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『我が求婚を、うけるがいい』

 あれからとうに三日が経過した今もなお、
 その鈴の鳴るように涼やかで、また勇ましい声は色褪せることなく、
 この鼓膜を、震わせ続けていた。







 今日は、我が国と同盟を結ぶ二国の王とその重鎮が一堂に会し、今後の関係についてを語らう重要な会が催される日であった。とはいえとりわけ堅苦しいものではなく、街には各国からの旅行者が溢れ、一挙にお祭り騒ぎとなっている。もちろん警護は通常よりも厳格に展開され、隅々にまで、戦場でも名を馳せる戦士が配置された。自分も例に漏れず、宛がわれた警備箇所へ移動をしている最中のことだった。

「おおい、ランサー!」
 ぜいぜいと肩で息をしながら駆け寄ってくるのは、流れるように真直ぐの黒髪を持つ小柄な魔術師。我が主がまるで少年のようと謳われるものとは対極に、彼は時折その見た目の愛らしさから、まるで少女のようと謳われる。その度に憤慨しては、自分にその鬱憤を晴らすべく怒鳴り散らしに訪ねて来たものだ。現在はというと、隣国の王にその魔術の腕前を買われ、同盟が終結したその日より右腕として彼に仕えている。(とはいえ、暇を見つけてはこちらに顔を出しに来ていたが。)
「なんだウェイバー、久しいな。また少女と間違われたか」
「うるさい! 僕がそう毎度毎度、間違われると思うなよっ!」
 なんだ、違うのかと笑みを浮かべながら形だけの謝罪を口にし、約30センチメートルもの身長差のある彼の頭を、軽く撫でる。そうすれば必ず、馬鹿にしやがって! と憤慨する彼の姿が容易に想像できた。例にもれず、今回も素直にその反応を返す彼に、再びまた笑みを零し、すまない、と言ってのけるのだった。
「それにしても久しいな。イスカンダル王はご健勝であらせられるか」
「もう、馬鹿が付くくらい元気だよ。少しは自重してほしいくらいだ」
「相変わらず手厳しいな」
「でなきゃ、あいつの右腕は務まらない! ……って、なぁそれより」
 大きく一歩自分より前へ踏み出し、ぐるりとこちらに向き直る。自然を歩みを止めさせ、見つめ合う形となった。なんだ? と小首を傾げこちらを見つめる彼の姿に、方々から黄色い歓声があがる。乙女を惑わす右目の泣き黒子を持つ、輝く貌のディルムッド。例え黒子なんて持たずとも、彼を目で追い、恋い慕う乙女は多かったものと思うが。当たり前だが、自分にはそのチャームは効かない。だから自分は乙女などではない、れっきとした男、だ。
「聞いたぞお前! てか、今まで通った街や城は、その話題で持ちきりだった!」
「……何のことだ?」
 相変わらず、僕以外に友人がいないんだな……と大げさに肩を落とす。そう言ってくれるな、と人懐こい笑顔を見せた。
 彼はその麗しい風貌から、数多の乙女の恋心を華麗に奪っていった。結婚前の者はもちろんのこと、婚約者のいる者から、すでに婚儀が終了している者まで、それは様々だった。もちろん彼に他意はなく、またその気もない。けれど愛する者の心を奪われた側としては、そうは言っていられないのだろう。まだそうなっていない者も、彼に危機感を感じて近づかない、近づかせない。気が付けば、彼の真の友人と呼べる友人は、自分ぐらいになっていた。

「……女王陛下が、一介の騎士に求婚をした、と」

 ひゅうっと、二人の間を風が通り抜ける。周囲は絶えず人びとの喧騒が絶えず響き渡っているというのに、ここだけひどく静寂に包まれている気がする。
「――……今、なんて」
 しばらくの間絶句していた彼の口から、ようやく漏れた一言はそれ、だった。
「だから!」
 もう一度同じ台詞を口にしようとして、でもその前にこの胸倉を勢いよく掴まれる。
「誰が、そのようなこと……!」
 傍から見れば、よくある喧嘩のように思えるかもしれない。彼の双眸は、惑いに揺れていた。腕が震えている。正直、滑稽と思える彼のその姿に、つい舌打ちをして、片手で胸倉を掴む手を払う。その手はいとも簡単に離れた。
「やっぱりお前のことだったんだな。……まぁ、身内で密偵を放っていたヤツがいるんだろ、女王陛下には各方面からの求婚が絶えなかったと聞くし」
 少し乱れた衣服を整えて、努めて平然と彼に所感を伝える。さらに言うと、女王陛下は各方面から求婚をされては、返事を曖昧にしてきたとも聞いている。その原因がよもや彼にあったとは、このような事態になるまで考えもしなかったが。
 いや、彼の気持ちについては、とうの昔から知っていた。彼自身は認めようとしなかったが、僕が見るに、彼が女王陛下に恋焦がれていることは、明白だった。そして、そのような想いは打ち捨てるべきと、自身に絶えず言い聞かせていたことも。
 未だに思考が混雑して、焦点が定まらない彼を見やる。
(混乱したいのは、こっちだバカ)
 はぁ、とため息を吐いて頭を掻く。
(あ、…………)
 皆の視線が、こちらに向いている。頬を赤く染めた乙女のみならず。
(やば、)
 慌てて彼の腕を引っ掴み、踵を返して歩き出す。抵抗することなく、というか多分それ以外のことを考える余裕が一切ないのだろう状態で、引き摺られるように付いてくる。……重たいぞ、バカ。
「ランサー、根も葉もない噂なんか鵜呑みにするなよ。それこそ、女王陛下への不敬に等しい」
 当然、求婚を受けた側の騎士について、様々な憶測が飛び交っていた。視線をくれていた連中は、まさにそうなのだろう。中でもとりわけよく聞かれたのが、『女王もついに、奴のチャームに惑わされてしまったのか』、というもの。嘆かわしいだと? ……馬鹿げている。本当に、馬鹿げている。彼の耳に入るのも時間の問題だ。彼は、考えすぎる嫌いがある。こと自分に関しては、これまでの経験を考えると仕方のないこととはいえ、常に貶める傾向がある。自分がいつでも傍にいてやれるならまだいい。けれど、そうしてやれないことが、こんなにも歯痒いとは。そしてそれは、女王陛下とて、同じなのだろうけれど。
 ……そう、女王陛下。女王陛下といえば。
「あとお前、身辺には十分気をつけろよ。特に、隣国の"あの"英雄王。相手にするには悪すぎる」
 今日まさに王城へ来ているのだろう、隣国の王。彼もまた、彼女に求婚したと聞く。それも、同盟を組んだその日その時から今日に至るまで、ずっと。性格の方も、多少……いや、かなり難ありだと聞く。王と呼ぶに相応しい男だとアイツは言っていたが、あまり信用できない。アイツが傍にいるならまだ安心だが……こうなってくると、女王陛下の方も心配だよなぁ、と、街より少し高い位置にそびえ立つ王城を見上げる。

 先ほどから自分の後ろを付き従う彼もまた、自分と同様にそれを、瞳を細めて見上げていることに、気が付くことはなかった。






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meg (2012年9月20日 11:47)
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