大きな両手で両手首を掴まれる。もはや視界は涙でぼやけ、うまく彼の顔を確認できない。
「見ていたのだろう、アレを……夕方、裏門で……」
 私の意思とは他所に、まるでそれに答えるかのように空気が喉を通り出口を探しあてた。
 思い出したくもないのに、脳裏にはっきりと浮かび上がる。夕焼けを知らせる橙色の光が、彼の黒髪を、制服をその色に染め上げ、あたかも劇場の客席からスクリーンで映画のワンシーンを見せられているかのような情景だった。

「俺は確かに、彼女に言った」

 ――俺は彼女が好きなのだ――

「だから、貴方には……。……すきなひとが、いると」
「ああ、お前の言う通りだ」
「なら、もうそれ以上は……っ」
「耳を閉ざすな! よく聞け、俺が好きなのは」
 掴まれていた両腕を強い力で前へと引かれたかと思えば、視界は途端に真っ黒となった。鼻先を柑橘系の甘みを凝縮したような品の良い香りが掠める。次の瞬間にはきつくきつく、彼の腕によって抱きしめられ、そして――――

「…………お前だ、セイバー」

 気がつけば、先程まで煩いくらいに間髪入れず鳴り響いていた花火の音が、今はしない。
「……え?」
 静寂の中、ピンと張った弦をしなやかな弓で、ビブラートをたっぷりと乗せ擦ったような艶やかな音が、短いながらも強烈に鼓膜を震わせてきた。対して私の口からは、管楽器に息を吹きこむものの、音が響かず空気だけが出てきてしまったかのような、そんな呆けた声が漏れ出る。
「聞こえなかったか。ならもう一度言おう、俺は……」

 "アルトリアさんと付き合ってるんですか?"

「……嘘」
 彼女の口にした台詞が、今更ながらはっきりと正しく耳の奥で響く。
「この期に及んで俺を疑うのか、セイバーよ」
「だって貴方は優しい」
「仮にそうとして、俺はこれまで彼女達からの申し出を受けたことがあったか?」
「だって私は……」

 幼馴染で、一番の友人で、何者にも代え難い親友で。

「お前にアレを聞かれたと分かった時、お前は俺のそんな気持ちを受け取るわけにはいかないから、花火を見に来なかったのだと思った」
 ひゅるるる、とようやく再び矢が放たれたと思えば、一拍置いて、バリバリバリ、と空を裂くような音が私達に襲いかかる。私を抱く腕に、更に力が込められた。まるで彼により、それらから身を守られているような感覚。
「俺達は幼馴染で、一番の友人で、掛替えのない親友で……お前がそう望むなら、それでお前の傍にずっと居られるなら、それでいいと思っていたんだ」
 未だ顔は彼の胸に押し付けられていて、上手く呼吸ができない。
「俺は、お前と離れるなど考えられない。今日お前があの場所に現れなかっただけで、この有様だ」
 呼吸どころか、視界は真っ黒の闇に覆われていて、何も映し出しやしない。先程の大きな音は、見事なスターマインが夜空へ放たれた結果だったのだろう、おかげでその姿を見ることは叶わなかった。

「アルトリア」

 先程から一言も言葉を発さない私を不審に思ったのか、「聞こえているか?」と問う。
 貴方は卑怯だ。普段決して呼ばないくせに、どうして今その名前を呼ぶのか。
 耳以外遮断していたはずの神経が、一気に熱を帯び始める。首筋がやたらとくすぐったい。顔が熱い。手が、足が震える。
 腕に込められた力が少し緩められたことを確認し、とん、と胸を押す。二人を繋ぎとめていた糸がプツリと切れたかのように、いとも簡単にあっさりと二人の体は離れた。真正面から彼の顔を見据える。思いのほか視界はクリアだった、ハンカチ代わりに彼の衣服を瞼を当てつけていたせいかもしれない。
 そういえば、こうして彼と見えてから、きちんと彼の目を見るのは初めてだ。
 だって、きっと目にしてしまえば、私が私でなくなってしまうと思ったから。
 彼のその瞳に私はどう映っているだろうか。何せ先程まで涙を流していた身だ、きっと瞼は腫れあがり、目は真っ赤に充血していることだろう。
「……私は、どうしていいのかわかりません」
「うん?」
 彼は、限りない優しさを燻らせた眼差しで私を見つめてくる。
「私は、これから貴方とどうしていけばいいのかがわかりません。その、私は貴方がすきで、そして貴方も、その……、……私をすきだと言ってくださって……」
 いざ言葉にしようとすると、何物よりも恥かしさが勝る。今更ながら、顔が熱くなる。もはや自分が何を口走っているのか、頭で理解出来ない。
「……俺もこのようなことは初めてだしな。そもそも、こういった展開になろうとは夢にも思わなかった。だからこの先お前とどうしていきたいか、そういう具体的な展望など考えてもいない。ただな――」
 ぐいと、右手を拳とし、突き出してくる。
 それは、いつもと同じ。いつも私と彼が、お互いの友情を確認し、お互いの健闘を讃え合う時と同じ。

「俺はお前と共に在りたい。これだけは、譲れん」

 これでは駄目か? と彼は片目を閉じる。
(ああ……)
 パン、パパン、と、夜空を黄色と赤の花火が舞い上がった。
「ああ、私も……私もだ、ディルムッド」
 私の心も、共に高く高く舞い上がっていることだろう。胸に沸き立つ高揚感が抑えられない。果たしてこれ以上にすばらしい幸福感など、この世に存在するだろうか。いや、有りはしないだろう。少なくとも今だけは、そう断言できる。

「私もいつまでもこのまま、貴方と共に在りたい!」

 右手をギュッと握りしめ、心臓よりも高い位置にある彼に届くよう、持ち上げた。
 拳と拳を、ゴツリ、と合わせる。
 これは誓いだ。いつまでも二人は変わらない。喜びも悲しみも、怒りも悲しみも、すべて共有し分かち合うという誓い。いつまでも共にいるという、誓いだ。
 視線と視線をかち合わせ、微笑みを微笑みで返したその瞬間。先ほどよりも大きく大きく、また両手に抱えきれない程の量の大花が、夜空へと打ち放たれた。まるでそんな二人を、祝福するかのように。
 しばらくそのまま、ずっとそれを見つめていた。
 打ちあがり続ける花火、舞い続ける火花、鳴り止まない爆発音。
「……花火大会も、仕舞いだな」
「ええ……」
 ひゅるるるる、と切なげな音が夜空に響く。
「あの、ディルムッド」
「ん?」
「ええと、その……、」
 ぱぁん、とそれまで打ちあがった中で最大の物が、花開いた。それは言わば、その物語の終幕を告げるもの。ああ、なんて美しいのだろう、本当に。
「来年は、二人で見に行きませんか……?」
 今回は私の勘違いで、貴方に寂しい思いをさせてしまったから。最後の最後で、こんなにも満ち足りた気持ちで貴方と共に見上げることができたから。
 きっと次は、もっともっと幸せであるに違いない。
「……来年でいいのか?」
「え?」
「まだ夏は始まったばかり。各地でこれよりも大きな大会が催されることだろう。……そうだな、その時は」
 未だ握りしめられたままとなっていた私の拳を拾い上げると、彼はいともたやすく解きほぐし、そのまま指に絡めてただただ優しいだけの口づけを一つ。

「是非とも、お前の浴衣姿を拝みたいものだ。なぁ、アルトリア」

 ああ、そうだったか、彼はこんなにも罪作りであったか!
 まったく、これでは先が思いやられる。私はこれから何度、貴方の為にやきもきしなければならないのだろう。その償いは、その度にしっかりと清算してもらうことにしよう。
「きっ、期待には応えて見せます……っ!」
 ははっ、とそれはそれは嬉しそうに彼は笑った。
 手と手は触れ合ったまま、するりと形を変えて、指と指を絡め合わせる。
 二人一緒に公園のゲートを潜り抜けて、いつもよりも歩幅狭めに、ゆっくりとした歩調で家路についた。




すき







PREV | MENU | END
meg (2012年9月20日 09:54)
カテゴリ:

Mail Form

もしお気づきの点やご感想などありましたら、
mellowrism☆gmail.com(☆=@)
までよろしくお願いいたします。

Copyright © 2008-2012 Meg. All rights reserved.